第69話 ゲルマニアの首なし麗人⑦
夜の休憩室は主照明が落とされ、間接照明のみが室内をオレンジがかった電球色で照らしていた。
見学に疲れた来館者が寛げる様ソファとテ―ブルが多数並んでいる。
その座の中に向かい合って座る三人の姿が有った。
真中のテ―ブルを挟んで右側のソファには皇女とタカシ、左側にはヴィクトリアが背もたれにゆったり胴体を預けている。
「やっぱり姫さんはさすがやわ。生き返った時、咄嗟の判断で魂が無い振りしはるとは…」
「わたくしも慌てましたわ。警護の者がすぐに駆けつけてきましたもの。迷っている時間がございませんでした…」
「うちは思慮が回らんかった。蘇った時に、はしゃいでしもて…ブリテンを切れさせてしもた」
ヴィクトリアはしんみりとした表情で語る。
タカシは彼女が蘇った時の様子について尋ねた。
「あの…確か科学者ニコライ・テ―スラ―の装置が使われたと聞いています。一体それはどの様な物だとたのですか?」
「いや…それがよう分からんねん。うちが目覚めた時は、おっさん死んで転がっとったさかい」
「そ、そうなんですか。装置に関する資料等は残していなかったのですか?」
「何も無い。ただ変な一冊の日記を除いては…」
「日記?」
「うん。でもおっさんは頭のおかしい人やさかい、訳分からん事しか書かれて無かってん。そもそもこいつ自分が死ぬの分かってて装置動かしてるんやから!まあ…そのおかげで、今もうちはしょうもない話べしゃれるんやけど…」
「その…参考までに、どんな事が書かれていたんでしょうか?」
「そうやなあ。例えば…『ついにデア・オステンの魔導源を突き止めたり!友よ!』『人間の思念は力!力!力!』『我ついに神を超えた!』『やった!アテナは我が手中に!』『人体は不完全が完全なり!くはははははは!』『ルナ!ルナ!ルナ!代わりは?代わりは何処に?ベルリンよ!我に力を!』『我はエーヴィヒカイトを得る!得る!』とか。とにかくようわからん走り書きばっかりや」
「何というか…本当に意味不明ですね。でも彼は蘇生の術に行きついたのは確かで…しかし後世に残す意図は無かったのでしょうね」
「そやと思う。国の科学者が総力を挙げて装置を調べたみたいやけど、ほとんど仕組みが分からんかったそうや。本人は死んでもうたし真相は闇の中やで。ただね…一つだけ分かった事があんねん」
「それは一体…何ですか?」
「テ―スラ―が一人の礼和の魔導士と交流があったっていうのは知ってはるかな?」
「はい。研修で習いました」
「あれ…《斑目》ゆう名前やったらしいで」
「ええ!」
「な、何ですって!」
二人は同時に声をあげた!
「びっくりやろ。日記に名前が書かれてたんや。これ…姫さんを生き返らせた男とちゃいますか?」
「下の名前はお分かりになりませんか?《慎之助》ではございませんか?」
和子は前のめりになって尋ねる。
「さあ…そこまでは…でも慎之助はんて相当強力な魔導士やったらしいね。仮にそのお人やったとしたらテ―スラ―のおっさんもなんかヒント掴んだんかもしれへんね」
(そうかも知れない…御二人に与えた効果を見ればそれは明らかだ。しかし今となっては確かめる術もないけど…)
タカシは肩を落とす。
「でも生き返った後はわややったで。ほんまに」
ヴィクトリアはため息をつく。
「ええ。大ブリテン博物館の記録写真で当時の様子を拝見しました…」
タカシは神妙に頷く。
「そうなんや。あれはほんまにきつかった。晒しもんにされて、嘘書かれて、顔にも訳わからん布被せられて。カビ臭うてたまらんかったわ。ほんまに!」
「確か十年ぐらいケースに入っておられたのですね」
「そやね。でも途中から日数数えるのやめたわ。もううちはずっとこのままなんかと諦めかけてた。そんな時に急に『出ろ』やて。最初わけがわからんかったわ」
「ゲルマニア国民が熱心に将軍の返還を働きかけたと教わりました」
「そや!同志がうちを救ってくれたんや。しかも、その後でっかい記念館も作ってもろて…」
「記念館の建築には、国家予算が投じられただけでなく民間の募金も莫大な額が集まったと聞いています」
「そやで!うちもドン引きするぐらいのごっつい建物や!中のしつらえもかってのベルリン宮殿みたいやで。でもこの姫さんの記念館もめちゃくちゃ綺麗やけどな!」
和子は右膝に乗せた自分の生首の耳飾りを中指で撫でながらヴィクトリアに尋ねた。
「将軍がこちらに御来しになられたのはご自身が強く希望されたとか…」
「さいです。うちが『行きたい!行きたい!』て毎日駄々こねたんや」
「ふふ…毎日でございますか…」
和子は側近や関係者が困惑する様子が浮かんでおかしかった。
「ベルリンの記念館ができて、うちも嬉しゅうて気合入れて玉座でポーズとって…大勢のお客さんが見に来てくれはった。そんな中知ってん。礼和国には身を張ってアメリの手から国を守った偉大なあの姫さんが展示されてはる事を…もうそれからいてもたってもおれんかった」
「あの…和子様とはご面識があったのですか?」
「1回だけお目にかかったことがある。うちが15歳で帰国する前の月に宮中晩餐会に招かれてな。そこで姫さんの姿を拝見してん。ぎょうさん国賓とかおったから遠くから眺めただけやけどな。でもオーラがすごかった。目眩しそうやったで」
「あの…実はヴィクトリアさん」
「はい。何でしょう?」
「わたくしも…あの時、将軍に目が釘付けになっていましたの。凛々しい軍服姿で美しい金髪をなびかせておられて。それにお振る舞いが知性と品性に溢れておられるのが遠目にもよく分かりました」
「ちょ!憧れの姫さんにそんなこと言われてしもたら …うち!うち !どうしよ…」
それを聞いてヴィクトリアは真っ赤になった生首の顔を手のひらで撫でまくった。
「うふふ…ヴィクトリアさん。それともう一つ伺いたい事があるの。よろしくて?」
「は、はい」
「礼和国がアメリアナと開戦した時、貴国はどうして参戦してくださいましたの?軍事同盟があるとはいえ 、当初ヴィルヘルム国王陛下は兵を出すのには消極的であらせられたと聞きました」
「ああ…それはうちが王さんに『早よ兵出しなはれ!』言うてうるさくせっついたんや」
「まあ!そうだったのですか」
「はいな。『礼和国は単独であのアメリと戦うつもりなんやで!ここで軍を出さな男やないで!』ゆうたったんや。それでも王さんなんかブツブツ言うとったけど『うちが軍略で何とかしたるさかい』ゆうてやっと重い腰を上げはったんや」
「ヴィクトリアさん…ありがとうございます。あの戦争で三年間も持ちこたえられたのはあなたのおかげです」
そう言って和子は立ち上がってお辞儀をした。
「そ、そんな、姫さん…やめてください!うちらは 同盟を守っただけです。それに…」
「はい…」
「うち、弱いもんいじめするやつ嫌いですねん。大国に屈せず挑んだ礼和国に心からの尊敬を送ります」
そう言ってヴィクトリアも立ち上がって和子に深く礼をした。
薄暗い室内の中で、タカシには二人がなにか白い光に包まれているかのように見えた。
次回 ヴィクトリア拝観の為、空前絶後の来場者が記念館に訪れる




