人魚姫《セイレーン》
「なっ!?貴様ら、待っ…」
「オゥラァァァ!!」
船内を突き進む俺達を阻む船員の顔面を、坊っちゃんが掴みあげて力任せに壁に叩き付ける。
それだけで壁に血の染みが花のように飛び散った。
「畜生!流石敵の拠点ってか!?数が多すぎる!」
「文句をいう暇があれば足を動かせ!」
「ふたりとも前前!」
走りながら悪態をつく坊っちゃんをキーシャが叱責すると、2人の前に再び敵の影、今度は2人。
「「邪魔だァァァァァァ!!!」」
それを坊っちゃんは蹴り飛ばし、キーシャは……。
「ブハッ!?俺ぇ!?」
俺の足を掴んでブン回し、敵の頭に叩きつけた。
おい、俺は武器じゃねーぞ、おい。
「お前…段々俺を雑に扱うようになったな」
「普段の素行を考えろ」
「ごもっとも」
引きずられてゴンゴン後頭部をぶつけながらそんなやり取りをしていると、やっとデッキに繋がるドアが見えた。
「ウラぁ!」
ノブを回す時間も惜しいのか、坊っちゃんは飛び蹴りでドアを蹴破り、俺達は船のデッキへ飛び出した。
「………グリュリュ…グリャリャリャリャ…!待っていたぞぉ~、お前たちぃ~!!」
「…っ!」
デッキに出た俺達を待ち受けていた青白い顔と粘液に包まれた触腕の吸血種。
オルケインのヤロウ、先回りして待ち伏せしてやがった。
その周囲には最早見慣れた黒尽くめ達が、隊列を組んで主の命令を待っている。
「上に出にゃ脱出もままならない海上だ。そら待ち伏せするわな」
「クソがっ!」
悪態をつきながら3人が変装を脱ぎ捨て、下に着ていたいつも通りの格好を晒す。
キーシャだけはジャケットがかさばるので、素肌に張り付く黒インナーと短パンとブーツという俺にとって目の保養状態だが。
「殴るぞ」
「それは奴さん達に向けてくれ」
「ま、まぁまぁ…」
「……キンチョー感ねぇな」
キーシャに睨まれて軽口を叩くと、俺達に走る緊張が少し緩む。
「我輩らの前で、随分と余裕じゃぁないかぁ~?」
「……ふん、こんな所で尻込みするほど、私達も弱くはないと言うことだ」
キーシャが腕を傷つけて血晶剣を創り出し、切っ先をオルケインへ向けてそう言った。
その背中を見た嬢と坊っちゃんが互いの目を見て頷き、それぞれソード・スレイヴと血晶棒を創って構える。
俺は適当な物陰に隠れた。
「グリュリュ…皆の者、姫に仇をなす不届き者共を処刑しろぉ~!」
オルケインの号令が開戦の合図となる。
黒服共が血晶武器を創り出し、一斉に3人へ躍りかかった。
「ちょぉぉぉいと待ったぁぁぁ!!!」
嬢達が身構えた瞬間、俺達の間を遮るような大声と、血晶の巨大な錨がデッキに叩きつけられる。
そして海面から凄まじい水飛沫が上がり、ひとつの影が飛び出した。
「あれは…」
「……ちぃ、また邪魔な奴が来たかぁ~」
一言で言うならば、彼女の姿は『赤い人魚』だ。
普段は長いズボンとブーツの下半身。
それを覆うように、腰から下が水棲哺乳類を思わせる鰭の付いたモノに変化していた。
いや、違う。
「………血晶か、あれは」
身に纏うタイプの血晶魔法を使うキーシャがその答えを呟いた。
そうだ、あれは人魚…シエラ・セリーナの創り出した血晶魔法だ。
「待ちくたびれたぜぇ、ベル・フェドぉ!」
俺の考察を肯定するように血晶の下半身は砕け散り、中から二本の脚が顕になる。
海水で濡れた身体も気にせず、シエラ船長はにやりと笑ってキーシャ達の横に並ぶ。
「ちんたら船で向かってたらオレの分の獲物が無くなっちまいそうだからよぉ、先に来てやったぜぇ」
「そうか、助太刀助かる」
巨大な錨を鎖で持ち上げ、事も無げに片手で受け止めて肩に担ぐシエラ船長にキーシャも頷き、改めて敵と相対する。
「よぉ、ひっさしぶりだなぁ、ゲソヤロウ」
「人魚姫んん~…」
シエラ船長の姿を見てオルケインは苛立たしげに目を細める。
そういやこの船の航海士の一人がシエラ船長の手で討ち取られたと、クレナイ達の報告に在ったな。
それから海を渡る事もままならなかった事を考えると、オルケインも恨みを募らせていたという事だろう。
「人魚姫?」
「オレの異名だぁ。似合わねぇだろぉ?」
オルケインの口走ったシエラ船長の異名にアルカ嬢が首を傾げると、シエラ船長はお道化て自嘲しつつ、くつくつと笑う。
「そんな事無いわよ?」「ありがとよぉ」というやり取りの後、シエラ船長はオルケインを睨みつけた。
「貴様のお陰で我輩の航海に不備が出たぞぉ~。その借りを返してやるぅ~」
「ッハ!オレ達も船ぇ壊されちまってたんだよぉ!熨斗つけて返してやらァ!」
2人の船長が火花を散らし、オルケインが触腕をうねらせ、シエラ船長は錨を振り回しながら互いを狙って飛び掛かる。
「ぬぅ~!!!」
「ほぅらぁぁ!!!」
シエラ船長が叩きつけた錨にオルケインの触腕が絡み付く。
それを本当の開戦の合図とし、黒尽くめ達と嬢達も血晶武器を手にして戦いが始まった。
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