トナカイと謎の薬
「あっ、トナカイだ。トッナカーイ!」
「おふっ!? リリーは今日も元気なのよー」
「えへへ……ん? トナカイ何持ってるの?」
「これねー、さっき人にぶつかったのよー」
「うん?」
「そしたらもらったのよ!」
「そっか……全然わからないよ! もっと詳しくっ!」
「そんじゃ、回想スタートなのよー!」
「今日も世界は平和なのよぉ……おふっ!?」
「おっと! すまない、怪我はないか?」
「トナカイは何も問題ないのよー」
「……言葉が話せないのか。可哀想に……そうだ、お詫びにこれをあげよう。 飲むと何かが起きると言われている不思議な薬だ。何が起こるかは、完全に運だから、飲むときは覚悟を決めるんだよ?」
「なんだか面白そうなお薬なのよー。ありがとなのよー」
「それでは、私はこれで失礼するよ」
「回想終わりなのよー!」
「うん、回想を聞いても、いまいちよく分からなかったね」
「と、いうわけで不思議なお薬なのよ!」
「それ、飲んだら死んだりとかしないの?」
「……それは、きっと運次第なのよ!」
「運が悪かったら死んじゃうかもしれないんだ……トナカイが死ぬとは思えないけど、飲んじゃダメだよ?」
「……」
「……えっ? ま、まさか飲んじゃったの!?」
「とりあえずまだ死んでないのよ!」
「何でも簡単に飲んじゃだめだよトナカイぃ!」
「すまなかったのよー。次から気をつけるのよー」
「もうっ! で、何が起こったの?」
「んー、トナカイにもよく分からないのよー」
「それじゃ、トナカイ検査をしないといけないね」
「トナカイ検査? そんなんあるん?」
「今作った」
「という訳で、久しぶりに名医リリーの登場です。次の方どうぞー」
「次も何も、トナカイしかいないのよ」
「そんなことはいいのっ! はい、今日はどうされましたかー?」
「トナカイ、うっかり不思議なお薬を飲んじゃったのよー」
「それはいけませんねー。早速調べてみましょう」
「よろしく頼むのよー」
「まずは触診です」
「なんかリリーの手つきがやらしいのよ「そんなことないもん! ちょっともふもふするだけだもん」……触診って、もふもふから始まるんねぇ」
「うーん、もふもふ加減はいつも通りですねー」
「そうなん? もふもふ加減とかあるんねぇ」
「うん、毎日もふもふしてるから、微妙な変化も見逃さないよ? んー、次は身体的な変化を見てみましょう」
「よろしく頼むのよー」
「それではまず、私をぎゅーっとしてみましょう」
「それ、なんか分かるん?」
「はい、抱きしめられることで、トナカイの力の強さが測れます」
「そうなん? そんじゃやるのよー」
「はふぅ……んー、もう少し優しめにお願いします」
「こうなん?」
「んー、いい感じですねー。しばらくそのままでお願いします」
「わかったのよー」
「「……」」
「リリー? これ多分、リリーがして欲しかっただけよね?」
「えっ!? 違います。これは検査です」
「そんで、なんか分かったん?」
「んーと、特に異常はありませんでしたねー」
「そうなんねぇ。次は何したらええのん?」
「えーっと……適当に魔法でも使ってみましょう」
「急に内容が雑になったのよ」
「そ、そんなことないよ? それより早く魔法を!」
「分かったのよー。適当に魔法を使うのよー」
「あ、例えば新しい魔法が使えるようになってたり、しないかな?」
「新しい魔法を使うって、どうやるのん?」
「……さぁ? こう、ぐぐーってして、ばーんっ、とか?」
「ものすごく曖昧なのよぉ……ぐってしてー、ばーんなのよ!」
「「……」」
「えっ? 何これ……」
「トナカイとリリー以外の、全ての動きが止まっちゃったのよー」
「こ、これはまさか……時魔法?」
「そんなんあるん?」
「今は使える人いないけど、古代の賢者が使えたらしいよ? 学園で、時魔法について書いてある資料を見たことあるもん」
「リリーは物知りなのよー。物知リリーなのよー」
「えへへ……って笑ってる場合じゃないよ! もう一回やってみて?」
「わかったのよー。ぐってして、ばーんなのよ!」
「おぉ!? 動き出したね。すごいよトナカイ!」
「さすがのトナカイも驚きを隠しきれないのよ!」
「これが不思議な薬の効果なのかなぁ……」
「お薬の力は、凄いのねぇ」
「試しにもう一回やってみて?」
「うむ、ぐってして、ばーんなのよ!」
「「……」」
「あ、あれ? 何も起きなかったね」
「そうみたいなのよー。意気込んでやった分、切なかったのよ」
「もしかして一回限定だったのかな……」
「そうかもしれないのよー」
「残念だね。ずっと使えたら何かと便利そうなのに」
「別に今、不自由してないからいいのよー」
「まぁ、そうだね」
「このお薬はとりあえず、しまっておくのよー」
「もう飲んじゃだめだよ?」
「うむ、気をつけるのよー!」
不思議な薬による本当の効果は、『一日中、足音が軽快になる』だったのだが、二人がそれを知る由もなかった。
トナカイに、時魔法を扱う素質があると分かるのは、まだまだ先のことである。




