4-3 もしも全ての湯が混浴だったなら、女湯にこれほどの魅力は生まれなかっただろう。
どうも、黒猫のナスキーです。
もはや希望はありません。
猫として生きていくのがこんなに辛いとは思いませんでした。
少女に見つめられながら放尿させられた気持ちがわかるでしょうか。恥ずかしい部分をじっくり見られながら、恥ずかしい行為をさせられる猫の気持ちがわかるでしょうか。
――アブノーマルな性癖に目覚めそうですッ!! ンンンギモヂィイイイイイイイイイ!
いやいや、冗談だ。そうとでも思わなければやっていけないほど精神的にキツイのです。
こうなったらせめて美人なお姉さんに撫で撫でしてもらいたいです。傷心の俺を慰めるものは巨乳のお姉さんの撫で撫でしかありません。それだけが唯一の救いです。
絶対に美人で巨乳なお姉さんに撫で撫でしてもらうんだ! 巨乳のな! 巨乳のな!
そんな俺のもとに早くもチャンスがやってきた。
「ナスキー、お風呂に行こう。近くに銭湯があるんだって」
俺はその単語を捕らえるなり猫耳をピキーンと立てて立ち上がった。落ち込んだ気持ちにカツを入れ、背筋をのばして優雅な足取りでユリアについて行く。
時刻は夜。今宵は満月だ。
少々肌寒い星空の下を歩き銭湯を目指す。
聞けばずいぶんと大きな銭湯のようで、男湯と女湯が二つずつある上に、サウナ、薬湯、露天風呂まで完備しているとか。
楽しみだ。
到着すると、さも当然のようにユリアの後ろについて女湯の暖簾をくぐった。
こういうのは堂々としていれば自然に見える。何も不自然なところはない。ご主人様に付き従う良く躾けられたペットの振る舞いだ。
ところが、番頭で受付をしていたお姉さんに呼び止められた。
「ちょいちょい、そこのちみっ子。そこの黒いのは……ギルドの首輪を嵌めているからアンタのペットかい?」
「はい」
「ペットはダメよ。外に繋いどいておくれ」
「暴れたりしないおとなしい子なんです」
ユリアは必殺の上目遣いで瞳うるうる攻撃を仕掛けた。
「ダメダメ。お湯が汚れちまうよ。他のお客さんにだって迷惑がかかっちまうだろうさ」
しかし同姓には効果がなかった。
「うぅぅ……、一緒に入りたかったのに。ごめんね、ナスキー。外で待ってね」
それならば、仕方がない。またの機会にしよう。
俺は踵を返して銭湯の外へと戻った。ここでしばらくおとなしくしていよう――、
――とでも、思ったか?
甘いぜ! こんなことで俺が引き下がるとでも? この殺伐としたクソゲーの世界で唯一とも言える桃源郷。巨乳のお姉さんに全裸でもふもふしてもらえるチャンスを、みすみす逃すわけがなかろうて!
ミッションスタートだ! 俺のスニーキングスキルを見せてやるぜ!
俺はおもむろに立ち上がり、さりげなく建物の周囲を徘徊する。
ほうほう、なるほど。建物をぐるりと一周してみたが、入り口以外は全て高い石造りの壁で囲われている。穴などはない。地中深くまでしっかりと基礎が築かれているので、地面に穴を掘って潜入するのは無理そうだ。かなりしっかりしたセキュリティーだな。
ならばと、俺はヒョイと石壁に爪をかけてよじ登る。壁の上に到達すると、そこには有刺鉄線が張り巡らされていた。
なぜか体毛がむずむずする。良く見ると毛先が鉄線に引き寄せられているようだ。
ふと横を見れば、俺と同じように壁をよじ登ってきた男が壁の上に手をかけようとしていた。そして無警戒に鉄線に触れた瞬間、バチバチと紫電が走る。
男は声を上げる暇もなく電流の渦に呑まれて感電する。
その余波が俺のところにまでやってきた。
全身の被毛が逆立って、細胞がバチバチと破裂するような痛みが走る。
うにゃぁ!
思わず腕から、いや前足から力が抜けて落下しそうになるが、そこはグッと爪に力を入れて耐える。数十センチほど壁に引っかき傷を残しながらも、俺は耐え切った。
危なかった。距離が離れているのに巻き添えを食らうとは。地球の電気とは違う法則なのかもしれない。
地上を見れば感電した男が全身から湯気を出しながら焦げ臭い臭いを撒き散らしていた。ありゃ、死んだな。
――スキル《雷耐性》を覚えた。
そしてなぜかスキルを覚えた。属性ダメージを負うと超低確率で耐性を得ることはあるが、一発で覚えたのは初めてだ。通常は一万回に一回あるかないかの確率だろう。
俺は再び壁の上まで来ると、有刺鉄線とにらめっこ。隙間の広い場所を探す。人の姿では無理でも、小柄な猫なら通り抜けられるかもしれない。
するとちょうど良さそうな場所を発見した。子猫一匹なら何とか通れるかもしれない。
今こそ、猫に転生した不便さの見返りを求める時。
俺はからだを伸ばして、慎重に有刺鉄線の隙間に身を潜らせる。
上下左右から電流の気配を感じる。体毛が四方に引っ張られて静電気の渦の中にいるような感覚だ。それでも覚えたばかりの雷耐性を武器に突き進む。
程よい隙間だと思われた鉄線だったが、内側はよじれていて直進は難しい。
俺は窮屈な体勢から肩の関節を外してその難関を突破する。肩の骨が繋がっていない猫だからこそできる芸当だ。
高難易度のツイスターゲームのように四足を激しく交差させながらも、転倒しない。しっぽをピンと張ることで人間にはできないバランスの取り方が可能だ。
そうやって猫の特性をフル活用して、俺はついに電流地帯を抜けた。
うっしゃー! 猫をなめんニャよ!
肉球の衝撃吸収力を生かして、ピタッと音もなく地面に降り立つ。すぐさま物陰に隠れて身を潜める。
――スキル《潜伏》が発動しました。
これで俺の気配は消える。
さらにスキル《猫歩き》と《夜目》を併用。
強化された視覚と無音の歩行術で建物に近づく。
はやる気持ちを抑えて慎重に一歩一歩進む。ふと、地面が不自然に盛り上がっているところがあった。周りを良く見回せば、同じように地面がぼこぼこ盛り上がっている。
ひょっとしたら罠かもしれない。有刺鉄線に高圧電流を流すくらいセキュリティー意識の高い銭湯だ。壁の内側に罠がないとは限らない。
俺は怪しい部分は避けて通ることにした。
――スキル《注意》を覚えた。
ほほう。やはり罠だったようだ。あぶないあぶない。
俺はさっそく覚えた《注意》を発動させる。すると、何となくやばそうな気配がする場所が目立って見えた。地面の盛り上がりもそうだが、まばらに転がっていた石のいくつかに違和感を覚える。きっとあれも罠なのだろう。
今考えれば、初期猫に備わっている《潜伏》《猫歩き》《聴力強化》《睡眠回復》《夜目》の五種は女風呂をのぞくために備わっていたのかもしれない。
女風呂に潜入するのに、なんて都合のいいスキルの組み合わせなんだろう。
きっとこれは天命に違いない。そうとわかれば遠慮なく。
そんなことを考えながら、俺は月明かりの届かない建物の影を選び、浴室のある建物の傍までやって来た。壁に張り付いて窓がある場所までよじ登る。黒い毛がちょうど闇と同化して身を隠してくれる。
さて、お待たせしました。
ご褒美タイムだぁあああ!
俺は窓から身を乗り出して室内を凝視。
期待通り、そこには一糸纏わぬ肌色の空間が広がっていた。
お湯を弾く瑞々しい肌。引き締まった体つき。大きな胸、小さな胸。さすがリアルに作りこまれたネクラにふさわしい実体感だ。
昨今の厳しい表現規制をものともしない完全無修正主義。
お風呂シーンに限って市場経済の需給曲線をガン無視して過剰供給される湯気も、制作会社の壁を越えて他のアニメ作品から到来したレーザー光線もここにはない。
完全な、生。
騙しなしの、生まれたままの、生。
上半身だけでなく、下半身も丸見え。無規制。無修正。
だから全てが見えてしまう。
お股にぶら下がったパオーンも。
……パオーン、も……?
って、男湯じゃねーか!!
ふざけんなクソがぁあああああああああ!
怒り狂った弾みで、窓枠にかけていた爪が外れる。そのまま地面に落下して転がった。
転がった先に落ちていた石にぶつかって、俺は動きを止めた。物音を立ててしまったことに慌てて立ち上がる。石に乗っていた体重が離れた瞬間、
――カチッ、と音がした。
「えっ?」
あ、これさっき怪しいって思った石の一つだよな、と脳裏をよぎった一瞬のうちに閃光が広がる。同時に至近距離から広がる爆発音。
突然生まれた爆風に巻き込まれて、俺は空中に投げ出された。
地面に激突したとき、信じられない痛みが下半身から伝わってきた。
ただ地面にぶつかった程度の痛みではない。恐る恐る振り返れば、
――脚が、ない。
後ろ足が両方とも吹き飛んでいた。焼き焦げた皮膚に、飛び出した腸。
「アギャァニャァアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
脳がパニックを起こし、沸騰しそうなほどに熱くなる。錯乱状態の中でわかったのは、あの石は地雷を擬態させたものだったことだ。
あああ、もうダメだ。死ぬほど、痛い、苦しい、動けない、誰か、頼む、誰か、俺を殺してくれ、今すぐ、頼む、誰か。
こんな爆発音がしたというのに、誰も動かない。きっとこの銭湯ではこんなことは日常茶飯事なのかもしれない。不届きな覗き魔の受ける報いがこれか。
それでも俺は誰か慈悲深い人がやって来て俺を楽にしてくれることを願って《聴力強化》のスキルを発動する。
「アニキ、外で音がしましたね」
「気にするな、いつものことだ。それより石鹸を取ってくれ」
「へい、アニキ」
――むにゅっ。
「あ、アニキ、それは石鹸じゃない、っす。んっ、んあっ!」
コロンと石鹸を落とす音。
「おい、お前は石鹸を持ってくることすらできねぇのか?」
「すいやせん、アニキ、はぁはぁ」
「石鹸がねぇなら、仕方ねえ。お前自身で俺の身体をきれにしてもらおうか」
「あ、アニキ、そんなっ、ペロペロ、レロレロ……ちゅぱ、ちゅぱ……」
おぇえええええええええええ、ゲロゲロゲロぉおおおおおおおおおおおおおおおお。
吐いた。何してんだ、テメェら!
ゲロだけじゃなくて、血も吐いたわ! てか、すげー量の血を吐いたわ! 死んだらどうするんだよ! あっ、死のうとしてたんだっけ?
って、そんなこと言ってる場合じゃない。
慌てて《聴力強化》のスキルを切った。肉体の苦痛と精神の苦痛で二重苦すぎる。
身動きが取れない状態で気色悪い男のあえぎ声を聞かされるなんて、こんな拷問は酷すぎるぅっ!
だが、スキルを切っても男たちの地声が大きくなってきたせいで、俺の耳にも入ってきてしまう。
「なんだ、うまいじゃないか!」
「アニキぃいいい!」
くそがぁあああああああああ!
――パン、パン、パン、パン、――。
「「アッーーーーーー!!」」「ギニャァアアアアアアアアアアア!」
男たちの絶叫と俺の絶叫が重なったとき、ついに俺の意識は途切れた。
こんなクソゲーは嫌だぁあああああああああああああああああああ!!




