4-2 順調なときこそ、落とし穴に気をつけろ。
夕暮れまで俺たちは人通りの多い広場などで芸を繰り返した。
珍しさもあってそれなりの成果だ。その日の食事と宿代を支払ってもお釣りがくるくらいには稼げた。
不思議なものだ。弱者の代名詞のような猫と乞食の子供が二人合わさっただけで、こうも状況が好転するものなのか。どちらも一人では何もできない圧倒的に無力な存在だ。なのに、二人で一緒に行動しただけで人並み以上に成果を出している。
たくさんのおひねりを貰って嬉しそうなユリアは夕食をとった後、路地裏に帰省しようとした。が、俺は彼女の皮ブーツに猫爪を引っ掛けて阻止した。
「ナスキー?」
「にゃっ(そっちではない)」
路地裏で寝起きすると確率で病気になる。そもそもHPもたいして回復しないし、良いことは何もない。
せっかくお金に余裕があるのだから宿に止まり、生活の質を向上させるべきだろう。
俺はユリアを引っ張って宿屋まで連れて行く。
宿の主人は客のユリアを見止めると表情を商売モードに切り替えたが、その足元の俺に目を留めると途端に厳しい目つきになった。
「お客さん。うちはモンスターのペットはお断りですぜ」
「えぇ? ダメなんですか?」
ユリアはうるうると瞳の潤いを増して見つめるが、店主は首を振らなかった。
まあ、予想通りの結果だ。
俺は静かに踵を返し宿を出る。ユリアさえ泊まれればそれでいい。猫は野宿しても病気になりにくい補正がかかっていたはずだ。
と、後ろから首根っこを掴まれた。
「にゃふぅっ!」
そこを掴まれると猫は弱い。全身の力が入らなくなる。
「どこ行くの、ナスキー?」
俺は視線をそらして答えないが、
「ダメだよ、ナスキーも一緒じゃないと」
しゃべらずとも俺の意思を理解してしまうユリア。無駄に読心スキルが上がっている。
だがそれだと困る。アキバハラ内の宿はどこもペット禁止だったはずだ。
今から街の宿を一軒一軒回っていては朝になってしまう。そんな時間的余裕はない。
俺は諦めるように目線で訴えたが、ユリアは俺を抱えたまま歩き出した。
やってきたのは最寄のギルドだった。
モンスターの襲撃など不測の事態に備えて、アキバハラのギルドは二十四時間体制で営業している。
「すみません。聞きたいことがあるんです」
「何でしょう?」
「ペットも一緒に止まれる宿はありますか?」
なるほど、ユリアは人を頼ることを覚えたようだ。
「ペット同伴可の宿ですか? 馬小屋を貸してくれる宿ならたくさんありますが」
「一緒の部屋に泊まれるところをお願いします」
「あい部屋希望ですか、それはさすがに……、少々お待ちください」
職員がリストを漁ること数分。
「交渉次第とある店舗が何件かありますね」
「教えてください」
「わかりました。紹介状をお書きしましょうか?」
「それもお願いします」
情報料と紹介状の料金を支払って、俺たちはギルドを後にした。
◆
やってきたのはアキバハラ南東地区の一角だ。
南部に広がる広大な農村地帯から作物が運ばれてくる南地区と、商人たちがやって来る東地区が交わるこの場所は、人や物が行き交う交通量の多い地区だ。
多くの人が訪れる関係上、必然的に旅籠の数も多くなる。どの宿も旅客獲得競争に余念がない。
湯治場を併設していたり、酒場も兼ねていたり、中には色っぽいお姉さんが肌を露出させながらお客を誘うようなアヤシイ宿まで、それぞれの特色を前面に押し出してアピール合戦を繰り広げている。
それだけたくさんの旅宿がひしめいていれば、中には訳あり人を受け入れる所もあるものだ。
俺たちがやって来たのもそんな宿舎の一つだった。
外観は少々年季が入っている。よく言えば老舗の風体、悪く言えばボロ宿だ。
一階は酒場を経営していて二階が宿になっている、わりとオーソドックスな営業形態といえよう。
ギルドの情報では、宿自体に何か問題があるわけではないのだが、周囲に特色の強い新しい宿が乱立したせいで客足が遠のいているようだ。
特に目立ったセールスポイントがあるわけでもないので、宿泊料金を下げることで対抗していたのだがそれにも限界を感じ、少々訳ありでも誰それ構わず受け入れてくれるようだ。
まさに俺たちにとっては絶好の狙い場だ。
西部劇に出てくるようなスイングドアの先はすぐ酒場になっていた。思いのほか広い空間に、複数のテーブルが並んでいる。正面にはバーカウンターが備え付けられていて、その奥には厨房も見える。
だが、そろそろ夜も更けてきて客が寝床へ向かう時間帯であることを考慮しても、あまりにも寂しい静けさに包まれていた。
客足はゼロ。閑古鳥が鳴くとはこのことか。
なまじ部屋が広いこともあってか、その閑散ぶりたるや通夜の如しだった。
営業しているのか疑わしい状況に、ユリアは恐る恐る店内に歩みを進めた。
木製の床も老朽化が進んでいるようで、体重の軽いユリアが歩いたときでさえギーギーと軋んだ。
「あのぅ、誰かいませんか?」
その声に反応して、バーカウンターの奥で突っ伏していた若い女が、ガバッ、と身を起こした。
「お、お客さん!?」
瞬間、弾かれたように飛び上がった女はそのままの勢いでバーカウンターも飛び越えた。着地の瞬間に床がバキッと嫌な音を立てたが、それにも構わずユリアのもとへ颯爽と駆け寄る。
「い、いいい、いらっしゃいま、まませ。お、おお、お食事でしょうか? お、お泊りでしょうか? それとも、あ・た・いぃ!?」
しばしの間、時の流れが消え去った。
俺もユリアも点になった目を元通りに治すまで数秒の時間を要した。
その間、反応がないことに不安を覚えたのか、女はますます暴走する。
「ぜ、全部でよろしいでしょうか! お泊りしながら、あたいをお食事されるということでッ!?」
俺もユリアも揃って頭から湯気を出した。
人の脳みそって演算処理能力を超えるとこうなるんだな。
三人が落ち着くまで、それからもうしばらくかかった。
「いやー、あたいとしたことが、みっともないところを見せてしまったね。それで宿泊したいということでよかったかな」
「はい。あまりお金がないので、安い部屋をお願いします」
「ああ、それなら構わないさ。何せ二週間ぶりのお客人だ。一番安い料金で好きな部屋に泊まってくれて構わないぞ、はっはっは」
苦笑いを禁じえない。二週間ぶりって。よく潰れなかったな。
俺たちを出迎えたのはこの宿唯一の従業員にして主人でもある若女将だった。年のころは二十歳前後だろうか。頭に被った三角巾と、捲り上げた袖から覗く仕事なれした二の腕がはつらつとした印象を与える。
この広い酒場と宿屋を一手に引き受けるとなればそれなりの体力とスキルがあるのだろうが、出会った瞬間の印象がどうにも後を引いてしまう。
「あの、それで一つ問題があるんですけど」
「何だい?」
ユリアが俺に視線を向けると女将もそれにつられる。
「ああ、テイミングされたモンスターならかまわないよ。外に小さな庭があるんだ」
「そうではなくて、一緒の部屋に泊まりたいんです」
「えっ?」
それを聞いた瞬間、若女将の表情が固まった。
笑顔をビクつかせながら葛藤しているのが俺にもわかる。
「暴れたりしない?」
「大丈夫です」
「部屋を引っ掻いたり、家具を壊したりは?」
「しないです」
「トイレとかは?」
「ちゃんと躾けるから大丈夫です」
「……よし、わかったよ」
女将はそう言うと、俺たちを店の裏庭に連れてきた。
「ここに花壇があるだろ。まあ、今は花など咲いていないが。ペットのトイレは必ずここですること。それが守れるなら了承しよう」
「本当ですか!」
ユリアは満面の笑みを浮かべた。
「じゃあ、ナスキー。お願い」
え? 何?
ユリアに首根っこを捕まれて持ち上げられた俺は、花壇の上に座らせられる。
二人の女性が期待に満ちた目をしながら俺を見つめた。
そのとき、俺の脳裏にゲームのシステムメッセージのようなものが浮かぶ。
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ペット用クエスト、下宿審査が発生しました。
制限時間以内に、指定された花壇で放尿してください。
3・2・1・スタート。
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ちょ、ちょちょちょちょ、ちょっと待てぇえええええええええ!
なぜ俺がこんな辱めを受けなければならないんだ!
冗談だろ? と、俺は視線でうったえるが、二人はいっこうに目線を外さない。
残酷な笑顔で、俺の放尿を今か今かと待ち構える。
凄まじいプレッシャーだ。目的のためなら手段を選ばない少女。二週間ぶりの客を逃がすまいとする商売人の執念。
じぃーーッ、と視線が音を発しながら俺の下腹部に突き刺さる。
う、嘘だろ? 嘘だと言ってくれ!
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残り時間、三十秒
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空気を読めよと、二人の視線が強まる。
逃げられない。どうにも逃げられない雰囲気。
ここで俺がクリアしなければ、また宿探しはやり直し。せっかく気持ちが上向きになってきたユリアもまた落ち込むかもしれない。
俺は誓ったじゃないか。ユリアに暖かい食事と清潔な寝床を用意すると。そのためにできることなら何でもすると。何でも、する……と。
たとえ耐え難い屈辱を受けることでも、人間としての尊厳を根こそぎ失うようなことでも、一人の優しい少女のためなら、あのときの温もりに恩返しするためなら、ユリアのためなら…………、
う、うにゃぁあああああああああああああああああ!
――ぷシャァーーーー…………。
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クエストクリア!
格安での宿泊許可を得た!
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あ、あぁ、ぁあぁああ……。
「よくできましたー!」
放心する俺の傍で商談は成立したようだ。
俺は無意識のうちに、尿に土を被せる。猫の本能がそうさせたようだ。
あらためて自分が猫になってしまったことを自覚する。
こんな世界、こんな世界――――、こんなクソゲー世界は嫌だぁ……ぁあ……ぁぁ……。




