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引きこもり元剣士のダンジョン経営  作者: 姫宮代


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第5話:冒険の友と失効したライセンス


 六月の湿った風が、青々と茂る山々を撫でていく。

 深夜しんやは、小鳥ことりさんに連れられて村営ダンジョン『鉱夫達の晩餐歌』の入り口にいた。

 今日の格好は、Tシャツに半袖、半ズボン。手には武器すら持っていない。完全に「近所に散歩に来たお兄さん」そのものである。


「……深夜さん。その、本当にその格好で行くんですか? せめて護身用の短剣くらいは……」


「いや、勉強に来ただけですから。危なくなったらすぐ逃げますよ」


 深夜は苦笑いしながら、受付のカウンターへ向かった。

 この岐阜ののどかな村にあるダンジョンは、彼がかつて戦場としていた「死の匂いしかしない穴」とは、文字通り別世界だった。


「はい、お一人様ですね。ギルド証の提示をお願いします」


 愛想の良い受付嬢に促され、深夜は財布の奥から古びたカードを取り出した。

 機械にスキャンした瞬間、小さなエラー音が鳴り響く。


「……あ、お客様。これ、二年前で期限が切れてますね。それに……」


 受付嬢が画面を覗き込む。そこには『所属パーティ:脱退済』という無機質な履歴だけが残っていた。

 二年前、右腕を失った時。深夜は「足手まといになる訳にはいかない」と、誰にも相談せず、逃げるようにパーティを抜けた。

 今や、彼が『ナハト』の創設メンバーであったことを知るのは、今も最前線で伝説を更新し続けている真昼まひるたち、あるいは当時彼らに協力していた極一部の人間だけだ。


「失効している場合、安全のために『初心者講習』を受けていただく必要があります。受講料と入場料セットで二千五百円になりますが、よろしいですか?」


「……二千五百円。……安いな。お願いします」


 深夜は三千円を差し出し、指定された講習室へ向かった。


---


 講習は、深夜の想像を遥かに超えていた。

 彼がかつて初めて剣を握った頃、ギルドの教官は「死にたくなければ振れ!」「勘で避けろ!」と怒鳴るだけの野蛮なものだった。

 しかし、今の教育は驚くほど論理的だった。


「はい、皆さん。このパンフレット『冒険の友』を開いてください。ここに記されているのは、最新の魔素学まそがくに基づく生存戦略です」


 壇上の講師が説明する内容に、深夜は目を見開いた。

 手元のパンフレットには、彼が十年以上かけて死線を潜り、体得してきた「生存のことわり」が、美しい図解と共に整然と記されていた。


(……薬草の配合比率で鎮痛効果を三倍にする方法。ダンジョンの魔素循環を読んで、魔物の出現位置を予測する理論……)


 深夜は、食い入るようにページを捲った。そこには、彼が駆け出しの頃に知っていれば、右腕を失わずに済んだかもしれない「知恵」が、たったの二千五百円で売られていた。


(目からウロコどころじゃないな……。今の新人は、こんな贅沢な『答え合わせ』を最初にもらえるのか)


 深夜は、窓の外の青空を見上げ、遠い目をした。

 もし、この『冒険の友』がポケットに入っていたら。……もっと笑って、普通の人生を歩めていたのかもしれない。


「……深夜さん? 感動して震えてますけど、大丈夫ですか?」

 隣の席で、小鳥さんが不安そうに覗き込んでくる。


「……いや。今の時代に生まれていれば、俺も普通に、楽しく暮らせていたんだろうなと思って」


---


【各話オマケ:ナハトの冒険録 ―神代の遺産―】


 冒険者ギルド最高ランク専用ラウンジ。

 そこには、世界最強のパーティ『ナハト』の面々が揃っていた。

 リーダーの真昼まひる、剛腕のあけぼの、魔術の深淵を覗く丑三つ(うしみつ)、そして双剣の宵闇よいやみ。深夜が抜けた穴には、新メンバーの黄昏たそがれが座っている。


「……ねぇ。深夜さんが残した『風が止まったら背後を撃て』っていうメモ。これ、最新の魔素干渉理論と完全に一致したわ」

 真昼が、古文書と深夜の走り書きを照らし合わせ、戦慄と共に呟く。


「あの方は教育も受けず、我らが研究してようやく辿り着いた『世界の真理』を、十年前から感覚で使いこなしていたというのか……。恥ずかしい。我らはまだ、あの御方の足元にも及んでいない」

 丑三つが、悔しそうに杖を握りしめる。


「新人の俺からすれば……深夜さんって、もはや人間じゃないですよ。伝説が重すぎて、代わりを務めるこっちの身にもなってください」

 新入りの黄昏が肩をすくめるが、オリジナルメンバーの四人は、誰も笑わなかった。


 彼らは今も、深夜が「静かに暮らしたい」と言ったのは、自分たちをさらなる高みへ導くための「試練」だと信じている。


 その「真理の結晶」が、地方の村の初心者講習で、たった二千五百円のパンフレットとして配られているという事実に……最強の五人が気づく日は、まだ遠い。


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