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4-5 先入観と欲は人の判断を狂わせる。



 ギルドの伝言をもとに向かったのは、いつしかの噴水広場だった。

 俺にとってはあまりいい思い出はないが、ユリアは興奮したようにソワソワしている。


「ドキドキするよ。ほんとに日本人が来るかな?」


 瞳をキラキラさせながらキョロキョロするユリアを見て、なぜか俺はムッとした。日本人ならすぐ隣にいるのに、他のヤツに目移りするなんて……。これって嫉妬か? まさか、な。


 赤焼けた夕日が沈み、夜の帳が降りる。

 人々が徐々にいなくなり、噴水の音だけが昼間よりも何割増しか大きく聞こえる。

 そんな中、ポツポツと数人の足音が集まってくると、そのまま広場の一角で輪になって座った。


「よし、みんな集まったな。それじゃそろそろ始めよう」


 一人の男が端を発した瞬間、ユリアは飛び出した。


「あ、あの! 日本人……ですか?」


 男たちが一斉に振り向く。


「キミもそうなのか!?」

「は、はい! ユリアって言います」

「「「おおぉぉぉ!」」」


 男たちは一斉に立ち上がり、ユリアを囲んだ。


「まだ日本人がいたのか!」

「出会えてよかったよ!」

「何歳なの?」


 男たちはユリアを質問攻めにする。


「ユリアちゃんか。外国人みたいな名前だね」

「お父さんがロシア人だったので」

「じゃぁハーフなんだ。どこに住んでたの?」

「ええと――――」


 久しぶりに地球に関する会話ができたからか、ユリアは柔らかい笑みをこぼしていた。

 だが、俺はなぜかイライラする。本来なら俺もあの輪に加わって仲間意識を強めるところだったのだろうが、何の因果か猫に転生してしまったのでその機会は失われてしまった。

 それにユリアが俺の前では見せなかった、安心したような表情をしていることも面白くない。


「俺たちはこれから情報交換をするんだ。ユリアちゃんも一緒に参加していってよ」

「は、はい!」


 男がユリアの腰に手を回そうとする。

 その瞬間、俺は跳んだ。


 ――猫パーンチ!


「痛てっ!」


 ユリアに触れようとした男の腕を引っ掻いてやった。

 そもそも複数の男が少女を囲っている時点で事案発生なんだよ! 俺は正義の鉄槌を下したに過ぎないのだ。


「何すんだ、この猫! あれ? この黒猫、前にもいたよな?」


 なぜだろう。野生の本能がそうさせるのか、俺はシャーっと毛を逆立てて男を威嚇していた。


「ナスキー!? どうしたの?」


 ユリアが俺と男の間に割って入る。


「この猫、ユリアちゃんの知り合い?」

「友達です!」


 その言葉で、少し俺の機嫌は和らいだ。そもそも何で俺、こんなにテンパっていたんだ?


「もう、ダメじゃない。今までずっとおとなしかったのに。人を引っ掻いちゃダメでしょ、めっ!」

「にゃぁ……」


 くそう、毅然としていたいのに、自然と猫耳がシュンと垂れる。


「お兄さんに謝りなさい」

「にゃ!? …………にゃぁ」


 屈辱だ。事案男に頭を下げさせられるとは……。


「うん。ちゃんとごめんなさいができて、いい子、いい子」


 撫で撫でされる。くやしいような、うれしいような、何だこの気持ち。


「ナスキーはユリアの友達なの。一緒にいい?」


 ユリアが俺のためにとりなす。


「え? 危なくないの? 現に俺、引っ掻かれたし――」

「ダメなの? ――お願い、お兄ちゃん」


 ユリアが上目使いで見上ると、男は頬を染めて、


「しょ、しょうがないなぁ。みんなもいいよな?」

「「「異議なーーーし!」」」


 唱和が鳴り響いた。

 大丈夫か、こいつら? 俺は再び警戒を強めた。





 こほん、と男が咳払いをすると改めて口を開く。


「では、これより、定例集会を始めたいと思う」


 輪になって座った男たちが、パチパチとまばらな拍手で迎える。


「新顔もいるから始めから話そう。みんなも知っている通り、ここはゲームのような世界だ。両目を閉じるとステータスが見えるだろ? それに死んでも蘇る。みんなもこの街にたどり着くまでに何度か経験しただろ?」


 みな一様に青ざめた。


「もうあんな痛くて苦しい思いはしたくない! この街から一歩も出ずに安寧に暮らしたいと思っても不思議じゃない。だがしかし、もしもこの世界が本当にゲームであるならば、攻略法もあるはずだ!」


 自然と話に引き込まれていく。意外とカリスマ性のあるヤツだな。


「数日かけて集めた情報によると、この世界にはスキルや職業があり、迷宮があり、モンスターを倒す冒険者が最も優遇されている。つまり我々が良く知っている一般的なRPGと良く似た設定になっている。そう考えれば突破口は見えてくるだろう。なにせ我々にはゲームの知識があるのだから」


 男たちはお互いの顔を見合わせて頷きあう。

 だが、俺はその光景に違和感を覚えた。


「俺たちの目的はゲーム知識を生かしてこの世界をクリアすることだ! そのために数日間、寝る間も惜しんでバイトに励み装備を整えた。そして今日、職業認定も受けてきた。みんな、それぞれの成果を発表してくれ」


 演説をしていた男が促すと、端から順に自己紹介を始める。


「一番、イッテツ。職業は見習い戦士。装備は片手直剣とバックラー。防具は皮の鎧だ」

「二番、ウミハル。見習い魔法使いになりました。得意な魔法は火です。短杖にローブを装備です」

「三番、エイジ。狩人見習いです。先日ようやく弓矢を入手しました。弓に全部お金を使っちゃったので防具はなしです。」

「四番、オサム。シーフ見習いです。スキル《注意》を持ってます。短剣で戦います」

「そして俺がリーダーのアキラだ。見習い剣士。曲刀を使う。いずれはサムライを目指す予定だ!」


 あー……っ。俺は思わず頭を抱えた。


 やちまったな。揃いも揃って戦闘職。通常のRPGならそれで何の問題もない。むしろバランスの取れた良いパーティーとさえ言える。だが、ここはネクスト・ライフの世界だ。そんな普通のRPG的発想が通用する世界じゃない。


 ネクラに慣れたプレイヤーなら初期戦闘職は外す。理由はいくつかあるが、一言で表すならハイリスク・ローリターンだからだ。


 この世界のモンスターは厳しい生存競争を勝ち抜いてきた猛者ばかりだ。ちょっと刃物で武装した程度の脆弱な人間が太刀打ちできるような相手じゃない。

 しかも他のゲームのように初心者用のダンジョンがあって弱い敵しかエンカウントしないようなぬるい設定にはなっていない。実際の大自然のように、強いヤツも弱いヤツもみんな同じフィールドに押し込められているので、冒険開始早々に強敵にエンカウントして即死なんて日常茶飯事だ。運良く弱い敵に出会ったとしても、それは大自然の中での弱いというだけで、人間より弱いわけじゃない。むしろ強敵から身を守るために特殊な進化を遂げたような場合も多く、下手をしたら強敵を倒す以上に苦労することすらある。


 剣一本でモンスターを乱獲して一気にお金持ちになってウハウハなんて美味い話は、このクソゲー世界にはないのだ。


 俺はようやく違和感の正体に気付いた。コイツらはここがゲームのような世界だとは理解していても、ネクラであると思っていないのだ。一般的なRPGだと勘違いしている。

 危険だ。途轍もなく危うい。


 俺は善意から忠告しようと鳴く。いくら初対面の印象が悪かったからと言って、同郷の人間を見殺しにするほど腐っちゃいない。


「にゃ、にゃにゃーな。にゃーにゃにゃーにゃにゃ! (お前ら、ちょっと待て。ここはそんな甘い世界じゃない!)」


 俺は必死に肉球を振りかざしながら力説するが、誰も耳を貸さない。ユリアだけが「ナスキー、何か言いたいの?」と気にかけるが、盛り上がった男たちはそれにすら気付かない。


「リーダー、曲刀なんてどうやって手に入れたんだよ。高かっただろ? 俺も刀が欲しかったけど一番安いので20万もしたから直剣で我慢したんだ」

「街に来る途中で拾ったんだよ。何か怖いくらいに手に馴染んでさ、身に着けてないと落ち着かないっていうか、むしろ身体から離れないんだよね。死んでも一緒にくっついてきたし。刀が俺を求めてるみたいだぜ! いやー、モテる男は辛いよ」


 男たちは笑い合った。

 逆に俺は表情を凍りつかせた。


 それ、『呪われたアイテム』じゃねーか! 手放したくても手放せないなんて、呪いアイテムの典型じゃねーかよ。

 どうすんだよ。知らないうちにLPを吸われたり、成長が阻害されたり、凶悪モンスターを呼び寄せたり、どんな呪いかはわからないが、少なくともいい事なんて桃鉄のビ○ボー神くらいにしかないぞ!


「にゃにゃにゃにゃー!(すぐにお祓いしてこいー!)」


 より大声でアピールするが、見向きされない。


「みんな準備は万端のようだな! 明日のスライム狩りは気合を入れて行こうぜ! 俺たちの冒険はここから始まるんだ!」

「「「おおーーーー!」」」




 ――――スライム…………だと!?



 い、今、スライム狩りと言ったか!? なんて恐ろしいことを……。

 聞き間違いであって欲しい。


 某勇者が空き巣の常習犯な国民的RPGのおかげで、スライムはモンスターの中で最弱なイメージが横行しているが、ここネクラではスライムは強敵だ。有体に言えば物理無効のスキルを保有しているようなタイプのモンスターだ。剣戟も打撃も弓矢も弾かれて無効化される。高火力の火炎魔法や、衝撃を通す格闘技などを覚えるまでダメージを与えられないのだ。

 しかも捕まったら強力な接着剤のような粘液とゴムのような体で押さえ込まれて身動きが取れなくなる。その上で消化液をかけられて徐々に皮膚を溶かされながら食われる。運悪く消化の遅い固体に捕縛されたら、三日三晩地獄の苦しみを味わい続けるとさえ言われている。


 恐ろしい、頼むから聞き間違いであってくれ!


「ユリアちゃんも、明日一緒に狩りに行くかい?」


 ――なッ!? やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!


 俺はなりふり構わずわめき散らした。ユリアをそんな目に会わせるわけにはいかない!

 そもそも、お前たちも考え直せ! 気持ちはわかる。俺も最初は酷い目に会った。


 これは後に『スライムの復讐』と名づけられたネクラの代表的な罠なんだ。

 スライムは恐ろしい敵であるにもかかわらず、いやむしろだからこそギルドの依頼掲示板には常に討伐依頼が出されている。常に掲示板に載っていることと、どこにでもいる敵であることが相まって、ネクラ初心者は初期の経験値稼ぎに用意された弱い敵と勘違いしてしまうのだ。そして十分な下調べもせずに受領してしまい、地獄を見る。

 某国民的RPGで初心者に乱獲されたスライムたちが憂さ晴らしをするように、今度はネクラの初心者プレイヤーたちを逆に乱獲して見事に復讐を達成するからそう呼ばれるようになった。


 今ならまだ間に合う。依頼をキャンセルしたときの違約金は非常に高いが、やむを得ない出費だ。地獄を見るよりはマシだろう。金はまた稼げばいい。でも壊れた心は金で修理できないんだ。


 俺の必死の形相に、さすがにユリアも危機感を覚えたようで、パーティーの誘いを断った。

 それでも俺は男たちを止めるために鳴き続けた。


「その猫、さっきからうるさいな。まだ話は途中なんだ。ユリアちゃん。悪いけど、静かにさせてくれるかな」


 ユリアは困った目で俺を見てから、首根っこに手を伸ばした。


 あふぅ! そこを掴まれるとらめぇ。力が入らない。

 俺はそのまま首ねっこを掴まれて持ち上げられると、ますます抵抗力を失った。ううっ、鳴くこともできん。

 しかたがなく、俺は場を静観することにした。


「よし、静かになったところで話を続けよう。今日、新たに情報が入った。喜べ同士たちよ、朗報だ」


 一同は身を乗り出して次の言葉を待った。


「今日入った最新の情報によると、迷宮の最深部に到達した者は、クリア報酬が貰えるそうだ。そしてその報酬とは――」


 リーダーがもったいぶるように溜めると、男たちはごくり、と喉を鳴らして次の言葉を待った。


「――クリア報酬は、『どんな願いでも叶えることができる』だそうだ」

「「「……どんな、願いでも……」」」


 きっとそれぞれの脳内でその言葉を何度も木霊させたのだろう。僅かな時間を空けた後に、一同は示し合わせたように叫んだ。

 

「「「うぉおおおおおおおおおおおおおお!」」」


 一斉に立ち上がった男たちは肩を組んで円陣をつくり、俺とユリアを中心に据えながらぐるぐると回りだした。中心部から見上げと、みな一様に興奮なのか狂乱なのかわからない危ない表情をしていた。ユリアもちょっと引いている。


 熱狂冷めやらぬ男たちは、そのまま動きを止めずに会話する。


「何でも叶うってことはさ、金も、地位も、名誉も、才能も――」

「女だって…………ハーレムッ!?」

「「「はーれむぅ……うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」


 さっきよりも大きな歓声が響いた。回る速度もアップする。

 残念すぎる光景だった。煩悩の大きさに比例して速度が上がるシステムになっているようだ。

 だが、誰かがつぶやいた次の言葉で一斉に動きを止めた。


「だったら、日本に帰ることもできるんじゃ――」

「「「――ハッ!?」」」


 今さっきまでの熱狂が嘘のように静まり返る。

 場違いな熱気が消えて、一瞬で夜の静寂が戻る。


 その甘美な響きはユリアの心もとらえたようで、


「日本に……戻れる、の?」


 不覚にも一瞬、俺もその言葉を反芻した。

 迷宮のクリア報酬は確かに何でも願いが叶うというものだった。だが、それはゲーム内での話だったはず。そもそもネクラはまだ誰一人として迷宮の最深部に到達していないとされるゲームだ。実際にクリア報酬を手にした人はいないはず。

 もしかしたらと、思ってしまう。

 そもそもここはテレビ画面の中の文字列とは違う、実態を持ったリアルな世界だ。死後の世界かもしれない。地球の常識も、ゲームプログラムの常識も当てはまらない。

 ならば、何があっても不思議じゃない。


 俺たちは無言でお互いを見つめあった。


「どうやら、俺たちの真の目的が見つかったようだな」


 リーダーに合わせて、ユリアと男たちは一斉にこの世界で成すべき目標を高らかに宣言する。




「日本に帰―― 『『『チーレムしようぜッ!』』』 ――えっ?」



 ユリアだけがきょとんとする中、男たちは血走った目で団結を強めた。


「日本に帰ったって惨めな社会の底辺生活が待っているだけだ」

「そもそも俺、死んだはずだし」

「え? お前も死んだ記憶があるの?」

「え? あんたも? 俺トラックに引かれたんだよ」

「マジか、俺もだよwww」

「草生えるわwwwwwwwww」

「「「wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」」」


 夜の広場で季節はずれの芝を盛大に生やしながら、男たちは笑った。

 そして「チーレム! チーレム! チーレム! チーレム!」と夜更けまでチーレムコールを繰り返すのだった。


 ああ、ダメだ、コイツら。

 大きすぎる欲望は人の目を曇らせるのだ。

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