待つ
月は居心地が良い…。
維月は微睡んでいて、ふと、自分の後ろの存在に話し掛けられて目を覚ました。
《…維月?気分はどうだ、どこか苦しいとかないか?》
維月は考えた。苦しい?そんなことはない。
《大丈夫…苦しくはないわ。私は、維月というの?あなたは、誰?》
相手はためらったようだった。
《オレは十六夜。お前と同じ、月だ。》
維月は考えた。なんだか聞いたことのある声…。
《月?》維月は言った。《月なの?ああ私、どうなったの?なぜあなたの傍に居るの…?なんだか思い出したわ。私は人だったはずよ。》
十六夜は、維月の頭の中が今どうなっているのかわからなかった。だが、人と言っている。どこかまでの記憶はあるのだ。
《オレを覚えてるのか?》
維月は怒ったように言った。
《当然でしょ?月でしょ?毎日話してるでしょ?》
十六夜は考えた。自分を月と呼んでいる。これは、まだ蒼が自分に気付いていない以前の記憶だということだ。十六夜と言う名は、蒼が付けたのだから。
《なあ維月、お前、今何歳か言えるか?》
《歳…》維月はためらったような声を出した。《いくつだったかしら、なんだかすごく年寄みたいな気もするし、でも、最近の記憶では、30ぐらいだったような…違う?ねえ月、私は月になったの?》
十六夜は相変わらずな人の維月に苦笑した。懐かしい。
《そうだ、月になったんだよ。オレが表でお前が裏だ。それからな、オレの名は十六夜だ。》
《十六夜…》維月はまたしても覚えがあるような気がした。《十六夜、約束を覚えてる?》
十六夜は笑った…ああ、維月、お前は変わらない。
《覚えてる。約束は、守る。維月、結婚しよう。》
相手は嬉しそうな気を返して来たが、すぐに困ったように言った。
《でも、月の結婚ってどうするの?どうして十六夜が人になってくれなかったのよ、わかんないじゃないの。》
拗ねているような気に、十六夜はまた笑った。
《あのな維月、実はお前とオレはもう、とっくに結婚してるんだよ。お前が覚えてないだけだ。お前は人の体でオレは月のエネルギー体で…だがな、お前の人の体は滅んだ。それで月へ戻って来たんだ。だから、記憶がおかしいんだよ。お前は思い出さなきゃならねぇことが山ほどあるぞ。何しろお前、99歳になってたからな。》
維月はものすごく驚いたような気を出した。
《まあ!私ったら70歳もサバよんでたの?やだわ、いくらなんでもすごくお婆ちゃんだったわよね。》
十六夜は答えた。
《いいや、お前は若いままだったよ。とにかく、一度下へ降りよう。やり方を教えるから、お前もエネルギー体を作るんだ。》
維月は頷いたようだった。
《がんばるわ。教えて。》
十六夜は微笑んで、一から維月に力の使い方を教えた。維月は一生懸命、慣れない力を使おうと頑張っていた。
やっと人型になれたのは、もう1ヶ月くらい経ってからだった。体の扱いには慣れていたが、なんだか心もとない気持ちだった。
十六夜に連れて来られた月の宮は、初めての場所のはずなのに、知っているような気がした。どこに何があるのか、言われる前からわかった。目の前の玉座には、見慣れた顔が心配げな顔で座っていた。
「母さん…?」
維月は驚いた。蒼…あれは、蒼だ。
「蒼…!なんて立派になって…!」
でも、自分はこの蒼を知っている。何か遠い記憶の中で、確かに蒼はこの姿だった気がする…。
「母さん…」と蒼は十六夜を見た。「ゆっくり思い出せばいいよ。十六夜の話だと、全く忘れてる訳じゃないんだろ?すぐに戻って来るさ。」
維月は頷いた。
「ありがとう…。でも何かしら、とても大切なことを忘れているように思うの…。」
蒼は悲しげに十六夜を見た。十六夜は頷いて、維月を促した。
「さあ、維月…オレが説明してやるよ。お前はこれからどうやって過ごすのか、そのあと決めよう。部屋へ行こうか。」
維月はためらいがちに頷いて、蒼を見た。
「蒼、皆元気なのね?有も涼も恒も遙も生きてるのね?」
蒼は頷いた。
「大丈夫だよ。姿は変わってるけど、皆元気だ。とにかく、母さんは自分のことだけ考えて。」
維月はホッとしたように頷くと、十六夜について部屋を出て行った。
十六夜と維月の部屋は、やはり維月には覚えがあった。
「…覚えてるわ。ここは、私達の部屋ね。十六夜、私達が結婚したのは、ここじゃなくて美月おばあちゃんの家だった…違う?」
十六夜は驚いた。思い出して来たのか。
「そうだ。ここはだいぶ後になって出来た…維心に力を借りて…。」
維月の体に、電気のようなものが走った。
「維心…。」
思い出せない。なのに、知っている。
「維月…。」
十六夜が気遣わしげに維月の肩を抱いた。気が付くと、自分は涙を流していた。維月はなぜか、左手を見た。そこに何を探したのかはわからない。
「十六夜…私、知っているのね。その維心という人は、いったい誰?」
十六夜は首を振った。
「維心は人じゃない、龍神だ。神の王…オレと同じ、お前の夫だよ。」
維月はびっくりして十六夜を見た。
「私、二人と結婚していたの?どうして…」
でも、覚えがあった。龍…私は龍達に囲まれて生活していた。皆が自分に頭を下げている光景が、まるで何かの映像を見るように断片的に流れては消える。では…私は龍王と結婚していたの?
「ああ」維月は言った。「どうしよう、思い出せないの。何か遠い映像みたいなのが見えるのだけど…。維心様…。」
維月はその名を口にすると、胸が締め付けられるほど会いたくなるのがわかった。きっととても愛していたのだ。十六夜と…維心様と…。
十六夜は言った。
「どうする…?お前はな、維心と暮らしていた。オレは月とここを行き来して気ままにして、たまにお前を迎えに行っては連れて帰って来てたんだ。お前にとっちゃ見ず知らずの神かも知れねぇが、向こうはお前を待って、夜も寝ていない。オレがお前しか居ないのと同じように、あいつにもお前しか居ないんだよ。お前…知らないだろうがな、毎日月ばかり見上げてる…月に帰ったお前を、ずっと呼んでるんだ。」
維月はハッとした。では、いつも聞こえるあの声は、その維心様の声だと言うの…。
「十六夜…私、会いたいわ。思い出せるかわからないけれど…前の生活をすれば、思い出して来るのかもしれない。」
十六夜は頷いて、維月を抱き寄せて口付けた。
「わかった。明日連れて行こう。」と、維月を抱き上げて寝台へ下ろした。「だが、今日はいいだろ?」
維月はその意味を知って、微笑んだ。
「十六夜…もちろんよ。」
自分が何を忘れてしまっているのかわからない。だけど、十六夜を愛して来た。今も愛している。維心様というかたは、私はなぜ愛するようになったのかしら…。
維月は、無くした記憶力を取り戻したいと願った。
だが、今は、確かに愛する十六夜と共にいたい…。
月は、月の宮の上に昇っていた。
長らくありがとうございました。次は迷ったら月に聞け6~追憶です。明日から始まります。ありがとうございました。1/26




