平凡だけど普通じゃない、ちょっと不思議な日常
「どーだった?」
以前聞いたことのある台詞を、以前と同じようなシチュエーションで言ってきた。
一瞬、デジャブかと思ったが、そうではない。
とてつもなく美しい顔が、期待に満ちていて最高に可愛い。
夕飯の支度の手が思わず止まってしまうくらいには可愛い生き物だ。
主語がなくとも、何が『どーだった?』くらいわかる。
花火大会の後、アパートまで送ってくれたハル君を家に招いたのは私だ。
そこは勿論、『お茶でも飲んでく?』という定番の軽い誘いだが、色々な意味でおっけーです、という意識の表れである。
その日ハル君はなっちゃんの家に泊まる予定だったけれど、そのまま私の家に泊まった。
そして、事に至った。
お付き合いするより前に体を重ねるなどこの年でどうかと思われるかもしれない。
だが、それも口にした上で、今まで振られてきたことの理由も体質も包み隠さずさらけ出し『付き合ってから駄目だったら立ち直れない』と真剣に言われてしまった。
どこか思い詰めたような表情で、正座で伝えられると、こちらも正座で『なら、よろしくお願いします』と答えるほかない。
部屋に招いた時点で、OKだったのだ。
じゃなきゃ、恋愛対象となる男をそうそう部屋に招くなどしない。
「正式にお付き合いすることになりました」
「それはもう知ってる。合ってただろ?」
なっちゃんの言う、『合ってた』が、性格の話じゃないことくらい聞かずともわかる。
下の話だ。
「まあ、はい。なっちゃんの言う通りそうですね、合ってました」
「ははっ、さっきから何で敬語。まあ、良かったじゃん」
敬語にもなる。
シラフで自分の下の話は羞恥心が伴うではないか。
だが、本当に嘘偽りなく合っていたのだ。
演技など必要とせず、ちゃんと良かったわけで。
片手で足りるほどの人数しか経験がなかったが、やっぱり小さい人であれば合うのだと思った。
それに、あんなやり取りの後であれど、ハル君はとても丁寧だった。
最初こそ自信はなさそうに見えたが、きちんと私を尊重し良いようにしてくれたし、余裕ないと言われた後半は気持ちよさそうに見えた。
見切り発車だったのは関係性だけであって、心の方はちゃんと惹かれていたらしい。
ちゃんと良かったことを伝えると涙を流して感激したのはハル君の方だった。
キラキラしてる彼は涙を流してもキラキラしていた。
「うん。紹介してくれてありがとう」
「どっちにも幸せになって欲しいからさー」
しみじみと告げられると、なんだかとてもこそばゆい。
金曜日の夕方にサワー缶とつまみが入った袋を片手に突然訪ねてきたなっちゃんは、私の気持ちを知るために訪ねてきたらしい。
『今回は早く上がったのに怜司が遅くなるから』という理由だが、ならば私のところに、という選択肢なことが嬉しいの一言だ。
私自身が酒を入れなくても充分いい気分にさせてくれる存在である。
若干不満そうなのは、私に対してじゃなく、怜司君が居ないからだろう。
以前、『原稿上がりにはテンション上がるしそれでヤるとより気分良い』とか言ってたからだ。
大人しく家で待つという選択肢を取らないところがなっちゃんで、以前は色んな場所にふらっと出かけていたから回収するのが大変だったと怜司君がボヤいていた。
私ん家になら、歩いて十分ちょっとで着くし、自転車ならそれこそ5分とかからない。
なっちゃんは、大抵お酒を飲むので歩きでくるが、怜司君は自転車で迎えに来ることもある。
怜司君の自転車はロードバイクで、オシャレなイケメンは、自転車もオシャレだな、等と思ったものだ。
「ハルのやつすぐに顔に出るから、新しい彼女が出来たらしいって噂が既に回ってるって」
「それはそれでなんだか嬉しくなるね」
「もう怜司の恋人の親友で、更に侑斗の姉だってことまで知れ渡った」
「そっかそっか」
まあ、そうだろう。
何繋がりか、私だって気になる。
そんなガチガチに囲まれた相手なら諦めもついてくれるだろうし、侑斗も怜司君も社内の評判は良いはずだから、安心しかない。
「そこは気になんねーの?」
「うん、特には。写真せがまれても、ほら、ハル君の撮ってくれた写真、三割増しどころか五割増しくらいに美人な私だし」
「そこまでじゃないだろ。別にゆっこは素顔でもいい女だと思うけど、俺は」
「ありがとう」
とてつもなく美しい男に、『素顔でもいい女』とか言われたら、一気にテンションが爆上がりする。
一瞬手元が止まってしまうでは無いか。
包丁を持っていなくて良かった。
「でも素顔で並んだらハル君のキラキラ度が一層眩しくなるよ」
そう、ハル君はとてもキラキラした生き物なのだ。
ハル君の手によって、見た目だけでもキラキラに見えるなら、毎回何時でも大歓迎だ。
人を着飾るのが好きで、写真を撮るのが好きだというハル君は、明日のデートは服から選んでくれるという。
明日は少し足を延ばして川越を散策する予定を立てている。
川越は日本のレトロな雰囲気が近場で楽しめる。
随分前に女友達三人で足を運んだがとてもいい場所だった。
ちょっとした旅行気分が味わえるところが気に入ったが、デートで出かけたことはなかった。
きっとまた少しお店も変わっていることだろう。
「それ、前にも言ってたけどさあ」
「え?」
鍋にカレーの固形ルーをぶち込んだところでなっちゃんが呆れた声を上げた。
私がなっちゃんに呆れ声を発することはあっても、なっちゃんが私に呆れ声を発するのはとっても珍しい。
もしかしたら、初めてかもしれない。
「あ、いいな、カレー!やっぱ俺も食いたい!」
「って言うと思ったから、たくさん作ってる」
「さっすがゆっこ!よくわかってる!」
怜司君から帰る連絡があったら弁当を買ってこさせる、なんて言っていたけれど、なっちゃんがその連絡にちゃんと気が付くかが微妙だったし、気が付くのが遅くなり地元の駅に着いてしまったら、お弁当が買えるのは限られている。
第一、なっちゃんのお腹が怜司君の帰りを待てるかが一番怪しかった。
私は気に入っている人からなら、どんどん甘えて欲しいし遠慮なんてしないで欲しいが、きっと怜司君から何か釘を刺されたのかもしれない。
怜司君は怜司君で、嫉妬もあるだろう。
恐ろしくイケメンな彼は、なっちゃんのこととなると途端に可愛くなるので、そこがセットでまた萌えるのだ。
「怜司がさー、あんま迷惑かけんなって言ってくるからさあ」
「特に迷惑に感じてないから大丈夫だよ、いつでもどうぞ」
「って、ゆっこが甘やかすから調子に乗るんだけど」
「遠慮されたら、逆に寂しいじゃない」
「っだよなー!この香り嗅いで食えないとかどんな拷問だって感じだし。それにゆっこ甘口だろ?良い良い、俺の好きな味!」
「で?」
「でって?」
これ、この間もこんなことなかったか?
もういっその事、カレー脳となってる美しくも可愛い生き物の意識を元に戻さず、そのままスルーしても良いかとも思った。
だが、気になるので聞き返す。
「前にも言ってたけど、の続き」
「あー!そうだった。それなー」
「うん」
今日のカレーは、牛肉と玉ねぎをたっぷり使ったカレーだ。
さすがに良い香りがする。
沢山作ったのは、一日冷蔵庫で寝かせてからの、明日の夜のためでもある。
自分一人なら鶏肉にするし、なんならレトルトで済ませてしまうが、今日は奮発した。
「それさ、好きだからそう見えるだけじゃね?」
「え?」
一瞬、また手が止まってしまう。
そう、だろうか?
確かに、好きではある。
それは間違いない。
でも、今までお付き合いした男性がキラキラして見えたことなどなかったぞ、私は。
フツメンだったから、キラキラはしていない、そこは、当たり前だ。
あ、けれど、なりチャの彼はキラキラしていたっけ。
や、待て、あれは推しのキャラであり、元の容姿がキラキラしていたではないか。
「あいつだって普通に男じゃん」
「何を持って普通というかは人それぞれだと思うけど……って、前にも言ったね、それ」
はじめてなっちゃんと出会ったことを思い出す。
普通、普通じゃない、の括りが他人から見ると私は独特らしい。
私は、至って普通……じゃないか、結構脳内が腐りきってる。
「夢見てる訳じゃねーんだよな、ゆっこの場合。そのまんま受け入れてるわけだし」
「まあそうね」
「理想と違ったってのはねーの?」
「えー?うーん……理想、は、無いかな」
「思ってたのと違うとかは?」
「えー?あ、着痩せするタイプ!華奢に見えて意外と鍛えてて良い体してる」
「えっろ」
「何でよー」
なっちゃんの方が毎回色々とあけすけじゃないか。
いい体してるくらいの発言で、エロいとか言わんで欲しい。
でも、細マッチョまでいかないし、華奢過ぎてもいない。
もちろんお腹なんて出てないし、うっすら割れてる加減がめちゃくちゃ良いと思ったのだ。
華奢に見える、というところまでまさに想像以上の理想体型だった。
「あいつ、見た目と仕事ぶりで結構期待されるからさ、他マイナス要素ばっかだって言ってたけど」
「どこがよう」
マイナスどころか私にはプラスにしかなってない。
それこそ今まで付き合い始めが一番好き、という状態ばかりで、付き合っていくうちに相手の嫌なところばかり目についていた。
だがしかし。
ハル君のどこをマイナスに思うのだ。
私の意見もちゃんと尊重してくれるけれど、ちゃんと自分の意見や考えも伝えてくれるし、我慢はされていない……はずだ。
良いことばかりが増えていく。
プラスの恋愛を、初めて私に与えてくれている。
「そりゃあ付き合っていくうちに折り合いつけなきゃならないことも出てくると思うけど、その時はその時に考えれば良いでしょ?」
「まあなー。ゆっこが全くもって不満も愚痴もねーのは分かった」
「ちょっと、つまんなそうな顔しないで?」
「つまんないっつーか、俺役に立たねーなって」
「いやいや、なっちゃんはすでに存在自体が私の役に立ってるから」
「え、マジで?」
「マジで。一番近くにいるアイドルみたいな感じだから。萌えを貰ってるのよ、萌えを」
「ははっ、何だそれ」
『萌えを貰っている』と、本人目の前にして初めて言ったかもしれないが、なっちゃんは嬉し可笑しそうに笑うだけだった。
さすが私の推しだ。
だから、どうか安心してくださいな。
これからも、私のために萌え提供して欲しい。
きっと、この先おじさんになったっておじいさんになったって、この美しい生き物は美しい少年のような心を持ったまま私に萌えを与えてくれるに違いない。
「あ、電話」
ハル君からだ。
お玉片手にスマホをとると、独特のコンビニの音楽とナレーションが耳に入ってくる。
「もしもし、お疲れ様」
『お疲れー木綿子ちゃん。今大丈夫?』
「うん、大丈夫」
『急なんだけど、今日、これからお邪魔してもいいかな?』
「今日?うん、良いよ。なっちゃんいるけど」
『あ、うん、だよねえ。怜司とさっき合流したとこだったんだ』
「そっか。カレーとサラダとフルーツヨーグルトで良いならどうぞ」
『え、ありがと!あ、待った怜司、お弁当要らないかも。木綿子ちゃんカレーあるって』
『はあ?……ったくあいつは』
怜司君のイラッとした声が聞こえてきたが、私に対してじゃなく、完全になっちゃんに対してだろう。
『しょうがないよ、カレーだもん』
「ははっ。あ、ちゃんと辛口も作るからって伝えてね」
『わかった。じゃあ後三十分くらいで着くから、結城君にもよろしく』
『うん、待ってる。気をつけて来てね』
『……ありがと』
なんだか変な間があった後に、随分感情がこもったありがとうが聞こえてきたが、カレーのお礼では無いだろう。
辛口は、ガラムマサラで簡単に調節出来るのだ。
ゴールドの文字が輝くパッケージのカレールーは、元々甘すぎない甘口なので、応用が利く。
私となっちゃんとハル君は甘口、怜司君が辛口のカレーが好きなのは花火大会の時に話題になったばかりだった。
きっとこのままハル君がお泊まりコースになったとしても、明日のデートがお家でごろごろになったとしても、それはそれで楽しいだろうから全く構わないし、残念でもない。
時間はたっぷりあるし、川越は逃げはしないのだ。
あ、こういうところが、『普通でない』と言われる要因の一つなのかも知れないな、とちらりと思う。
「ハル君と怜司君、あと三十分くらいでこっちに着くって」
「もう食えんの?」
「え?うん。でも、後三十分ならみんなで食べようよ」
「えー」
思いきりぶうたれても美人な生き物は、随分お腹を空かせているようだ。
「なんかつまむ?」
「や、今日は待つ!」
「そっかそっか」
「あー……腹減った。ゆっこは大人だなー」
「大人ですよー」
この美人すぎる生き物は、大人だけれど大人になりきれていない、そんなところが本当にツボだ。
二人の帰りを待ちながら、想像する。
この先四人の関係が少しずつ変化したとしても、きっと今よりもっと上手くいく、そんなふうに自然に思えるのだ。
平凡であっても、けして普通じゃない───そんなちょっと不思議な私の日常は、これからも色鮮やかに続いていくだろう。
── 完 ──




