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7-5

 最終日。

 翌日に借金の支払いが迫ったこの日、俺とユリアはいつも通りの過密日程を過ごした。

 できることは全てやった。あとは座して待つのみ。


 夜。この日も宿屋でユリアの単独ライブが行われた。

 今日が最後のライブになるかもしれないという噂がどこからか広まり、やけに多くの客がおしかけて、むせるような熱気が渦巻いていた。


 その理由は、宿屋が翌日から改装されるからだ。女将が溜め込んだLPを一気に注ぎ込んで、修繕と拡張を一気に行うのだ。その都合、少しの間休業することになる。

 たしかに今晩は改修前の最後のライブだったのだ。


 最後の曲が終わると大歓声と共におひねりが乱れ飛んだ。

 いつもなら赤銅貨に混じってたまに朱銀貨が投げ込まれるくらいだが、この日は違った。


 紅金貨、紅金貨、紅金貨。


 眼球が色彩異常をきたしたのではと思うくらい、視界が鮮やかな紅一色に染められた。


「えっ……? ふぇえええええ!?」


 驚きのあまり機能停止したユリアの代わりに、俺が金貨を集めてユリアの身体に吸収させる。

 ふと視線を上げれば、客の中に混じったジーノと目が合いウインクされた。やはり猫毛がぶるると逆立った。

 生理的な忌避感を覚えたが、今回だけは許してやろう。なぜなら、この光景を作った立役者が他ならぬジーノなのだから。


 昨晩盗み出したお宝をジーノが裏ルートを使って売りさばいた。なにげに《闇商売》スキルを持っているんだそうだ。

 その売り上げを使ってギルドに依頼を出す。依頼内容は歌唱スキルのレベル上げ。報酬は闇商売で稼いだ全額。すぐさまもとゾンビの連中が依頼を受けて、ユリアに大量の金貨を横流しする仕組みになっているわけだ。

 一部の例外を除き、基本的に冒険者間での金銭の受け渡しができないようになっているネクラのシステムで、大金を移動させる裏技の一つだ。


 それにしても、小学生くらいの女の子に大金を貢いで熱狂する男共の群れを見ると、どこか犯罪めいた不気味さを感じるのだが、まあ、今回は無罪だろう。

 彼らはギルドの依頼で協力しているにすぎないのだから。そもそもイエスロリータでもノータッチならばギリギリセーフが世界のルールだ。


「あっ、ナスキー。《歌唱》スキルがⅣに上がったよ」


 早いな。もう立派なプロの歌手だな。


「それからまたジョブが増えた。今回はたくさんあるよ。【駆け出しアイドル歌手】【歌姫】【楽聖】それと、【ろりぃたあいどる】だって」


 ずいぶん増えたな。【駆け出しアイドル歌手】は固定ファンが100人を超えると生まれるジョブで、【歌姫】は歌によるおひねりの獲得額が1000万を超えた人に贈られる称号だったはず。【楽聖】は一晩で1000万以上稼いだ音楽家に贈られる称号だ。


 で、最後は、えっと、何だって?


 知らない称号だ……。

 なぜか身体が勝手に動く。ガリガリと柱に指を当てて爪とぎをする。切れ味を高めないとな。

 なぜだろう。今夜はユリアの笑顔が飛び交うライブパーティーのはずだが、これから生首が飛び交うジェノサイドパーティーに変更される気がする。なぜだろう。理由がわからない。明日の朝には宿屋の前に死体の山が出来上がっている光景が浮かんだのだが、どうしてだろう。わからないなーまったく。

 とりあえず爪とぎを終えた俺は、低く身を屈めて狙いを定めるのだった。





 深夜。

 散歩に出かけようと宿屋を出ると、


「やあ」


 偶然ジーノに出会った。最近よくこの時間に会うな。

 まあ、今日のライブはジーノの働きも大きかったし、ねぎらいの一つでもしてやろう。肉球でぷにぷにと脛を叩いてやった。光栄に思うがいい。


「いやー、さすがに一日で売りさばくのには苦労したよ。もう少し時間があれば古い友人の伝手を使って今の三倍、いや十倍くらいは稼げたんだけどね。時間がないから、今回は叩き売ってしまったよ。あの金額で足りたかい?」


 ああ、充分だよ。恩に着る。ジーノがいなかったらユリアの奴隷落ちは防げなかったかもしれない。


「あ、そうそう。キミにもプレゼントがあったんだ」


 ジーノはアイテムボックスから小さな玉を取り出した。

 あっ! そ、それは! 《念話》のスキル玉じゃないかっ!


「キミも喋れるほうが何かと便利かと思ってね」


 俺は奪い取るように飛びつくと勢いよく飲み下した。


 やった! やっと、念願の《念話》スキルを手に入れた。これでようやく、人としゃべれるようになる!

 でかした、ジーノ。お前は本当に役立つやつだ! 褒美に、俺を一回だけもふっていい権利をやろう。


『感謝するよ、ジーノ』


 ん? 反応がない。どうなってんだ? スキルの説明を読むと、レベルⅠの念話では、触れた者にだけ通念できるとある。

 なるほど。俺はジーノの足に肉球を当てながら、もう一度お礼をする。


「おおっ、頭の中に直接声が! 喜んでもらえて何よりさ。にしても意外と高い声質なんだね。少年のようだ。もっと渋くて低い声を想像していたよ」

『そうなのか? 自分ではよくわからないからな。何にせよ、このお礼はいつか必ず』

「いいって。僕はユリアちゃんの幸せのために動いているだけさ」


 お前、結構いいヤツだったんだな。何でゾンビなんかに落ちぶれていたんだよ。ま、それを聞くのは野暮ってもんか。


『ジーノはこれからどうするんだ? 俺は散歩に出かけるところだが』

「奇遇だね。僕も夜の散歩が趣味なんだ」


 俺たちはニヤリと片頬を上げながら、夜の街へ繰り出した。行き先は別に決まってないさ。向かう先にたまたま奴隷商人のハワード宅が見えたが、特に意味はないさ。



 その晩、なぜか俺のスキルが急成長した。《潜伏Ⅱ》《猫歩きⅡ》《聴力強化Ⅱ》《夜目Ⅲ》

《注意Ⅱ》。

 なぜだろう。全く思いあたる理由がない。不思議なこともあるものだ。


     ◆


 ついに返済日がやって来た。


 十全の準備を終えた俺たちは軽い足取りでアルバートの屋敷へ赴く。

 屋敷へ到着すると応接室へ通された。一昨日俺が隠れたソファーのある部屋だ。今日は堂々と家具の上に座れる。


 遅れて入室してきたアルバートが、にこやかな笑みを浮かべながらユリアに近づく。

 この様子だと地下室からお宝が消えたことにはまだ気付いていないようだ。


「返済の準備はできましたかな、お嬢さん?」

「はい。ちゃんと1100万ゾイを用意しました」

「おや? それですと、返済額には大きく届きませんな?」

「えっ? どういうことですか!」


 アルバートは貼り付けたような不気味な笑みを崩さずにアイテムボックスから契約書を取り出した。

 ユリアと共に、俺はその書面を穴が開くほどに見つめ続けた。


 くそっ! そういうことか。やられた。


 書面にはこう書いてあった。アルバートはユリアに1000万を貸す。その利息は一日10%の複利。返済期限は10日以内。

 つまりは『カラス金』だ。日暮れ時のカラスが鳴くたびに利子が発生するからこう呼ばれるようになった。

 複利とは、、元金がんきんによって生じた利子を次期の元金に組み入れる方式だ。つまり元金だけでなく利子にまで次期の利子が新たに発生する。

 だから今回の場合は、


初日  1000万

二日目 1100万

三日目 1210万

四日目 1331万

五日目 1464・1万


 ……と、一日ごとに一割の利子が雪だるま式に増えていく。

 十日後ともなれば、


「ユリアさんのお支払い額は、2593万7424ゾイとなっております」


 元金のおよそ260%にまで膨れ上がっていたのだ。もう、詐欺だろこれ。


「そんなっ! 話が違います!」

「おやおや、わたくしはちゃんと説明を致しましたよ。どうやらお嬢さんは勘違いされていたようですが」


 わざと誤解させたんだろうがっ! 知識のない少女を罠にかけやがって! そもそも貸した傍から元金が溶けちまうのに返済もクソもないだいだろうが!


 俺は腸が煮えくり返りそうになるのを必死に耐えた。自然と爪がむき出されてソファーに食い込む。確かに契約書の確認を要求しなかった俺にも落ち度はあるかもしれないが、それにしても酷い。

 ネクラの契約は強力で、一度契約が成立してしまうと並大抵のことでは取り消せない。そもそも悪徳金融業を取り締まるような法もないわけだし……。


『ユリア、金は用意してあると言え。取りに行くから一度出かけるとも』


 ユリアに念話で指示を出す。アルバートはそれを聞いても顔色一つ変えなかった。


「おや、そうでしたか。それならば先に元金だけでも回収させて頂きましょう」


 アルバートは《取立て》のスキルを使ったのだろう。ユリアの身体から大量の紅金貨が抜き取られて、アルバートの体内に納められた。


「返済期限は本日の夕刻までです。日が落ちるまでに返済できなかった場合は奴隷に身を落とすことをお忘れなきよう」


 俺はアルバートを睨みつけながら屋敷を後にした。


 てめーは、絶対にやってはいけないことをした。俺を本気で怒らせた。猫を怒らせたらどうなるか、思い知らせてやる!


     ◆


 想定以上に最悪な状況だ。まさかあんな契約になっているとは思わなかった。

 こうなるとジーノ頼みになる。ジーノがお宝を売りさばいて夕刻までに持ってきてくれれば……。いや、かなり厳しいか。

 ジーノは昨晩、古い友人に会いに行くと言っていた。アキバハラを出た可能性もある。

 自力でどうにかするしかない。今日中に1000万以上稼がなければ……。


 俺たちは街中を駆け回る。武器屋、宿屋、スキル屋、袋屋、秘薬屋……、誰か、何でもいい、金を貸してくれる人は、助けてくれる人は……。

 宿屋の女将ら、気の良い人たちがお金を貸してくれる。だが、宿屋の改修にLPをほとんど費やしてしまった女将など、タイミングの悪さも重なり、必要額には到底届かない。そうこうしている内に陽が傾き始めた。


 タイムリミットまでもう時間がない。

 俺は最終手段に出ることにした。




 中央ギルドへやって来た俺は禁じ手を使うことにした。


 ユリアのギルド登録を抹消するのだ。

 人間でなくなってしまえば貨幣のやり取りができなくなる。当然契約もできなくなる。それ以前に結んだ契約が無効になるわけではないが、人間でなくなった時点で一時中断される。つまりこれ以上借金が膨らまなくなるわけだ。

 あとは時間をかけて金を用意してからギルドに再登録して返済すればいい。


 ただし、リスクも大きい。ひたすら借金取りに追われることになるのでアキバハラ内での生活はできなくなるだろう。そして奴隷商人に捕まると強制的にかつ合法的に奴隷化させられる恐れがある。ギルドの保護を受けられなくなるデメリットは痛すぎるリスクだ。しかし、今すぐ奴隷にされるよりはマシだろう。


 俺は手早く手続きを済ませた。

 ユリアに全身フードを被せて身体を覆うと、静かに街から出る。しばらくは街の外に身を潜めて、ジーノと連絡がついたら物資を届けてもらおう。これからはRPGらしくモンスターを狩りまくって強くなりながらLPを稼ぐ生活になる。長い下積みのおかげで、それなりに基礎体力は身についている。タイミングとしては悪くないはずだ。


 と、そんなことを考えている時だった。

 

 ――シュッ! と背後から風を切る音が飛来した。


『危ない!』


 俺は咄嗟にユリアを庇った。


 ――ぐっ。


 ランドセルのおかげでユリアは無傷で済んだ。

 しかし俺は肩に針のような矢を受けてしまった。


「くっく、後ろがお留守ですよ~」

 フードで顔を隠した二人組みの襲撃者が、街の方角から姿を現した。


「ナスキーっ!」

『逃げろ!』

「ナスキーを置いて行けないよ!」


 続けざまに矢が飛来する。ユリアはスコップの頭で叩き落とした。だが、防ぎきれなかった一本を足に受けてしまう。正面からの攻撃にはランドセルは反応しないのだ。


 マズイ、身体が痙攣して――、くそう、やはり毒が塗られていたか! そしてこの手口には覚えがある。

 悠然と歩いてきた襲撃者の片割れが口を開く。


「お前には腕を落とされた借りがあるからな、覚悟してもらおうか」


 やはり、以前、俺を襲った二人組みの襲撃者だ。ということは――、


 襲撃者の背後から三人目の人影が見え隠れする。そいつは聞き覚えのある声をしていた。


「ほっほっ、借金を返さずに踏み倒すとは、感心しませんな、お嬢さん」


 アルバートだ。

 ドサッと、ユリアが膝をついて倒れた。

 てめぇ、アルバート! よくもユリアをッ!


「どうして、アルバートさんが、ここに……?」

「あなたが自己破産して街から逃亡することなど予想済みです」

「じゃぁ、はじめから!?」

「その通りです。あなたが素直に奴隷になれば良し。逃げたとしても人間をやめていれば合法的に奴隷にできますし。どの道、あなたは奴隷になる運命だったのですよ」

「そ、そんな……」


 アルバートは醜悪な笑みを浮かべながらユリアのアゴを掴み、得意げに話す。


「あなたは始めからわたくしの手のひらで踊らされていたに過ぎないのですよ」


 ユリアは毒が回ったのか、脱力した。


「それにしても、いけない子にはおしおきが必要なようですね、くっくっく」


 それから手下に「屋敷に連れて行きなさい」と命令した。


 手下がランドセルに触れた瞬間、バチンと紫電が走った。


「ぐあっ!」

「気をつけなさい。おそらくその背嚢はマジックアイテムでしょう。ユニコーン製のアイテムは処女以外が触れると反撃されるのです。


「ボス、こっちの黒い獣は好きにしていいんですよね?」

「ええ。ただし、彼女の奴隷化が済むまでは生かしておきなさい。人質に使えそうです。それからハワードさんにも連絡を入れておいてください」

 

 俺も意識が朦朧としてきた。毒が回ってから気合で意識を保っていたが、限界が訪れたのだ。ギリッと奥歯を噛み、そのまままぶたを閉じた。


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