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第62話  皇女の手紙⑤

タカシが《地下鉄帝京線忠国皇女記念館前》に着いた時にはすでに21時を過ぎていた。


(やばい…すっかり遅くなっちゃった。早く皇女様にご報告しないと…)


彼は焦りながら9番出口に向かって階段を駆け上がった。 


閉館後にライトアップされ静まり返る皇女記念館。


タカシは通用口から中に入り三階に向かった。


しかし、ドアを開けて中に入った時玉座の方を見て異変に気がついた。


照明を落とされた室内でガラスケースの前にあぐらをかいて座っている人影があるのである。


(え!誰!)


たかしはわななきながら目を凝らした。


その人影はゆっくりと立ち上がった。


「待っておったぞ…山田男!」


「め、名誉顧問!」


そこには仁王のような表情をした平九郎が立っていた。


「貴様!よくぞおめおめと帰ってこれたものよ…」


「え…一体どういう?」


「しらばっくれるな! 山田男!調べはついておる!」


「何の事です。訳が分かりません…」


「貴様!殿下のお姿をよく見てみろ!」


「え…あ!」


和子の首が胴体に無く、右脇に抱えられている。


その唇が口パクで『二・ゲ・テ』と言っている。


「わしが朝来た時にはすでに御首は降ろされていた!貴様の仕業としか考えられぬ」


「そんな!誤解です!」


「殿下は《特別至高天上国宝》。その御身に触れることすら万死に値する。貴様はその殿下の御首みしるしを弄んだ!」


「違います!違います!」


「ぬう…この後に及んでまだシラを切るか!」


「いいえ!母と一緒でした!」


「見え透いた嘘をつくな!お前の机の上にはみかん箱が乗っておった。紀州みかんを食いおった証」


「ええ!みかん箱?」


和子が顔をしかめ目をつぶった。


「それだけではない。レストランの厨房の食パンと卵とハムが減っておった…パン好きの主が空腹に耐えかねてサンドイッチにして貪り食ったのであろう!」


「そんな…僕は確かに 食パンが好きです。でも…食堂のものに手を出すようなことは…断じて…そんなことは致しません!」


「ぬかせ!更にだ!高橋の制服が触られた痕跡があった。お主に女装癖があるなどと…わしは悲しいぞ!」


「な!な!違います!ありえません!」


「見苦しいぞ山田男!わしにできるのは貴様をこの刀のサビにするのみ!」


そう言って平九郎は軍刀を鞘から引き抜いた。


そのつかを両手で握りしめると「覚悟せい!」と絶叫してタカシに突進した。


「こ、顧問!やめてください!」


タカシは絶叫して逃げ惑う。


(ど、どうしましょう!大変なことになっちゃった…もうこの上は…えい!)


見かねた和子は決心して自分の首を床に転がした。


ドンという音がしてゴロゴロと転がる首。


(痛~い !鼻を打っちゃった!)


顔をしかめる和子。


その音に気づいた平九郎が玉座の方を見て、転がる和子の首を見て絶叫した。


「殿下~~~~!」


そして平九郎は玉座に向かって突進し、スライディング土下座をして固まった。


「我らが騒ぎ立てたが為に…申し訳ございません!殿下!」


「こ、顧問!」


「何をしておる!山田男!」


平九郎は平伏したまま声を震わせてタカシに叫んだ。


「は、はい!」


「早く!殿下の御首みしるしを元にお戻しせよ!」


「分かりました!」


タカシは玉座に向かって走った。


「ま、待て。山田男!」


「は、はい」


「貴様。そのまま殿下の御身に手を触れるつもりではあるまいな!《やんごとなき御身にお触れ奉る浄化手袋》を忘れるな!」


「すいません!そうでした!」


タカシは慌てて事務室に走った。


《やんごとなき御身に触れ奉る浄化手袋》は職員が和子の身に触れる時のために常備されているのである。


観覧室に引き返したタカシは《やんごとなき御身に触れ奉る浄化手袋》を装着すると床に転がった和子の生首を丁寧に持ち上げた。


和子は小声で「下、下、腕、腕」と囁いたが、タカシは聞こえぬふりをして詰襟に首を戻した。


(んもう…タカシさんったら…)


和子は膨れ面をした。


「お、おう…殿下…元にお戻りになられたか…ご生前のお姿はやはり麗しい…」


先ほどの興奮はどこへやら、すっかりご機嫌で目に涙を浮かべる平九郎。


「その…《御首降ろしの儀》は明日の朝でよろしいでしょうか?」


タカシは恐る恐る尋ねる。


「むう!それでよろしかろう…山田男…くれぐれもおかしな真似はするなよ!」


「かしこまりました!」


「うむ!」


そう言うと平九郎は皇女に向かって深く一礼をした後上機嫌で帰って行った。


「はあ…助かった…」


タカシはぐったりして床に大の時に寝そべった。


「う…うう………」


朝からの疲労で意識が遠のいていく。




小1時間ほど経ったであろうか。


何だか後頭部が柔らかくて気持ちいい。


気のせいか良い香りもする。


タカシはうっすらと目を開けた。


(あれ…和子様の…御顔?)


「あ…タカシさん。お目覚めね!」


下を向いた和子と目が会った。


(え!これ…和子様の膝枕!)


タカシは目を丸くして跳ね起き、正座している和子に向かって平伏した。


「す、すいません!僕は…僕は…何という!」


「タカシさん…良く眠れたかしら?お疲れのようだったから…」


「は、はい…」


「今回は無理なお願いをしてごめんなさい」


「いいえ、とんでもありません。あの…今日の事をお話しします」


そう言うとタカシは愛児園や桜上町での出来事を詳細に和子に説明した。


和子はタカシの話に優しく頷きながら耳を傾けていたが、三橋夫妻の下りで視線を床に落とした。


「(生存が)厳しいとは思いましたけれど…万が一 ということもないかと…でもやはり…そうでしたか」


そう言うと和子は瞑目して深く合唱した。


ここでタカシは一つの疑問を和子に投げかけた。


「その…愛児園の園長任命は…どうして西郷さんだったのですか?」


「それはね…タカシさん。守之助は沖島戦線で二人のお子さんを亡くされているの」


「え!西郷さんが?」


「ええ。20才と18才の御二人を連れて従軍していた。守之助は戦況を見た時、最初に自分の子供を戦死させるしかないと判断したわ」


「そ、そんな!なぜなのです?」


「アメリアナの大軍の前に絶望的な戦況だったもの。怖気づく自軍を奮い立たせるためには仕方ないと考えたのよ。二人は最も過酷な前線に配置され立派に戦って戦死した」


「二人とも!」


「このことを知らされた全ての兵士は号泣して『西郷の為には死を厭わず』の言葉が交わされたの」


「西郷さん…」


「わたくしは戦時報告を聞いて胸が張り裂けそうでしたわ…でも守之助にはあれぐらいの事しかしてやれなかった…」


そう言うと和子の目から一筋の涙がこぼれ落ちた。


(このような方々の働きがあって今の礼和が…)


タカシは立ち上がった。


そして思わず敬礼をした。


「あら…やだ…何?タカシさん」


思わず手に口を当てて照れる和子。



「ところで和子様」


「なあに?」


「ミカン箱とか、サンドイッチとか、 高橋さんの制服とか…一体何のことでしょう?」


「え…あれ…な、何のことかしら?うふ…うふふふ」


「笑って誤魔化されませんよ。さあ…詳しくお聞かせください」


「あうう…」




記念館の夜は更けていく。



















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