5-1 どんなものでも武器になる。
翌日。
「ねぇナスキー。やっぱりユリアも迷宮を目指したい。あの人たちが言うには『レベルを上げて物理でなぐる』をすれば誰でも戦えるようになるんでしょ? ユリアにもできるって言ってた。危険だと思うけど、怖いけど、でも、このまま何もできないままはイヤ。日本に帰れるかもしれないなら、やってみたい」
なんとなく、そんなことを言い出すんじゃないかと思っていた。
俺としてはユリアを危険な目に会わせたくないが、ある程度強くなったほうが生存率は上がる。街中に引きこもっていれば安全というわけでもないし。
どの道、新たな稼ぎ口を探さないといけないところだったし、武力と経済力を同時に手に入れられるなら悪い話じゃないか。
問題は精神力の弱そうなユリアが殺伐とした命のやり取りに耐えられるかだが……、まあ、やりようはあるか。
この世界で死ぬことは全ての終わりではない。ただすごく痛くて怖いだけだ。やり直すチャンスはいくらでもある。
なるべく苦しまないように死ねる自決剤というものもある。値段の違いによって苦しみの度合いが違うというクソ仕様だが、それなりに高いやつを使えばコロッと逝ける。
万が一のためにユリアにも一つ買っておくか。って、少女の身を案じた結果として毒薬を渡すに至るとは、倫理観の崩壊もはなはだしい。クソゲー、いい加減にしろッ! 人の良心を弄び過ぎだろ!
でも、ちゃんと伝えておかないとな。知識がないまま下手に安い自決剤なんて使ったら、普通に死ぬよりも長時間苦しむことになったりする。苦しむユリアを見て介錯するハメになるなんてゴメンだ。
「にゃ(わかった)」
「え? いいの!? ナスキーはてっきり反対すると思ったのに」
「にゃにゃんにゃにゃ。にゃにゃっ(条件付だけどね。ついて来な)」
俺はユリアを連れて武器屋へと足を伸ばした。
アキバハラの武器屋は広い。なにせ職人街が密集するアキバハラ北区の約半分ほどの面積を占めるのだ。もはや巨大なショッピングモールと言っても過言ではない。武器屋というよりは武器街と言ったほうが正確か。
二階建て三階建ての建物がひしめき、それぞれのベランダや屋根を強引にはしごで繋げて移動できるようになっている。安全の概念をガン無視した構造の街並みだ。
なぜそんなことになっているのかと言えば、この世界の構造的な特性がそうさせている。
なにせ危険の多い世界だ。教会にリポップしたモンスターが街中で暴れたりするぐらいだ。住民は子供からお年寄りまでみんな戦えなければ生き残れない。結果、武器の需要が高まる。店に収まりきらないほどの武器需要を満たすため、商店は増築に増築を重ねて、それでも商品棚が足りないとなれば、空中に伸ばしたハシゴやロープの上でまで商売を始める始末だった。
そんな奇々怪々とした武器街の一軒に俺たちは入った。
「すごい。たくさんの武器があるね」
店内には多種多様な武器が陳列されている。剣や槍や弓などメジャーな武器はもちろん、硬糸、扇、ヌンチャクなどマイナーな武器まで揃い踏みだ。
「どれにしたらいいんだろう? 小さくて軽いのがいいな」
目移りしているユリアをうながして、俺は店内の奥へ進む。
するとそこには一風変わった武器が並んでいた。
包丁、フライパン、洗濯物干し、バケツ、机、椅子、収納棚、文房具、防虫剤、その他多数。
どう見ても日用雑貨です。本当にありがとうございます。
「ナスキー、ここは武器屋じゃないみたいだよ?」
ユリアが怪訝な顔をするのも無理はない。
しかし、これらはまぎれもなく武器なのである。
ネクラワールドでは戦えないこと、弱いことは罪である。農民だろうが漁師だろうが医者だろうが、みんな戦えないといけない。
しかし普段使っている道具とは別に剣などの武器を携帯することは大変でめんどくさい。しかも道具の扱いは手に馴染んだほうが大きな効果を発する。一例を挙げれば、料理人は剣を使うより包丁を使ったほうが戦闘力は高くなる。
よって、新たに標準的な武器の訓練をするよりも、慣れ親しんだ商売道具を武器としての使用に耐えられるくらい強化したほうが効率が良いのだ。その考えが発展して、もういっそのこと全ての道具を始めから武器として作っちまえ! となったわけだ。
この世界では全てのアイテムに攻撃力と耐久値が設定されているので、条件さえ満たせばどんなものでも武器にできる土壌はもともとあったわけだ。
それもあって、ただでさえ需要が爆発している武器業界に、日用品や商売道具まで全て武器にしろという、ブラック企業も真っ青な無茶振りが重なったことで、武器使用できない通常の日用品の駆逐は加速の一途を辿ったわけだ。
そんな経緯を経て、この世界にあるアイテムは見た目こそ日用品であっても、れっきとした武器なのである。
市場経済とは恐ろしいものだ。アキバハラ内の商店が武器屋に侵食されたのも、街の四分の一近くが武器屋で占められている殺伐とした景観が生まれたのも、ある意味で市場原理が正しく働いた恐ろしい結果の一つなのだから。
さて、場面は戻り、俺はホームセンターの日曜大工コーナーのように並ぶ商品の中から、一つのアイテムを選んでユリアを呼んだ。
「えぇえええ、ナスキー、それは武器じゃないよぉ」
くだんの経済的かつ社会的な経緯など知らないユリアは当然のごとく抗議するが、俺はそれを耳に入れず主張を押し通す。その熱心さに折れたのか、
「わかったよ。ナスキーがそこまで勧めるなら、それにするよ。何か理由があるんでしょ? ナスキーはユリアをたくさん助けてくれたから、信じるよ」
しぶしぶと俺の薦めたアイテムを手に取り、ユリアは会計へ向かった。
お値段はお高めの――8万ゾイ。
ユリアの所持金をほとんどを失うが、すぐに取り戻せる額だと俺は確信している。
会計を済ませた帰り道、ユリアの肩に担がれた新品の武器を見て、俺は満足した。
――ピンク色の『スコップ』をな。
スコップとシャベルの違いって難しいですね。
関東では大きいものをスコップ、小さいものをシャベルと呼ぶそうです。しかし、関西では逆に大きいものをシャベル、小さいものをスコップと呼ぶそうです。
どちらが正しいのか調べてみると、 日本のJIS規格では、足をかける部分があるものを「ショベル」、ないのを「スコップ」と定義しているらしく、大きさは関係ないそうです。
ちなみにシャベルは英語で、スコップはオランダ語らしい。そしてどちらも同じ意味だとか。
作者は柄が長くて、先が尖っていて穴を掘れる形状をイメージしていたので、ひょっとしたら厳密にはシャベルなのかもしれません。が、スコップのほうが響きがかっこ良かったので、この物語ではスコップでいきたいと思います。
ジョブ名『スコッパー』or『シャベラー』
やっぱりスコップだよね?
しっくりこない人がいたら、ごめんなさい。




