第九話 正義の味方
二○二五年八月二一日、午後七時五○分
空守タワー近辺にあるオフィスビルの影に、俺とブルーナイトは身を隠していた。
俺はホルスターに自動拳銃一丁とベルトに鉄パイプ三本を装備しており、ブルーナイトはパワーの出力を上昇させる指ぬきグローブをはめている。
今から開始する作戦は、ヒーロー全員で特攻を仕掛け、空守タワーの外壁に触り、最上階にそびえ立つ闘技場へワープするというものだ。
出し抜けにワープという単語がでてきたが、説明をするとルキフェルの演説が始まると同時に、ブルーナイトが転移系のサイドキックに頼み、一階から最上階までショートカット用のワープゲートを仕込んでおいたからだ。
これ以上ないファインプレーだが、あまりにも頭が回りすぎて、若干気持ち悪い。
アリシアは都合により、この場に姿はない。
他のヒーローも続々と集結し、各々の持ち場についているはずだ。
息を潜めあたりを伺うと、インスタントヴィラン連中が守りを固めているのが見えた。
数はざっと五○○○人といったところか、踏み荒らされた売店やベンチが、見るも無残な姿であちこちに転がっている。
残り一○分で突撃開始というところで、ブルーナイトが口を開いた。
「ハンドマンここまで秘密にしていたが、僕はきみこそがルキフェル打倒の切り札だと考えている。名簿を見て理解したが、この街いるヒーローのなかで唯一きみのパワーがルキフェルに相性がいい」
ルキフェルのパワーに関しては作戦に参加する全ヒーローが把握している。映画になるほどの有名なヴィランだ。知らない方がおかしい。
そして、確かに俺のパワーはある意味では効果的ではある、しかし、条そのためにはクリアしなければならない条件がいくつかある。
そう簡単にいくかどうか。
「一応覚えとくが期待はするなよ、俺は不意打ち、騙し討ちしか能がねえヒーローだからな」
「ああ、その部分に期待しているよ」
午後八時ジャスト作戦が始まった。
先陣を切り、五大元素のパワーを操るヒーローたちが攻撃をしかけた。
炎に弾丸が飛び、氷の雨が降り、岩石の拳が何人もの敵を薙ぎ払った。
突然の襲撃にインスタントヴィランが慌てふためく。ファーストアタックは精巧だ。
しかし、あまりに激しい攻撃により、粉塵が辺りを覆い隠す。
視界が遮られ前方が見えない。おもわずまぶたを手で押さえるが、そのときカチリと俺の眼球のなかで音がした。
すると、視界がクリアになり粉塵のなかでも鮮明に前が見えるようになった。
「視覚支援をみんなに使った。こっちだ!」
声に振り向くと、ブルーナイトが水晶の刃でモーゼが海を割るように、道を切り開いた。
とにかく前だけを見て、がむしゃらに走り、タワーを目指す。
後方でいくつもの爆発音と悲鳴が上がり、戦場のようだ。
ようやくタワーの外壁に到達した、隣にはブルーナイトもいる。
掌をザラザラした壁に押し当てた次の瞬間、俺たちは闘技場の観客席へワープしていた。
白で覆い尽くされた景色は、俺の目をチカチカと痛めつけた。靴底に触れる床の感触は、ヌルヌルしていて気持ちのいいものではなかったが、不思議と歩きづらくはない。これなら戦闘に支障はなさそうだ。
そして、闘技場中央のリングでは、外の戦場が遊戯に見えるほどの苛烈な戦いが行われて、
――いなかった。
すでに勝負は決していた。
なんの盛り上がりも見せ場もなく、頭を割られ、腹からは腸がこぼれているただの死体。
ヒーローたちの亡骸だけがそこに転がっていた。
そばにいるブルーナイトの足が震えているのがわかる。
当然だ、元々勝ち目の薄い勝負だったが、ここまで力の差があるとは、目の前の光景が現実だとは思いたくなかったのだ。
殺戮の張本人ルキフェルは、白衣を血で真っ赤に汚し、つま先で死体を弄んでいたが、俺たちの存在に気付いたのか顔を上げ、こちらを見た。
「ブルーナイトにハンドマンだね。きみたちはボクを楽しませてくれるのかな?」
最悪という言葉にふさわしい状況があるとするならば、これ以上のシチュエーションはないだろう。
蛇に睨まれた蛙ということわざがあるが、蛇を竜に置き換えても、この戦力差を現す適切な言葉ではない。
俺は精一杯の強がりを言い、いつものように隙を突こうとしたが、その前に視界の端でチラリとベンチに動きがあるのを捉えた。
パターナイフだ。ベンチの裏側に器用に隠れていたパターナイフが飛び出し、ククリ刀の切っ先をブルーナイトに向けて疾走する。
まずいやられる。
だが俺が声を上げるまえに、刹那といっていいほどの短い間に、ブルーナイトの指先が僅かに動いた。
とたんに、圧倒的なスピードで水晶の槍が出現し、パターナイフの手足を串刺しにする。
「ごっぶっ」
「きみの技は一度見ている。二度目はない」
モズの早贄状態になったパターナイフを一瞥したブルーナイトは、ルキフェルに向き直り、体中にパワーをみなぎらせる。
俺も腹をくくり直した。。
「いきましょうハンドマン、勝ちますよ」
「オーケー、クライマックスだな」
観客席からリングに飛び降りる。
死力を尽くした、最後の闘いが始まった。
ブルーナイトが水晶の大剣を生み出し、疾風のごとき速度で切りかかる。
俺は《三掌C》を一、二、三号に鉄パイプを握らせ三方向から殴りかかり、自分は浸透弾を連射する。
ルキフェルは、数を数えるように、左手の親指を折り曲げた。
赤色のバリアが発生し俺たちの攻撃を阻む。
ブルーナイトはすぐに大剣を投げ捨て、ルキフェルの足元から水晶の剣山を山のように出現させ、切り刻む。
しかし、刃はルキフェルが左手の人さし指を曲げると空中で霧散した。
やはり桁外れの実力だ。
「それくらいじゃボクの命には届かないかな。このパワー《創世S》は何でもできるんだから」
《創世S》、自らが望んだパワーを生み出せるという規格外のパワーだ。
手の指を折り曲げることが条件で、最大十個までパワーを設定できる。
それ以外に条件が存在しないため、ノーリスクで高いリターンを得られる。
「ブルーナイト、きみは幼いころに妹を火事で失っているんだっけ? だから火災で死ぬことだけは嫌だそうだね」
敵の経歴を事前に調べつくす。
これもルキフェルの性癖だ。
できる限り相手に深い絶望を与えるための悪趣味なやり口。
そして奴は左手の指をすべて折り曲げた。
ブルーナイトに向かって、炎の波が押し寄せる。
辛うじて、《自形結晶A》で盾を作るが長くはもたない。
水晶がドロリと融け始める。
「ルキフェル!」
《三掌C》が再び鉄パイプで殴りかかるが、ルキフェルの姿は消え、一、二、三号はその場で打ち消され、鉄パイプがむなしくリングを叩いた。
すぐさまルキフェルの姿を追うが、もう遅い。
レーザー光線が、風の鎌がこちらに向かって飛来する。
ツイスターゲームをやるようにどうにか攻撃を躱すが、俺の真横にテレポートしたルキフェルの拳がみぞおちを捉え、ふっ飛ばした。
盛大に吐しゃ物をぶちまけてしまうが、頭を巡らせている暇はなかった。
次の瞬間、俺の両足は風船のように床から浮かび上がっていた。
「ハンドマンきみは高所恐怖症らしいね、スカイダイビングでもしてもらおうかな。パラシュートは用意していないけど」
体が物凄い速さで上昇する。
闘技場を突き抜け、夜の闇に浮かんだ。
月と星だけが俺を照らしている。
綺麗だなんて、のんきに考え、俺は地球の引力に引かれ、自由落下していた。
「ハンドマン!」
「あはは、どんな華が咲くのかな」
まさに絶対絶命。
だが、この状況俺の作戦どうりだ。
鉄パイプの一つがぐにゃりと形を変え、瞬く間に人型に、アリシアに変身した。
今まで姿が見えなかったのはこのためだ。
不意打ちは俺の十八番だ。
いけアリシア!
「はいっ」
ルキフェルの死角から鉄の硬度でキックが繰り出される。
完全に決まった。これは躱せない。
が、しかし、あと一歩というところでアリシアが転倒した。
ミスか? いや違う。ルキフェルが重量を操っているのだ。
完璧だと思われた奇襲はすんでのところで阻止された。
さらに、ひたすらに落下を続ける俺の体、このままでは闘技場の床に叩きつけられ、粉々になるだろう。
昨日までなら簡単にあきらめていただろう、だが今は違う。
俺はこの瞬間を待っていたのだ。
激突の瞬間、マントの裏側に張り付いていたベスターが、ルキフェルの足元へ俺を《不足移動C》で転移させた。
即座に《三掌C》を発動し、ルキフェルの両手をプロレスラーが組み合うようにがっちりと、固定した。
《創世S》唯一の弱点、それは指を曲げなければいかなるパワーも使えないということだ。
「・・・・・・あれ?」
「驚くよなそりゃ。こんなくだらねえことでパワーが使えなくなるなんて思いもよらなかっただろ?」
ルキフェルは強い。
間違いなく最強クラスのヴィランだが、あまりにも慢心し過ぎていた。
己が戦う相手を。
ヒーローを。
「え? 嘘? こんなクズに偉大なボクが――」
「おやすみ、いい夢を」
何の変哲もないグーパンチがルキフェルの顔面に突き刺さり、Sクラス最強のヴィランは仰向けに倒れた。
◆◆◆
しんしんと雪が降り積もる。
炬燵の上に転がっているタバコを手に取り、ライターで火を点ける。
窓の外から子供たちがはしゃいぐ声が聞こえる。
時代が移り変わってもこんな光景は変わらないのだろう。
俺は東古市あずま ふるいち、年齢は35歳。ハンドマンという名前でヒーローをやっている。
ん? どんなヒーローかって? もちろん正義のヒーローだ。
悪党どもの尻をけっ飛ばすのが俺の仕事さ。
基地はこの六畳一間だ。まあ、貧乏学生と大差ない基地だが――。
「ハンドマン早くしないと置いていきますよ!」
「オーケー相棒、いま行くぜ」
俺はこれからも戦い続けるこの世に悪がある限り。




