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2-2 トリプルスリーってそういう意味じゃないと思います。


 こうして俺は現在、新たなリスポーン地点に飛ばされた先でゾンビハウンドの群れに追いかけられているのだ。

 肉が腐り、あばら骨がむき出しになったオオカミのような四足獣が腐臭を撒き散らせながら集団で俺を追尾している。


 うにゃぁああああああああああああ!


 暗い、じめじめとした洞窟。アリの巣のように入り組んだ坑道をひたすら走る。まばらに生えた光ゴケが発する淡い微光だけが唯一の光源である道は、夜目の効く猫の視力をもってしても把握しづらい。


 それでも野生の本能に従って瞬時にルートを選択して走りぬける。

 もしも選んだ分かれ道の先が行き止まりだったならゾンビハウンドに追いつかれて食い殺されるだろう。


 死ぬもの狂いで走り続けること数分。そろそろ体力が尽きかけている。猫はもともと省エネな生き物だ。一日の移動距離なんてせいぜい五十メートルくらいのものだ。長時間走り続けられるような身体のつくりにはなっていない。

 そんなところまで無駄に再現されているネクラでは、猫にはスタミナにマイナス補正がかけられている。


 やばい、もうへとへと、倒れそう。

 

 呼吸が荒くなった俺に、更なる不運が重なる。

 薄暗く狭い坑道から一転、巨大な空洞に開けたのだ。天上にびっしりと生え揃った光ゴケのおかげで蛍の光を集めたように明るい。

 その反面、道は途切れて深い崖が広がっていた。暗闇に包まれて底が見えないほど深い崖。落ちたら即死だろう。

 前には絶壁、後ろからはゾンビハウンドの群れ。

 前からも後ろからも死が迫る構図。


 ふ、ふざけんな、くそがぁあああああああああああああああ!


 死に方を選べと迫られる。この世で最も考えたくないことの上位にランクインされる選択だろう。こんな残酷な選択を強いるゲームがあるだろうか。ネクラぐらいのものだろう。

 だが、考えている暇は無い。地面に激突するのと、肉を裂かれるのとどちらがマシか。

 結局のところ俺は身を投げる選択をした。痛い時間はできるだけ短いほうが良い。


 激突の瞬間を見るのが怖いので仰向けになって宙に身を投げた俺は、少したって妙な浮遊感に襲われた。

 突然無重力になったように中空でふわふわと揺れ浮かぶ。


 崖の上からはゾンビハウンドが顔をのぞかせている。俺を追って飛び込んでくる気配は無い。頬肉が腐ってむき出しになっていた牙をさらに深く除かせて、悔しそうに唸るばかりだ。

 やがてゾンビハウンドたちは諦めたのか、踵を返して崖の奥へ消えていった。

 遠のく気配。どうやら助かったようだ。


 俺は乱れた呼吸を整えながら脱力した。

 肉体的な疲労もそうだが、それよりも精神的な疲労のほうが大きい。

 なにせここは『ネクスト・ライフ』の世界だ。あの悪名高いクソゲーの世界だ。


 ゾンビハウンドに追われる前に、リポップしてすぐにステータスを確認してみたが、案の定LPが729から656に減っていた。ちょうど端数切り上げで10%失ったことになる。

 その前の砂漠のときがLP810だったから、一度死ぬごとにLPが一割ずつ減っていくのだろう。最初の草原時に1000あったLPが谷底で900になり、砂漠で810、教会で729、そして現在の洞窟で656となったと考えれば辻褄が合う。

 ネクラのデスペナルティーはLPの10%失うことと、そのとき持っていたアイテムの全ロストだったはず。あとは確定ではなかったがステータスも僅かに下がり、寿命も短くなるという噂もあった。

 なんにせよ、俺の置かれている今の状況と酷似している。

 繰り返すデスリポップ、一割減のデスペナ、撲殺シスターという特徴的なキャラ。状況証拠は十分だ。


 なぜもっと早く気付かなかったのだろうか。

 それはネクラが常軌を逸した地味ゲーだったことが原因だろう。

 ネクラには最低限のグラフィックやエフェクトの類すら一切存在せず、全て地味な文章によってのみ表現される。


 当時の家庭用ゲームはただでさえ容量が少なかった。そこにリソースの大半を膨大な職業やスキルなどの多様性につぎ込んでいるので、メモリーを食う派手な演出などを全て排除してしまったのだ。その無駄削減ぶりは徹底していてクリックしたときの効果音はおろか、BGMまでも容赦なく削った。プレイヤーは画面の前で音もなく流れ続ける文字を追い続けるという、なんともシュールな行動を強要されることになる。テレビゲームをしているというよりは、むしろ読書でもしていると表現したほうが適切とさえ言える。


 逆に文字ゲーだったからこそ想像力がかき立てられたわけだが、そのせいでここがネクラワールドであることをわかり難くしていた。

 なにせ文字だけでしか知らなかった世界と、今自分が感じている圧倒的なリアル感の間にはマリアナ海溝よりも深いギャップがあったのだ。

 物を触った感触も、吸った空気の匂いも、質量も重力も、音も光も風も何もかもが、とても文字だけの世界と同一だとは思えない実体感を放っている。


 ここが現実じゃないなら、あの死ぬ間際の痛みや苦しみは何なんだ。地球ですら経験したことのないほどの強烈な痛苦、想像を絶する惨痛。もしもこれが偽物の世界だといわれても、本物以上にリアルな偽物だと言わざるをえない。

 

 そう自覚したとき、俺は頬に雫が伝うのを感じた。

 猫の身体になっているゆえ、人間のときとは違う感触。直接肌を伝うのではなく、顔の毛が湿って重くなるような涙。

 嘆かざるを得ない。

 俺が知っている範囲で、最低最悪のクソゲー世界に転生してしまったのだ。


 ネクスト・ライフはクソゲーの中のクソゲー、ゲーム史に残るほどその悪名を轟かせた作品だ。


 ゲーム熱の高かった当時は新作が出るたびにゲーム評論家たちによる評価が行われた。

 そんな中、発売当時のクソゲーランキングで二位以下にトリプルスコアをつけてぶっちぎりのトップに輝いた唯一の作品がネクラだ。

 後にも先にもこれほど辛辣な批評を受けたゲームは登場していない。



 1.ストーリー・キャラ・世界観・熱中度などの魅力部門、ワースト一位。

 2.グラフィック・サウンド・声優などの演出部門、ワースト一位。

 3.操作性・快適さ・ゲームバランスなどのシステム部門、ワースト一位。


 という堂々たる実績を築いた。

 そんな不名誉なトリプルスリーを決めた三冠王は、当時のゲーム評論家に今後これ以上の愚作は生まれないだろうと言わしめるのに十分だった。

 さらには製作陣の傲慢な物言いと不誠実な対応もまた評価にマイナスのバイアスをかけて、他の追随を許さない悪評を欲しいままにした。


 同じクソゲーでも性質が異なる別の作品はネタゲーとして逆に愛されたりもする。

 たとえばバグが多い作品などはバグを逆用する楽しみ方が発見されてから、一部のマニアの間で人気が出たりするものだ。


 もしもネクラが、オフラインの癖にオンラインを名乗る『新しいコミュニケーションVRゲーム』のようなバグゲーやネタゲーであったならば、また違った評価を受けたかもしれない。が、生憎とネクスト・ライフはそういった意味でも本当に愛されない正真正銘のクソゲーなのだ。


 ああ、涙が止まらない。

 俺はそんな超がいくつも並ぶほどのクソゲーな世界で生きていかねばならない。もうずっと塞ぎこんでいたい。

 しかし立ち止まってはいられない。この世界は何もしないでじっとしていれば、ひたすらに理不尽な仕打ちと苦悩が待っているのだ。


 でも、今くらいは別の意味で泣かせてくれよ。だってさ……、


 ワシャワシャ。


 巨大な蜘蛛が空中を歩きながら近づいてくる。

 俺は逃げることができない。からだに粘着質なゴムのようなものが引っ付いて動くと余計にからむのだ。

 よく見れば透明な糸が網目状に張り巡らされているではないか。

 宙に浮いた謎も、ゾンビハウンドが諦めた理由、今となってようやく理解した。


 俺は巨大な蜘蛛の巣に囚われていたのだ。


 目と鼻の先まで迫った巨大蜘蛛がグロテスクな口部を広げる。

 俺は涙に加えて鼻水を垂らしながらぶるぶると震えるしかない。恐怖で声すらでない俺の腹に巨大蜘蛛が牙を突き刺した。

 毒を注入されて、全身が麻痺する。


 恐怖と麻痺とそもそも猫なので三重に発声できない俺は、この不条理なトリプルスリーを心の中で叫ぶしかない。






 こんなクソゲーは嫌だぁあああああああああああああああああああああああ!!

更新を楽しみにしていた作品が何ヶ月も更新されなかったから、むしゃくしゃして書いた。後悔も反省もしている。

次回で序盤の最難関を脱出します。

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