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お子様と香辛料

「おいラ行共ー、そろそろ出かけるぞー」


「あるじよ、ラーリルはラーリルなのじゃー!ラ行という名ではない」


「あるじさま、ルーレローはルーレローなのです。ちゃんと呼んでほしいのです」


「あーはいはいわかったわかった。ほら、準備はできたのか?もう行くぞ」


「うむ、問題ない」


「はいです」




 そんなこんなでラ行共が居着いて数カ月。俺達は住んでいる森の端から中心部へ向けて出かける事にした。理由としては『薬草採取』である。薬草とは言いつつも、その用途は料理だったりするんだが。

 この森には何故だかコリアンダーっぽいのや唐辛子っぽいの、カルダモンもどきに各種ハーブ類まで自生している。胡椒なんかは言わずもがな。……生態系とか考えても無駄なんだろうな、異世界だし。

 あと、日本人としてはなくてはならない醤油や味噌も植物の樹液や果肉から採れたりする。一からの作り方とか知らないからこれは助かった。


 さて、採取した薬草というよりも香辛料で何を作るのかというと、皆大好き『カレー』様である。この世界には便利なカレールーなんぞ存在しないので、スパイス調合から全部やらなくてはならない。手間はかかるがカレーの為なら仕方がないだろう。醤油や味噌が植物から採れるならカレー粉もあるかと思ったんだが、そうそう甘くはなかったようだ。


 あの食欲をそそるスパイシーな匂いと、一口食べれば口の中で濃厚に広がる野菜と肉を煮込んで深みの増したピリリとした風味。俺としては、具の形がなくなるまで煮込んだものより具の形が残ったものの方が好きだ。ほっこりとした食感の残るジャガイモに、甘みのあるタマネギ。噛むとほろほろと崩れるほどに柔らかくなった肉。ほかほかと湯気を立て、ツヤツヤに輝く白米の上にかけられた熱々のカレーは、想像しただけでも口の中に唾液が広がろうというものだ。


 再現出来る手段があるならやらねばならぬ。と、結構前の俺はある日ふと思い立って頑張った。超頑張った。特にする事もなく、暇だったというのもなきにしもあらず。時間だけはたっぷりとあったため、試行錯誤を繰り返す日々を送ることに。

 カレーに使えそうなスパイス探しから始まり、各種スパイスの配合比率とか実験に実験を重ね、たまに被害者を出しながらも何とか『カレー』と呼べるものになるまで頑張った。


 試作段階の尊い犠牲となってくれた勇者パーティーの男共にはそれなりに感謝している。無理矢理魔王討伐に連れて行かれた腹いせに、わざとヤバい出来の物を食べさせてなんかいませんよ☆

 えげつない程の辛さというよりも痛さに悶える男共を見て楽しむ趣味は俺にはないので。胸のすく思いはしてもな。ククク……。

 お陰で今は割と楽に作れるようになったので、アイツ等の犠牲など無問題だ。しかし、完成品を食べた時の奴らの食いつきっぷりは凄かった。さすが『カレー』様である。食堂で使っているような、一抱えはある大きな鍋に大量に作ったはずなのに、翌日まで残っていなかった。……正直、食い過ぎじゃね?




「あるじさまー、言われてたのあつめおわったのですー」


 いくつかの香辛料が必要だった為、それぞれ分かれて探していたのだが、先に集め終わったのはルーレローだったようだ。そう間を置かずしてラーリルの方も戻ってきた。

 こいつらはこの森生まれの為か、この森で採取出来る物を探して持ってくるのがおそろしく早い。どこに何があるのか把握しているようだ。お陰で採取作業の効率の上昇が凄いことになっている。助かってるからいいんだけどな。


「あるじよ、はやくかえってカレーじゃ!」


 握りこぶしを振り上げて声高に主張するラ行共。精霊という存在は基本的に自然の力や魔力が主な糧のはずである。なのにも関わらず物理的にも食事をするとは、コイツ等は食い意地が張っていると思う。まあ張り合いがあっていいけど、時々面倒くさい。あれを作れとか、これが食べたいだとか。

 あんまりうるさいようなら教育的指導を喰らわせる事もあるが、概ねリクエストには応える方向でいる。俺は精霊と違って物を食べないと生きていけないし、毎回献立を考えるのも面倒だから。

 さて、それなりの量も採った事だし、そろそろ家へ帰るとしよう。さっきから歌っている、ラ行共自作の『カレーのうた』も聞き飽きてきた所だ。






 あー……、ウチの玄関はもしや呪われてんのか?採取から帰ってきたら何かまた厄介なのが……。

 家の玄関の前で座り込み、グシグシと泣いているお子様がいるんだがどうしたものか。しばし観察してみよう。だって何か人間じゃないっぽい気がする。ぶっちゃけ、何か知ってるような魔力の気配が……。


 不思議なもので、この世界に来てから何故か魔力とか感じ取れるようになっていた。元々の世界になかったもののせいか、敏感にわかる。魔力の質によって色で見えたり、空気の重さで感じたりするんだが、お子様の纏っている魔力は黒いモヤっぽくて、どろりとした禍々しさが溢れている。

 何ていうか、俺が召喚された元凶の魔王のものと酷似しているのだ。


 でも魔王は勇者共と一緒に倒したはず。はて、こいつは何者か。先の魔王の縁者かなにかだろうか。えぐえぐと泣き続けるお子様をそのままに、取り敢えず観察する。いったいどれくらい泣き続けるんだろう。泣きすぎてしゃっくりまで出てきた頃。そいつはやっと顔を上げた。うわあ、鼻水も凄いことになってやがる。




「んなっ!見っつけったっぞ、貴っ様ーっ!」


 顔を真っ赤にして、俺のことを指差しながら叫ぶ。しゃくり上げながら叫ぶもんだから面白いことになっている。何か、俺のことを探していたようだ。うんまあ俺の家の玄関前にいる時点でそうじゃないかとは思っていたけれども。

 箍が外れたかのように再び泣き出したお子様に溜息が出た。感情の爆発のさせ方が、幼かった頃の妹達の姿を思い出させる。あーあーもう、そんなに泣いていると脱水症状でも起こすんじゃねえの?

 しかしここが人里から離れた場所で良かった。こんな場面を他人に見られたら、謂われない罪で俺の評判がガタ落ちする所だったわ。どんな評判かは知らんけども。


 わあわあ泣き続けるお子様をひょいと持ち上げる。俺の左腕に座らせ、空いている右手で背中を軽くリズミカルに叩く。すると俺の首にしがみつくように腕を回して、しばらくそうしているとふぐふぐ鼻を鳴らすお子様。どうやら少し落ち着いてきたみたいだ。


 何か大人しくなったな、と思ったら寝てた。顔は涙と鼻水とよだれでぐちゃぐちゃ。小さな手は俺の服を握りしめている。ホント、小さい時の妹達みたいだわ。しかしまあこのまま玄関先に戻すわけにもいかない。そしてラ行共のカレーを催促する視線もうるさい。

 取り敢えず俺は家の中に入ることにした。着替えもしないと色々とヤバいしな……。ほら、しがみつかれてたから涙とか鼻水とかよだれとか、な。




 そしてカレーが出来上がりつつある頃。匂いにつられたのか、もそりと動く物体。とかいっても単にソファーに寝かせていたお子様が起きただけなんだが。そしてぎゅるりーと鳴り響く腹の音。発信源は俺でもラ行共でもなく、たった今起きたばかりのお子様だ。小さな身体からどうやって響いた?と思うくらいに大きな音だった。俺達が視線を向けると、己の腹を両手で抑えて真っ赤な顔で泣きそうになっていた。

 話を訊こうと思っていたが、まずは腹ごしらえが先だな、これは。


 出来たカレーを目の前に置くと、よだれを口の端から垂らしながらも食べようとはしない。スプーンを握らせてみるもフルフルと震えるばかり。


「敵からの施しは受けん!」


 ギッと睨みつけられても、涙目じゃあ効果はないんだがなあ。しかし『敵』ときたか。魔王関係だったらそう言われても仕方がないかもしれない。成り行きとはいえ、魔王を倒すのに力を貸したのは俺の意思だ。勇者側からしたら、人類に害なす魔王を倒したことになるが、立場が違えば状況も考えも変わる。それがこのお子様なのだろう。

 しかしまずは腹を満たさせないとな。腹が減ってると碌な考えも浮かばんし。子どもが腹を空かせていていいわけがない。


 まずは一口。多少無理矢理気味だが、ご飯とともにカレーをすくって小さな口の中に突っ込む。ムガッとか聞こえたが気にしない。次いでさらに口の中に突っ込む。HAHAHA、喋る暇など与えんよ。魅惑の食べ物を味わうが良い。

 両手はラ行共に押さえられ、口をもぐもぐと動かすことしか出来ないお子様は、味わった瞬間くわっと目を見開いた。そして飲み込んだ後は、ひな鳥が親鳥にエサを強請るようにカパッと口を開け、次を催促する。うむ、食べる気になったのなら結構だ。


 そしてあらかた食べ終える頃。愕然とした表情で力なく項垂れた。


「何たる失態。敵から食料を食べさせられる、だと……。魔王たる我が……」




 あ?聞き捨てならんことを言わなかったか、このお子様は。『魔王』だと?このお子様が?鼻水垂らしてぐしぐし泣いて、泣き疲れて眠って、カレー食べてたこのお子様が?

 紫色に艶の出る黒髪や、金色の眼は俺達が倒した魔王の持っていた色彩と同じだ。だが、その魔王は成人した男性体で、こんな威厳も何もないちんくしゃなお子様の姿ではなかった。


 それに魔王は俺達が確かに倒したはずだ。消滅するのも確認した。なのに。

 これは話を詳しく聞かないといけないようだ。もしかしたら勇者どもを呼ばないといけない事態になることも視野に入れないと。ああホント、俺の家の玄関先は厄介事を持ってくる場所なのかもしれない。お祓いとか厄払いとかってこの世界にもあるんだろうか。






「そもそも魔王とは、力の強い魔モノがなるというものではない。この世界は陰と陽の魔素で構成されている。魔王は過剰に満ちる陰の魔素から自然発生的に生じるのだ」


 気を取り直したお子様魔王(仮)に詳しく聞き出す。何か精霊の誕生の仕方と同じような気がするんだが。魔王とは『魔族を統べる王』というわけではないのか?


「陽の魔素とは、普段生き物が使う魔力。これは魔モノも人も関係ない。この世界に生きる全ての物が使う魔力はすべて陽の魔素。そしてこの世界で生まれ、存在しているモノが使えないのが陰の魔素」


 この世界に生きるモノが陽の魔素を使い過ぎれば、相対的にそれらが使えないとされる陰の魔素が多くなる。そして世界がバランスを崩さないように、溢れた陰の魔素を使って魔王を生じさせるのだという。

 だとしたら魔王は絶対的な悪などではなく、世界を保つためのバランサーということになるのか?

 その魔王を倒した俺達はとんでもないことをしでかしていたというのか。知らず、世界を破滅させようとしていたと?罪のない魔王を殺して。


「まあ、世界を我が物にしようとしていたのは本当だがな!」


 ……あ、うん。こいつは滅ぼしといて正解だわ。椅子の上で仁王立ちしながら高笑いするお子様魔王を生温い目で見つめる。ひとしきり高笑いをした後、腕を組んで偉そうに言い放つ。


「我は先ほどの食べ物を所望するぞ。さっさと持ってまいれ!」


 こいつは……。食わせた俺が言うのもあれだが、敵からの施しは受けんとさっき言ってなかったか?

 カレー中毒一歩手前までいった馬鹿を知っているし、カレーに魅了されるのも仕方がないとは思う。が!人としてこの態度はどうかと。まあ、魔王が人の区分に入るのかは甚だ怪しいが。そこは人型なので人にしておけ。

 本物の幼子だったらある程度までは許容しよう。だが、下手したら数千年分の記憶持ちらしい似非幼児には容赦はしない。取り敢えず、生意気なお子様は辛さ十数倍にしたこのオカワリのカレーでも食っとけ。


 ……お残しは許しまへんで!






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