リリーの散歩
「トナカイがすごく凝った料理を作り始めたから、暇になっちゃった」
「少し散歩でもしてこよう」
「……今日も天気がいいなぁ。こういう日はトナカイの上で、のんびり過ごすのがいいよね」
「んー……久しぶりに元の姿で散歩しよう……ギャウッ!」
「ギャウ、ギャウーッ」
「ギャウ?」
「……気持ちよく空を散歩してたら、黒煙が見えた。あれは、街かな?」
「ちょっと見てこよう」
「うわぁ……ドラゴンもドン引きの壊滅的状況だね。知らない街に何の感慨もないけど」
「た、助けて……」
「ん? まだ生きてるね。もしトナカイだったら、こんな時どうするだろう……シミュレーション、スタート!」
「今日もいい天気なのよー。こんな日はリリーを抱きしめながらのんびり過ごすのがいいのよー」
「んー? 黒煙が上がってるのよー?」
「ありゃー、これはなかなかひどい状況なのよー」
「た、助けて……」
「まだ生きてるのよ! とりあえず、これでも食らうのよ!」
「うっ……? もう痛くない」
「トナカイ特製のポーションは効果が抜群なのよー」
「ありがとうございます! このご恩は忘れません!」
「むふー、気にしなくてもいいのよー。それよりこの惨状はどしたーん?」
「シミュレーション終わり!」
「ちょっと願望が出ちゃった気がする。それに本当は、トナカイが普通の人間と喋るとかあり得ないんだけど……シミュレーションだからいいよね!」
「とりあえずシミュレーションの合間に、トナカイのポーションで回復させておいた」
「あ、ありがとうございます! このご恩は一生忘れません!」
「別にいい。私は多分すぐ忘れる」
「そ、そうですか……それでも、感謝します!」
「で、何でこんなことになってるの?」
「じつは……急に空から火の玉が降ってきて……」
「この辺では、雨以外に火の玉まで降ってくるんだね。すごいね」
「いえ、普通はそんなもの降ってきません。あの先に見える山の奥から、恐ろしいドラゴンが……」
「ドラゴン? そうなんだ。誰かがちょっかいでもかけたの?」
「い、いえ。そんなことはないと思うのですが……」
「ちょっと見てこようかな」
「っ! 危険です! やめておいた方が……」
「はい、トナポーションをあげる。まだ生きてる人がいたら、それで助けたらいいよ」
「こんなにたくさん!? あっ、あの方……行ってしまわれました。はっ! 早く助かりそうな人を探さないと!」
「さて、山の麓まで来たけど……いた、多分あれが、街を壊滅させたドラゴンだね」
「愚かな人間め……また我の命を脅かしに来たか。死ねぇぃ!」
「顔を見たら攻撃してくる。完全に荒んだドラゴンだね。私も昔はそうだった」
「我のブレスを避けるとは……だが、そう簡単にやられはせんぞ!」
「別に殺す気は無いけど、向かってくるなら戦う。せいっ!」
「そこそこ強かった」
「ぐっ……我の負けだ。煮るなり焼くなり好きにするがいい。だが、体は滅びてもこの心は決して屈さぬぞ!」
「いや、そういうのはいいから」
「!? 我の言葉が分かるのか?」
「うん、わかるよ? だって私、ドラゴンだから」
「何だと!?」
「あ、やっぱり冒険者ギルドに持って行こうかな? 報奨金がもらえるかも」
「!? 恐ろしい……やはり強欲で意地汚い人間ではないのか?」
「じょ、冗談だよ? ……ほんとだよ?」
「と、言うわけでドラゴンを連れてきた」
「リリー、お帰りなのよー。ごはん、できてるのよー!」
「わーい!」
「……何だ? 先程までの鋭さがかけらも感じられない」
「トナカイー、ドラゴンを拾ってきたよ」
「そうなんねぇ。リリーの親戚なん?」
「ううん、知らないドラゴン。荒んでたから力業で大人しくさせといた」
「そうなんねぇ。そのドラゴンも、色々大変だったんねぇ」
「こやつは……一体?」
「トナカイは私のパートナー。トナカイと私は愛し合っている……と言っても過言ではない、と思う」
「な、なるほど。さぞかし強いのだろうな」
「私は今まで一度しか勝ったことがない」
「リリー、そこのドラゴンとお話してるんねぇ。トナカイには何を言ってるのか、さっぱりなのよー……あっ、トナゴンになったらわかるのよ! へん、しーん!」
「トナカイがトナゴンになった! えへへ……トナゴン姿、かっこいい」
「そうなのか? 確かにドラゴンのような翼と尾を生やしてはいるが……」
「リリーはいっつも、大体そんな感じなのよ」
「我の言葉が分かるようだな。世の中には不思議なことがあるものだな」
「ドラゴンが人間に襲われるのは、でっか過ぎて、目立つからなのよ! と、言うわけでこれをあげるのよー」
「これは……腕輪?」
「つけたら使い方が分かるのよー」
「そうなのか……! これは凄い」
「おー、荒れドラゴンが小さくなった。ちょっと可愛いかも」
「これで、隠れたり目立たず移動することができる! ありがとう、トナカイ殿!」
「うむ、強く生きるのよー」
「あんまり人間殺すと、どんどん沸いてくるから気をつけてね」
「あぁ、忠告感謝する。この恩は忘れない」
「……行っちゃったね」
「うむ、もしまた困ったドラゴンがいたら、連れてきてもいいのよー」
「わかった!」
リリーとトナカイにより、人間の脅威から逃れる術を身につけたドラゴンは、遠くの山の奥深くで、静かに暮らしたそうな。




