第29話 彼女はキス魔
「ねぇ、おやすみのちゅーは?」
めでたく本当の恋人になった俺たちだったが、俺の彼女は相当なキス魔なようで。
「さっきしたでしょ?」
「んー、初日なんだからもう一回ぐらい……」
上目遣いでかわいくおねだりしてくる咲良。こんなん耐えれる訳ねぇよなぁ……
「じゃあ、これで今日ラストね」
「やった!」
いきなり咲良が抱きついてくる。俺の首に腕を絡め、もう臨戦体制という感じ。
じゃあ、失礼して。
二人しかいない部屋の中に、小さな水音がこだまする。やっぱりいい香りだなぁと、もう言い逃れができないレベルの変態になってしまった俺だったが、変態度は咲良も負けていない。
「んぐっ!?」
唇は離さずに、俺は咲良にベッドの家に押し倒された。咲良が俺に体重を預けてくる。
「えっ、ちょっ、咲良っ」
なかなか解放してくれない咲良。これ、もしかして襲われちゃう感じ?
さっきのキスよりも数段長く、そして深いキスだった。
「はぁ、咲良。がっつきすぎ!」
「すみません、つい……」
というか、細身の女子に簡単に押し倒されてしまう俺のフィジカルの方が不安になってくるが、それは今は置いといて。
「咲良、急に、そのー、ね、そういうことされちゃうと、俺も緊張しちゃうっていうか?」
自分でも半分何を言っているのか分からなかったが、咲良は何とか理解してくれたようで、小さく頷いていた。
「つまり、エッチなことする時は、事前に宣言しろってことですね!」
はい、全然分かってませんでした……
「そういうことじゃなくて、あの、徐々にステップアップしてこうっていうか……」
「あぁ、そういうことですか」
やっと納得したようだ。俺の彼女大丈夫かな……?
ほぼ無理矢理だったが、おやすみのキスなるものを済ませたので、俺たちはベッドに入る。
「……なんか、恥ずかしいですね」
咲良の言う通り、もう恋人同士だから、一緒に寝るだけでも余裕であっちのことを考えてしまう。
「今日はさっさと寝よ。明日も学校だし」
そう、明日は金曜日。明日が休みならまだしも、寝不足は授業の集中にダイレクトに影響する。
ただでさえ最近授業に集中できてないのに、これ以上は再来週からのテストに影響が出てしまう。
「分かりましたよ、その代わり、明日は……」
何を期待していらっしゃるんでしょうか?
咲良への返答をぼかしながら、俺は眠りについた。
「おーい、起きろー」
段々と咲良の起こし方が雑になってきたが、もう彼女だし、良いか。
「おはようのキs――」
「はーい、何も聞こえません!」
我が家のキス魔は24時間営業らしいです。
「ねぇ、おやすみのキスがいいなら、おはようのキスもいいじゃないですかぁ」
朝食を食べながら、咲良がダル絡みしてくる。
「ねぇー、聞いてますか?」
「聞いてるよ。じゃあ、朝もOKにするよ」
「え!? 本当ですか!?」
朝から怖いくらいの目の輝き。これは本物ですね……
「ただし条件。キスがしたかったら、俺よりも早く起きること」
俺の言葉に、咲良の顔から一気に笑顔が消える。
そう、彼女が一番苦手なこと。早起きである。
「むぅぅ……! ズルい!」
「何もずるくないよ。咲良は早起きすればキスができる。俺は咲良を起こす手間が省ける。Win-Winじゃん」
朝の脳がまだ半分眠ってる咲良は、俺に言い返せない。まぁ、大人しく負けを認めればいいのだよ。
俺は勝ち誇った顔をして咲良を見つめた。
「……ぉきてやる」
「え?」
「絶対に明日は起きてやる!」
あっ、これ、やばいかも……
咲良がこういう場面で驚異的なスキルを発揮することは、昨日一日で十分に思い知らされた。もしかしたら、明日は咲良が早起きして、朝からキス責めに……
なんて、さすがに有り得ないよな。さすがに、ね。
「おっはよう、諸君! 今日はハッピーな金曜日だよー!」
いつも通り、朝からテンションがバグっている暖愛さん。
「おっ、新! 今日は良い顔してんねぇ」
「そりゃどうも」
「昨日言ってた『問題』は解決できたの」
「まぁ、なんとか」
嘘です。何ならキス魔の束縛癖彼女という特大のおまけがついてきました。
「やっぱし! 咲良ちゃんも、なんか嬉しそうだし」
やっぱり観察眼はピカイチの暖愛さん。何でその感じで正樹君からのアピールには気づかないんですかねぇ?
「よっしゃ、あと一日ガンバロー!」
「おう」
「なんか反応薄!」
金曜の朝だからってボルテージマックスとはいかないもんなんですよ。みんなが暖愛さんのテンションについていけるわけはないです。はい。
でも、うん、なんか、いつも通りだな。やっぱりいつも通りが一番だと思う。平和に生きたい。
今日を乗り切れば、愛してやまない休日。来週は遠足だ。日曜日は買い出しで潰れるので実質の休みは明日の土曜だけだが、遠足というスペシャルイベントが不思議な胸の高揚感を与えてくれていた。
これからもこんな日々が続けばいいのに。
でも、また何かが動き出しそうな気がする。これが嵐の前の静かさにならないことを祈るばかりだ。




