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推し活アラサー女子ゆっこのちょっと不思議な日常  作者: 日夏


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8/15

一秒

「あーうっま!」

「わ、おいしい!」


お互い目の前の相手にとりあえずのお疲れ様を言い合い、グラスを合わせたらすぐに口をつける。


甘さと酸味、そしてほんのわずかの微炭酸が口の中に広がり、鼻に抜けていく。

初めて飲んだけれど、糖度は高そうなのにとてもさわやかでフルーティーな日本酒だった。

日本酒を頼んだのに、ワイングラスで来たので驚いた。

けれどなるほど、このお酒はこの飲み方が一番合うのかもしれない。


月初めの金曜日、親友のなっちゃんに誘われて、最寄駅から二駅行ったところにある飲み屋に来ていた。

珍しい日本酒を取り扱っているのと、肉の種類が豊富なのが売りの店だ。

店のモチーフである猫のイラストが、小皿や割り箸の袋、お手ふきの袋などに描かれている可愛いお店だ。


カウンター席と二人掛けの席がいくつか並ぶだけの決して広くはない店だったが、天井が高い分圧迫感は感じなかった。

店内の雰囲気は明るくお洒落なカジュアルレストランのような作りだからか、客層は仕事帰りの女性客が多い。

カップルと思しき男女の姿は見えるものの、男性同士の客や学生は見当たらなかった。

だからか賑やかではあるけど、騒がしさはない。


入り口手前の窓側のテーブル席、窓を背に店内が見渡せる椅子へと腰掛けたのは私だ。

『ゆっこ奥で良い?』と私を促したのはなっちゃんだ。

人の視線を真正面から浴びるのを避けるためだと思う。

それでなくとも、入店時に店員が挨拶と共に視線を向けその場で立ち止まり、店内の客が一瞬黙ったからだ。

仕方ない、誰がどう見ても壮絶美人なのだ。


未だにチラチラとこちらを目にしてこそこそと話をしている客がいるが、私と目が合うと微妙な顔をされた。

これもいつものことだ。

まあ、気持ちは痛いほどわかる。

これだけ壮絶美人な男が連れている女が、埋もれるほどに平凡なのだ。

これで私が彼女であれば、自分の容姿のつり合わなさに卑屈に思うこともあったかもしれない。

だが、生憎親友であるので、『どうだ、羨ましかろう!』という優越感がただただ芽生えるだけである。

ということで、本日も心の中で自慢げにドヤ顔をかましておいた。

あくまで、心の中だけに留めておく。

ここへは喧嘩を売りに来たのではない。

楽しく美味しい時間を過ごしに来たのだ。


日本酒に詳しくない私だけれど、父が山口出身で酒好きだったこともあり、この店内に置いてある日本酒の中でもいくつかは口にしたことがあった。


今日は乾杯から日本酒だ。

とりあえずビールじゃないのは私もなっちゃんもいつものことだけれど、『最初から日本酒で良い?お勧めのがあるから』と私の飲む酒も決めるのは初めてだ。


なっちゃんとのデート、ここはあえてデートと言うが、そのデートは本日で六回目だっただろうか。

一月末に参加したサークル先で出会い、六月に入ったばかりの今日まで換算しても、結構な頻度だ。

ここ最近は他の誰よりも一番会っていると思う。


あれからこの美しい生き物は、本当に私に懐いてくれた。


なっちゃんの職業は小説家だった。

そんな大層なものじゃないと言っていたが、謙遜も謙遜、大層なものだ。

ジャンルはライトノベルで、その中でもミステリー。

学生時代に新人賞を取り、その作品がうけて今に至る、という。

私は本を読むが、歴代本屋大賞のノミネートを中心に、あとは好きな作家の作品ばかりで発掘はしない派だった。

ライトノベルに関しては、多すぎて手が出ず、BL小説以外は惹かれなかった。


だが、推しが書いているものなら話は別だ。

多いから貸すと言ってくれたが、せめて今連載中のものはと購入した。

栄えある一冊目には、ちゃっかりサインまで貰った。


最新刊が七巻目だ、すぐに追いついた。

ライトノベルと謳いながらも、背景が重くて、でも主人公の少年は飄々としていて軽さがあって、そのギャップが面白かった。大きな闇の事件を抱えながらも、小さな事件を一冊ごとに解決しつつ、少しずつ闇の真相に近づいていくという話だ。

一気読みするほどに面白く、八巻が発売されるのを楽しみにしている。


今までで一番売れていて、更に重版がかかったと聞いた。

そっとやそっとじゃ重版なんてかからないのだ。

やはり大層なものだ。


以前出版社に興味があり、三ヶ月の短期で大手の出版社に勤めたことがあるから少しだけその世界を知っている。

発注部門だったから、本というものがいかにシビアかにも触れた。

雑誌なんてたったの三ヶ月だというのにいくつ無くなってWeb版に移ったかわからない。


なっちゃんも、もちろん最初はそれだけで食べてはいけなかったらしいが、今住んでいるマンションは亡き祖母から譲り受けたもので、同時にもうひとつ近くのビルを一棟所有しているという。

そのまま何もしなくとも暮らしていける程には不労所得があるらしく、なんとも羨ましい限りであるが、きちんとやりたい仕事でしっかり稼いでいるところは、本当に凄いことだと思う。

自由でいたいが為に、仕事でのSNSの発信と顔出しは一切断っているらしい。

対談もNGにしてるらしく、担当者と揉めたこともあると言っていた。

今の担当さんは、なっちゃんの性格を良く分かってくれている人のようで、要らないストレスを感じずに済んでいると聞いた。


メディアなんかに出ちゃったら、雑誌の表紙を毎回飾っちゃうことだろう。

ライトノベル界の王子様になること間違いなしだ。

こんなふうにオープンな飲み屋で一杯なんて出来なくなってしまう。

それを思うと、なっちゃんの場合は、顔出しNGは良いことだろう。



「――――ゆっこさー……」


メニューに目を落とし、二杯目を選びながらなっちゃんが呟いた。


さっきまでこのお酒が新潟産であまり出回っておらず貴重だという話から、新潟に旅行に行った時の話になり、今度行きたい旅行先を互いに述べつつ、間にサラダやハラミのステーキ肉に舌鼓を打っていた。


何だか歯切れが悪い。

珍しいこともあるものだ。

何か頼みづらいことでもあるのだろうか?

なっちゃんからの頼み事なら、大抵のものは喜んで引き受けさせて頂く。


「ん?」

「ちかに告られたんだって?」

「あー……うん」


その話か、と思いながらも、メニューを寄越してきたので次のお酒を選ぶ。


「告って一秒で振られたって言ってたけど、マジ?」

「うん、マジだね」

「マジか。俺のせいで振られたって文句言われた」


文句言われたと言いながらも何だか楽しそうに笑うので、私もそれにつられて笑ってしまう。


私の返しがかなり軽かったからだろう。

だって本当のことだし、後ろめたさなんて一切ない。


「はは、まあ嘘ではないよ?」


笑いながらつい今しがた運ばれてきた、いぶりがっこのクリームチーズ和えをつまみあげ、一口で放る。

すると、なっちゃんも続けて同じように頬張った。

とたん、二人して目が丸くなる。


「うっま!え、何コレ、めちゃくちゃ美味い」

「見た目アレだけど、美味しい。冒険して良かったね!」

「なー!……で?」

「え?さっきの掘りおこすの?」

「当ー然。一方的に文句言われたんだからさー教えろよー」

「分かった分かった」


分かったから、美人な顔で口を尖らせないで欲しい。

や、眼福ですよ、ほんとに。


店員さんに二杯目を頼んだ後、私は少しだけ姿勢を正す。


話すならガッツリと語ってやろうではないか。

まあ、聞くがいい。



◇◆◇  ◇◆◇  ◇◆◇  ◇◆◇



「ゆっこさん、俺と付き合ってくれませんか?」

「…ごめん、無理」


ちかさんからは、初参加のカラオケの日から、一カ月に一度のペースで誘いを受けていた。

最初は、あの日の詳細やその後どうなったかの話をするためにカフェに行き、二回目、三回目は数人で集まるので時間が空いていたらカラオケ行きませんか?の誘いだった。


結局サークル自体は今後参加は難しいからと退会する形になったのだけれど、ちかさんが何人か個別で声をかけてくれて、五、六人でカラオケを楽しんだ。

二回とも参加したひとりはまー君だったから、やっぱり二人は仲が良いらしかった。


五月の終わりに一緒に飲みませんか?のお誘いを受け、丸の内方面にあるイタリアンのお店に入った。

個室で内装にもこだわりがあるのに、手軽なお値段とそこそこボリューム感があるお店が売りだった。

ビールがワイングラスで運ばれてくるところに、チェーン店の飲み屋と違ったお洒落感と上品さがあった。


お互いお疲れ様を言い合い、乾杯をしたところでちかさんが告げてきたのだ。

黙って考えたのは、きっと一秒ほどだったと思う。

これから飲んで食べるのに、なぜ始めに言うか?と思ったが、まあ言ってしまったものはしょうがない。

そして、ある程度答えが分かっていたのだと思う。

『ですよねえ』と苦笑いで答えてきた。

声は、残念そうだった。

そう思ってくれたことは嬉しいし、ちかさんと付き合ったらそれなりに楽しいだろう、そうも思う。

だが、なっちゃんの存在は私の中でとても大きかった。


「だってちかさん、私となっちゃんが二人で遊ぶの快く送り出せないでしょ?」

「そりゃあまあ、付き合ったらそうですね。彼氏いるのになんで別の男と会うんだって思います」

「ね?だから無理」

「……それ、一生無理なんじゃ?」

「それならそれで良いかな、今のところは」


それを許してくれる人でないと私はお付き合いは無理だ。

私の中で、それだけなっちゃんという存在が大きくなっている。

一番近くで応援していたい推しの美しい生き物を、彼氏という存在でないがしろには出来ない。



「変わってますね」

「そんな変わった私を好きになってくれてありがとう」

「振られましたけどね」

「でも分かってて言ったでしょ?」

「まあ。踏ん切りが着いた方がこの後普通に食事と酒を楽しめるとも思って」


そう言って笑ったちかさんは、本当に普通に食事と酒を楽しんだ。

お互い気まずくならなかったのは、流石だなとも思った。

ちかさんなら、私のような変態変人を相手にしなくてもすぐに恋人は見つかるだろうと思う。



「今日会えてよかった、ありがとね、ちかさん」

「俺振られたんですよね?そうやって返すのズルいですよ」

「え?そう?」


これで縁が切れてしまうのは少しばかり残念な気もするがこればかりはしょうがない。

全く気がない相手なのに、その気持ちを知りながら二人で会う、というのは私にはどうしても出来なかった。


「でも、本当のことだから。ちかさん若いし、もっといい女に会えるよきっと」

「振って残念だったって思わせるくらい、いい女を見つけます」


正直、振る側だって結構気力を使うのだ。

告白され慣れていない女なら、尚更。

そりゃあきっと告白する方が勇気がいるとは思うけれども。


JR駅の改札口前で握手を求められたのでしっかりと握り合う。

ちかさんは、丸の内で池袋に出て、東武東上線に乗り換えると言っていた。

これでお別れだと思ったが、なんだかとても気分が晴れやかな気持ちになったのだ。

久しぶりに、恋愛対象の女性として見てもらえたからかもしれない。



◇◆◇  ◇◆◇  ◇◆◇  ◇◆◇



「ははっ確かにそれは俺のせいだわ」


ちかさんとの一部始終を話す間に、相槌を打ちながらもなっちゃんは大人しく聞いてくれた。

その間に別の日本酒をもう一杯頼み、おかわりをした“いぶりがっこのチーズ”を交互に口にしていたが、全て話し終わると笑って肯定してきた。


まあ、嘘じゃない。

なっちゃんとのこうした付き合いを止めてくる人とはお付き合い出来ませんってことだからだ。

私から、親友であり、更に推しでもあるこの美しき生き物を取り上げないで頂きたい。


「やーでも確かにちかの言い分も分かる。良くないんだろうけどさあ」

「でも相手が気にするんなら、こうしてなっちゃんと二人で出かけたりは出来なくなっちゃうでしょ?」

「えー……それは、やだ。困る」



目の前の美しい顔が、本当に困った顔になった。

そんな顔で“やだ”とか言われたら、なんでも許したくなるではないか。


「やだって、なっちゃんはほんと可愛いよね」

「だって、ゆっこ以外に女の友達で許せるの、今のところいねえんだもん…怜司とだと、こういうところ絶対浮くし」

「うーん、怜司君となっちゃんは、一緒にいたらどこ行っても目立つと思うけれど」

「飯食うときくらい、変な目で見られたくない。向こうは気にしないっつーけど」

「あー、怜司君はそうかもね」


彼の大切なパートナーを思い浮かべて、相槌を打つ。

彼が、私を定期的に店に誘う一番の理由が、それだ。


私はなっちゃんを恋愛対象には見ていないし、彼がゲイであることを退いてもいない。

彼をゲイとして揶揄ったこともなければ、彼のパートナーに興味を示したことも一度もない。

それが、なっちゃんにとっても、怜司君にとっても、いわく、『安全』らしいのだ。


「私は、なっちゃんが誘ってくれるお店って毎回美味しいから嬉しいよ」

「そ?ならいいけどさ。ゆっこはさー、ほんとなんでも美味そうに食べるしさ、ちゃんと食うのが良いよな」

「美味しいものを遠慮は出来ないよね。でもそれはなっちゃんもでしょ?」

「俺は、好き嫌い激しいし、それが顔に出るだけ」



顔に出るだけ───そうかもしれない。

や、顔だけじゃなく声にも出ていた。


一口食べて微妙な顔した長芋の和え物は、『まっず』と一言呟いていた。

なっちゃんの口に合わないだけで、私にはまあ食べられなくもないので私の胃に納まった。

でも彼の言うように、『無難にマグロと青じそでまとめたままで良かったのに』というのには同意する。

そこに、ごま油とコチュジャンやらなんやらを足して韓国風にしたのは余計だったように思えた。


その後はぽつりぽつりと怜司君とのあれこれをなっちゃんが話し始める。

酔いが回ると内容も明け透けになってくるし、始めこそ気にしていたものの、途中から周りの目を気にしているようには見えなかった。

会話の全てが届いているとは思わないが、あからさまな表現にはチラチラと周りの視線が飛んで来ていたが、放っておくことにした。

なっちゃんが気にしていなかったからだ。


うーん……あまりあからさまな話は、宅飲みだけにした方が良いかもしれない。

知っている私は、言われるがままにあれこれと想像し、その度萌えるが、他人が聞いて同じように萌えるかと言われれば話は別だ。

ただただびっくりしてしまうかもしれない……となりの席の女性のように。


大学からのお付き合いということは、約十年。

十年経ってもこんな綺麗で可愛い上に自由人なんじゃ、怜司君だって気が気じゃないだろう。

『最近また怜司がねちっこい』だとか『もう若くないから腰がヤバい』だとか言いつつも、手先の器用さがどうとか爪の手入れがどうとか、最終的にはいつも怜司君を褒める話になるところがなっちゃんの可愛いところだ。

愛されている証拠であり、愛している証拠だろう。

本当に中身まで可愛い生き物である。

そういうなっちゃんだからこそ、怜司君も()()()()()なるのだろう。

なっちゃんのことに関しては、怜司君の気持ちに同感してしまうかもしれない。


「…ゆっこは、最近、他どうなの?」

「ん?」

「その、出会いとか、ないの?」

「んー……そうだなー、ないなー」

「ないのかー」

「ないねー。だから、あったら、なっちゃんと二人でデートは、気が咎めて心から楽しめてないって」

「じゃあ無理!えー……けどいいの?ゆっこはそれで」

「恋愛感情抜きにこうやって楽しめるの、なっちゃん以外いないよ。

なんかさ、自分が全く気持ちないのに、気を持たせるのも期待されてるって思われるのも、疲れちゃうんだよね。

食事くらいでおおげさって思うかもだけど、食事くらい美味しく食べたいじゃない。……あー、私、リアルで恋愛って出来るのかなー」

「えー、もったいない!俺が普通に女がいけるなら、絶対ゆっこと付き合うのに!」

「ふふっ、ありがと」


お世辞でも嬉しい。

やっぱり、こういうときの美形はものすごい破壊力だと思う。


「冗談じゃないし」

「うん」

「俺がゲイって知ってても、普通だし」

「うん」

「怜司に会っても、最初から色目も使わないし」

「怜司君は確かに恐ろしくカッコイイと思うけれど、タイプではないねー」


「俺に対してもだし」

「なっちゃんは怜司君大好きじゃない」

「っそれでも、そーゆー女しか会ったことねーの!怜司だって、ゆっことならいいって言うし」

「おー、それじゃあ、私は貴重な存在だね」

「恋愛相談もちゃんと聞いてくれるし…引かないしさー……」


おおう、これは少し飲ませすぎたかもしれない。

ふにゃふにゃになってしまった。

飲ませたわけじゃなくて、なっちゃんが勝手に頼んで飲んでいたんだけれど、サワーでもカクテルでもなくて日本酒だったのがいけなかったか。

途中で止めるべきだった。

私は三杯でストップしたが、なっちゃんは何杯飲んでいたっけ?


ここまでに至る記憶をたどりつつ、私は店員さんにお冷を頼んだのだった。

2026.3.15.

いつもありがとうございます。

お話の区切り上、この頁2回目の◇◆◇~以降を本日加筆いたしました。

よろしくお願いいたしますm(__)m


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