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6-7 タイミングがかみ合わなくても、めげる必要はない。


 武器のメンテナンスを済ませ、防具も一通り揃えた。

 ユリアの体格と筋力では全身を鉄で覆うプレートアーマーは厳しい。よって皮製の軽装を選んだ。胸当てと膝、肘、小手などを守る最小限の装備だ。守りすぎても小回りが利かなくなるから難しいところだ。


 そして何より目を引くのは、ユリアの背中に背負われた赤いランドセルだ。

 ただのランドセルと侮ることなかれ。通常の平凡な皮製と違い、天使の羽とユニコーンの皮と角と血というレアアイテムをふんだんに使用した一品は、その性能もぴかいちだ。


 装備しているだけで防御力を上げてくれる上に、高いクッション性で背後からの攻撃を大幅に緩和してくれる。さらに素材のユニコーンの特性として、敵に一定確率で無属性攻撃による反撃までしてくれる優れものだ。しかも、内部の空間は時空を歪めて広がっているので、かなりたくさんの容量を収納できるのだ。税金のかからないアイテムボックスを手に入れたようなものだ。


 ランドセルは立派なチートアイテムなのだ。たとえ通常の皮製であっても。

 その性能ゆえに愛好者が続出し、ゲームも終盤に差し掛かるとゴツイおっさんが揃ってランドセルを装備する悲惨な光景が生まれるほどだ。


 当時子供だった俺は文字列から思い起こされるその光景を想像して、たまらず吐き気を催したものだ。

 さすがクソゲーである。子供の想像力にまでダメージを与えるのである。


 さて、俺の装備は、と言えば…………全裸、以上。

 猫に装備できる防具などない。あっても重くなって関節が固められて動けなくなるだけだ。こんな危険な世界で幼女の前で露出プレイを強要されるシステム。さすがクソゲーランキング一位は伊達じゃない。

 まあ、ユリアのランドセルに乗っていれば背後からの不意打ちも受けにくくなるし、移動も楽だ。それで良しとしよう。しばらくはこのランドセルの上が、俺の定位置なりそうだ。



「(ユリア、準備はいいか?)」

「うん。迷宮ってどんなところなんだろうね? ちょっとワクワクするな」


 ついに俺たちは迷宮に挑戦できるくらいに強くなったのだ。ようやくスタートラインに立てたわけだ。

 ここまで長い道のりだったが、我ながらよく耐えたと思う。


 俺たちは期待と不安の入り混じった心境で、畑に現れたゲートがあった場所までやってきた。


 が、肝心のゲートが見当たらない。


「にゃぁ?」


 おかしいな。たしかにこの辺りにあったはずなのだが……。

 周囲を探索してみるも、やはりない。ゲートが消えている。


「ないね……」

「にゃぁ……」


 盛り上がっていた気持ちが一気にしぼむ。


 これだからクソゲーはッ!

 ゲートの出現はランダムだが、消失もまたランダムなのだ。

 準備を万端に整えて、気合充分にいざ行かんというタイミングでコレだよ。マジクソだわー。


 出鼻をくじかれた俺たちは、しょうがないので街へ戻ることにした。


     ◆


 さて、数日間ほどアキバハラの街で情報収集をしつつ、手軽なギルド依頼などをこなしながら過ごした。


 拠点はもちろん例の宿屋だ。相変わらずカブ料理で繁盛している。知らぬ間にカブビールとかいうお酒を開発していてバカ売れしていた。カブからどうやってビールを造ったのか激しく謎だ。


 カブを十個ほど使って、一杯でLPが1000以上もも回復するビールを造るとかチートすぎる。濡れ手に粟で、女将がスーパーリッチになっていた。羨ましい。

 一杯600ゾイで売っても、お客は400LPも増えるからウハウハ。女将は原価を差し引いても500ゾイ以上儲かるからウハウハ。

 みんな幸せ。このクソゲー世界にあるまじき笑顔溢れる光景だ。


 ま、そこに俺たちも便乗するのだが。

 ユリアが酒場の一角で夜間コンサートを始めたのだ。ウハウハな客から小銭をかき集めるのが中々の収益になる。《歌唱Ⅲ》スキルは伊達じゃない。ぶっちゃけアマチュアの域を超えている。俺もパーカッションで僅かばかり花を添えた。


 評判はかなりよく、毎晩コンサートを開催するほどだ。

 今ではユリアは酒場のマドンナだ。

 そしてユリア目当の客も増えてくる。ファンも急増している。するとますます女将のカブ料理が売れる。みんな飲み食いするだけでLPがどんどん豊かになっていく。幸せいっぱい。そうなれば財布の紐もゆるくなり、おひねりの額も増える。俺もユリアも豊かになる。幸せいっぱい。みんな幸せ。噂を聞きつけた新規の客が増える。ますます商売繁盛する。以下、この繰り返し。


 ――なんて素敵な正のスパイラル。


 かつての日本で、デフレスパイラルやら失われた20年やら社畜やら言われていたのは何だったのか。

 今、俺たちは、すげーリッチです。ウェーィ。


 まあ、良いことばかりというわけでもない。人が増えればその分、厄介な人間も出てくるわけで。


「す、素晴らしい! 何て穢れのない美しい歌声なんだ!」


 毎晩恒例のコンサートを行っていたある日、一人の太った中年男が突然立ち上がると、ユリアのもとへ突進した。


「わしのところに来い! わしのモノになるんだ!」

「えっ!? あの……」

「何一つ不自由ない生活をさせてやる! 欲しいものは何でもやろう! だから、わしだけの歌姫になってくれっ!」


 小太りな中年が小学生くらいの女の子に求婚を申し込んだのだ。酒の酔いもあるだろうが、脂ぎった頬を上気させて、濁った瞳にユリアの困惑顔を映す様は犯罪的に汚らわしい。


「ご、ごめんなさい!」


 案の定、ユリアは断る。が、玉砕した男は激高する。


「何だと! このわしの要求を断るというのか! わしを誰だと思っているんだっ!」

「ひぅっ!」


 ユリアが怯えたのをみて他の観客たちも怒声をあげ始めた。


「おい、そこの酔っ払ったおっさん! いい加減にしろや!」

「ユリアちゃんは皆のアイドルなんだぞっ!」

「お前なんか相手にされるわけねーだろうが!」

「ユリアたん、ハァハァ……」


 ブーイングの嵐が巻き起こった。しかし男はそれでも止まらずに、ユリアに手を伸ばした。

 ユリアの平らな胸に触れそうになった瞬間、俺は飛び出してその汚い手を引っかく。


「ぎゃぁあああ!」


 ユリアに触れんじゃねーよ、まったく。


 男の手の甲に四本の朱線が刻まれた。これでもかなり手加減したはずだが、皮膚がぱっくりと開いた。それだけ俺の攻撃力が上がったということの証左だろう。ゾンビ狩りをしまくったおかげだ。


 その後、男は他の客たちによって酒場からつまみ出された。


「くそっ! わしを怒らせてタダで済むと思うなよ!」


 男は醜い捨てゼリフを残して去っていった。どことなく、その濁った瞳の中に宿る光に不気味なものを覚えた俺だったが、よくいる酒に酔ったアホの一人だろうと、このときはそれ以上気にしなかった。


 まったく、人が増えるとこういう客も増えるから困ったものだ。

 ま、そんな一幕もありつつ、俺たちは順調にLPを増やしていった。こんな生活も悪くない。危険な迷宮に行かなくても、こうやって人々を笑顔にしながらコツコツ稼いでいっても良いんじゃないだろうかと、そんな風にも思い始めた。


 客の中の誰かが迷宮を踏破すれば、歌と笑顔で支えたアイドルのユリアも便乗してゲームクリアできる可能性は高い。

 もうそれでいいんじゃないかな。痛い思いも苦しい思いもせずに、笑顔の力で世界に貢献する。そのほうがユリアに合っているような気がする。

 ここがユリアの居場所なんじゃなかろうか。そしてその居場所とユリアの笑顔を守るのが、ペットである俺の役目であり、俺にとっての居場所なのかもしれない。

 こんな生活が続くのも、悪くない。




 ――このときの俺は、この平穏な生活がずっと続くことを疑いもしなかった。



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