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4-1 ダイヤの素材はどこにだって転がっている。だって炭素だもん。


 俺はユリアの服の裾を噛んで強引に連れ出すと、一軒の古着屋へとやってきた。

 ギルドに行く前に身なりを整える必要がある。小汚い格好だと門前払いされるからだ。


 ここに来る前に何件か服屋を回ったのだが、ユリアの不衛生な姿を見るなり店からたたき出された。

 しかたなく噴水で行水させて、それほど高級感のない店を探してさ迷っているところに、目の前の古着屋を見つけたという次第だ。


 店に入ると出迎えたのはフリフリのゴスロリドレスを身に纏った巨漢の男だった。

 そのインパクトに一瞬たじろいだ。

 大きく割れたアゴに、その周りを覆う髭剃りの青い跡。絵の具を塗りたくったように分厚い化粧を施しても隠し切れない野生的な顔立ち。がたいはレスラーのように筋肉質で、脛からは今朝剃ったばかりなのにもう生えてきたような剛毛が覗いている。

 そんな男性ホルモン全開のいかつい野郎が、ゴシックロリータのファッションに身を包んでいるのである。違和感が人気アニメーターばりに過剰労働している。

 

「いらっしゃいませぇ」


 呼びかけられた声も、野太いオカマものだ。どんなに裏声を使っても性別は隠しきれない。

  

「って、貧乏人はお断りよぉ。帰んなさいよぉ」


 他店と同様にユリアを見てまず入店拒否するオカマだったが、ユリアの手に握られた硬貨を認めてすぐに態度を軟化させた。


「あら? と思ったけど、どうやらお客さんのようね。もう、やだぁ。早く言ってくれればいいのにぃ――ん? むむむ?」


 オカマ店員は何かに気付いたように腰を屈め、ずずずと、ユリアの顔を覗き込む。

 巨漢のオカマに迫られて、「ひぅっ!」と小さな悲鳴を漏らしたユリアは、助けを求めるように俺の方へ向き直る。が、


「ナスキー、助け……、あ、あれ、ナスキーどこ?」


 既に俺は店内の服飾棚に隠れていた。


「あなた、よく見たら可愛らしい顔をしているわね。ほっそりした手足もドレスによく栄えそうだわ。いいわ、いいわよ、あなた! 素材としてかなりの上物よ。きゅうぃ~~~ん!」


 激しく身をくねらせたオカマは、その太い腕でユリアの服を掴むと店の奥へと引きずって行った。


「まずは身体の汚れを落とさないとね。さあ、すっぽんぽんになりなさいっ」

「ひぃゃあぅ~ぅ~~!」


 消え入りそうな悲鳴を漏らすユリア。俺はその様子を隠れて見守るしかできなかった。

 俺は、悪くない。うん。全てクソゲーが悪いのだ。


     ◆


 その後、街中を歩くユリアの目はどことなく乾いていた。


「ひどいよ、ナスキー。ユリアを一人にするなんて!」


 巨漢のオカマ店長の着せ替え人形になること数時間、ユリアは次々と用意されるロリータファッションに着替えさせられてはプライベートファッションショーを余儀なくされた。


 始めはか弱い抵抗を見せていた彼女だったが、大男の腕力にかなうはずもなく、時が経つごとにマネキンのように微動だにしなくなった。

 

 しかしそのかいあってか、ユリアを散々おもちゃにして機嫌がよくなった店長は格安で中古服を譲ってくれた。ゴスロリ店長の選ぶ服はさぞかし派手なものかと思いきや、意外にも一般的なものだった。金欠を伝えたのが功を奏したのかもしれない


 上は白を基調としたシャツに、下は濃い目のスカート。ブーツは一般的な皮製。まあ良く見る街娘ルックである。それでも胸元と頭には大きな赤いリボンを添えているあたり、店長の溢れ出た情熱が垣間見えている。


 まあ、資金の節約になったからいいじゃないかと、俺は短く「にゃっ」と鳴いた。

 それで許してくれたかはわからないが、ユリアはぷんすか頬を膨らませる。それでもそんなしぐさの中にも生命力が戻りつつあるような雰囲気があたことは良好だ。


 改めて見ると、ユリアはやはり美少女だった。

 サラサラしたキャラメル色の長い髪。大きくパッチリと開いた瞳は、目元が優しげに垂れている。スッキリと通った鼻筋に、唇はまだ血色が戻りきっていないが、すぐに色鮮やかさを取り戻すだろう。

 脚も長く、全体的に細身なモデル体型だ。これであと10年もすれば道を歩くだけで男共が振り返るような美人さんになるだろう。


 こんな原石が路地裏で乞食に身を落としていたなんて、この世界の住人は見る目がなさすぎる。




 俺たちはそのまま中央ギルドへ直行した。俺をユリアのペットとして登録させるためだ。


「いらっしゃいませ、本日はどのようなご用件でしょうか?」

「え、あの、その……」


 何をしても最初はあたふたするユリアだったが、俺がすりすり甘える仕草を見せれば、あとはギルドの優秀な受付嬢が意図を汲んでくれる。

 俺の時は的外れな言動を繰り返していたくせにと若干不満は残るところだが、ぐっとこらえる。


「ああ、ペットの登録ですね。テイマー系のジョブスキルはお持ちですか?」

「え? 持ってないとダメなんですか?」

「いえいえ、持っていなくても大丈夫ですよ。初めは皆さんお持ちでない方がほとんどですが、そのうち覚えるようになりますよ。まあ、早めに覚えたほうが有利になることは確かです。あると正式なペット、ないと仮ペット扱いになりますので。それでもサポートに対した違いはありませんけどね」


 受付嬢は苦笑いを浮かべた。

 確かにギルドはペット支援なんてほとんどしないので、正式だろうが仮だろうが、あまり違いはない。まあ、それでも俺にとっては死活問題なんだが……。猫つらい。

 

「あの、どうすればスキルがわかるんですか?」

「え? ステータスをご覧になって頂ければわかるかと……」


 ユリアの初心者丸出しの発言を受けて、受付嬢は気を利かせていろいろとレクチャーする。そしてギルド員が使える他人のステータスを見るスキルでユリアを確認したとき、


「あら? ユリアさんは既にジョブ【獣使い】を持ってますよ。スキルも《獣調教》を覚えているようですし」

「ええ!?」

「そちらのペットさんは随分なついているご様子ですし、正式にペットにされてはいかがでしょう?」

「はい! どうすれば?」

「自分のペットになるように命じてみて下さい」


 ユリアは俺に向き直ると膝を屈める。


「ナスキー、ユリアのペットになってくれる?」


 瞬間、俺の脳裏にシステムアナウンスが鳴った。


==========================

 クエスト、ペットのお誘いが発生しました。

 了承しますか?


 はい  ←

 いいえ

==========================


 俺は迷わず『はい』を選択する。


====================================

 確認します。


 本当にペットになるのですね?

 自分の力で生きようとせずに、他人に養ってもらう最低なヒモ生活をするのですね?

 人としてのプライドはないんですね?

 他人の所得に依存して脛をかじって生活するんですね?

 寄生虫のようなゴミですね?

 自分よりも年下で、しかも女性で、それどころか幼い少女に身の回りの世話をしてもらうんですね? 下の世話までさせるんですね?

 幼女に飼育されたい願望があるんですね?

 変態ですね?

 クズですね?

 死んだほうがいいですね?

 あなたのような腐れ外道に出会ってしまった少女がかわいそうだとは思わないんですか?

 良心が痛みませんか?

 死んでお詫びしようとは思いませんか?


 これらを考慮してもまだペットになるというなら、あなたは救いようのないクズです。

 さっさとお腹を見せる服従のポーズをすればッ! ぷいッ!


 はい  ←

 いいえ

====================================


 おい、システム、てめぇえええええええええええええええええ!

 なんだこの酷い言われようは!

 誰が好き好んでペットになんてなるかよ! 俺がどんな気持ちでペットになる決断をしたか! 初期猫がどれだけ苦しいかわかってんのか! てか、お前が作った設定だろうが!

 くそが! このクソゲーシステムがッ!


 俺は盛大に腸を煮えくり返らせた。

 そういえば地球でプレイしていたときにモンスターテイミングの確率が低くて嘆いたことがあったが、その理由が今判明した。

 こんなボロクソに言われていけしゃあしゃあと頷けるわけがない。モンスターにだって自尊心の一つくらいあるだろう。


 それでも俺に選択肢などないのだ。

 俺はゴロンと寝転がってお腹と肉球をユリアに見せた。


===================

クエスト完了

あなたはユリアのペットになった。

            ちっ、ぺっ!

===================


 システムに舌打ちと唾を吐かれながら、俺はペットになった。

 凄まじく頭にきたが、それ以外にトラブルもなく登録が済んだので一安心する。怒ったって何の利益も生まない。

 ユリアはペットの証明書を受け取り、俺はギルド公認の証であるペット用の首輪を嵌めた。

 これでもう警備兵に追われる心配はないので良しとしようではないか。


 気分を紛らわせるために確認でもしておこう。

 ネクラワールドにおいてテイマー職は人気が薄い。戦闘スキルや金策スキルにめぼしい物はなく、難易度が高い割りに実入りの少ない不遇職だからだ。

 しかし全くメリットがないわけではない。

 戦闘時にはペットと合わせて戦力は二人分になるし、主人の知らない間にアイテムや食料を拾ってくることもある。まあそれほど地雷職というわけではない。ただ、もっと効率の良い職業がたくさんあるというだけの話だ。


 ユリアはギルド登録を既に済ませていたようだが、どうにもその機能を十分に生かせていないことを受付嬢に見抜かれて、改めて初心者用の講義を受けた。


 俺もギルド登録をしたかったのだが、会話用のスキルを入手するまではペットの立場に甘んじるほうが良さそうだ。いまユリアを放り出したら、彼女が一人で生きていけるか心配だしな。

 そう、俺は自分のためでなく、ユリアのためにペットになったのだ。そう思うことにしよう。うむ。




 さて、太陽が中天に差し掛かりそろそろ胃袋が抗議を始める頃、俺たちは屋台通りにいた。

 ユリアは一軒の店にいそしそと駆け寄ると、さっそくギルドで受けた講義を思い出して実践する。


 自分の身体から血液を絞るようにして硬貨を取り出す。それを店員に渡すと串焼きにされた肉を数本と釣銭を受け取る。受け取った釣銭を今度は体内に吸収させた。


 実はこのネクラ世界では所持金とLPがイコールの関係にある。

 ギルド登録を済ませるとLPを貨幣に変換することができるようになるのだ。LPを変換して生み出した硬貨は『血貨』(ゾイ)と言い、低い単位から順に赤銅貨、朱銀貨、紅金貨と、全て血液を思わせる赤色をしている為こう呼ばれるようになった。単位は『Ƶ』で、流通している貨幣はこれ一種のみの為、物を売買するときは物々交換するかLPを消費することになる。 


 串焼き肉を抱えたユリアが戻ってくると、うち一本を俺に差し出した。



「あいがとう、ナスキー」

「にゃ?」

「ナスキーのおかげで、初めてお昼前にご飯が食べられるんだもん」


 花のような笑顔を咲かせて、そんな切ないことを言う。

 いつのまにか死んだ魚のようだった瞳は、鱗が取れたように輝きを取り戻していた。長いまつ毛に陽光をきらめかせて、幸せそうに串焼きを頬張っている。


 それを見て思う。

 やはりしばらくはこの子を助けないとな。

 このクソゲーな世界で守るべき価値があるとしたら、この少女のような純粋な笑顔くらいのものだろうから。

 お礼を言うべきは、俺のほうかもしれない。

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