化け猫《ケット・シー》
ふぬぅ、難産でござった。
お待たせしました、再開です。
ごとん、ごろごろ。
そんな滑稽にも思える音を響かせながら、ビットさんの頭が黒マントの足元に転がる。
「はぁ…はぁ…」
黒マントは何故か息を荒げながら、ビットさんの身体を拘束していた血晶魔法を解除する。
「び、ビット…さん…」
「っ!誰だ!?」
私が声を上げて漸く気づいたらしい黒マントは、身を翻してこっちに目を向けた。
そして私を見とめると、驚いたように身体を揺らす。
「…貴様、吸血姫だな」
「……ええ、そうよ。貴方は……排斥派の追手?」
声が震えなかった自分をほめてやりたい。
ビットさんが殺された事で動揺する自分を誤魔化すように、私は分かりきった事を敢えて問う。
「ふ、ふふっ…わざわざ訊くような事でも、答えてやるような事でも無いだろうが、イエスと言ってやる」
声の質で女だと判断できる黒マントは、私の問いに肩を揺らしてクツクツと笑った。
そして全身を曲げて四つ足を付き、ぐっと身体を強張らせる。
「死ね!」
その言葉を置き去りにする程の速度。
一瞬と見紛うほどの速度を以って黒マントの手刀が私の喉に伸びた。
「ッ!?」
速い!?
目で追うのがやっとだった私は避けることができずに思わず目を閉じる。
「むぅん!!!!」
直後、ギャリン!という金属音。
恐る恐る目を開けると、私の目の前には巨大な戦斧の腹が壁のように映っていた。
ジェイクさんが咄嗟に戦斧を盾にして庇ってくれたらしい。
「ジェイクさん!」
「ボサッとする暇があるのか?」
ビットさんが目の前で殺されたと言うのに、一切の動揺を見せずにジェイクさんはそう口にする。
「ジィさんを荒事から助けたんだ。それなりには戦えるだろう?」
「ッ…え、ええ…」
ジェイクさんが斧を構え直し、私達に背を向けて問うたので私は頷いた。
でも…。
「この女、俺だけでは少し荷が重い。3対1で一気に叩く」
「………」
ジェイクさんの提案に私の心は揺れ動く。
私の戦いは、即ち血晶魔法を使うこと。
私は吸血種。彼は常人種。
昨日ビットさんに言われた、私の思っていた以上の吸血種と常人種の確執。
それが私に戦うことを躊躇わせていた。
「……ッ」
私は黒マントの向こうで倒れ伏すビットさんの亡骸を見る。
胴と頭が切り離された彼の姿に、私の心はささくれ立つ。
どうやら経った2日の縁なれど、私にとって彼の存在は少し大きくなっていたみたいだ。
「………ジェイクさん、今から私のすることに、驚かないでください」
少なくとも、彼の仇を討つために躊躇いを吹っ切る位には。
「アルカ様…!?」
私の意図を察したジャコが制止をかけようとするけれどそれを無視する。
私は自分の右手に爪を立てて引っ掻いた。
肉のえぐれた手のひらから血が流れるがそれも数秒、私の手には紅い血晶の剣が収まっていた。
「……!」
流れ落ちる血が凝固し、細身の剣を象ったのを見たジェイクさんは僅かに目を細める。
「……成る程な。それがジィさんの興味の理由か」
視線を黒マントに戻しながらジェイクさんは納得したように頷いた。
予想以上に反応が薄かったので私は少し肩透かしに感じる。
「……驚かないんですね」
「十分驚いてるさ。ただジィさんで慣れてるだけだ。……それに」
ジェイクさんの視線が黒マントの右手に移る。
彼女もまた、血晶の剣の切っ先を此方に向けていた。
「ジィさんとあんた、ウチの客二人に手ぇ上げたんなら、相応のケジメは付けさせる。そこにあんたが何者だとかは関係ねぇ」
「………」
すごい論理を持ってきた。
ジェイクさんに取って、私が吸血種だなんてものは二の次だと。
ただ自分は宿泊客の為に戦うのだと。
宿屋と客という立場だが、曲がりなりにも私という存在を認めてもらえたことに安堵すると同時に、私達を引き会わせてくれたビットさんが亡くなった哀しみが胸を撃つ。
「……ジャコ、貴女も構えて。ビットさんの敵討ちよ」
「………ああもう、私は止めましたからね!!」
今まで正体を隠してきた事が台無しになって自棄っぱち気味にジャコが私の横に並び立つ。
その両手には傷つけた手のひらから流れる血で出来た、血晶の戦槌が握られていた。
「………来い、纏めて皆殺しだ」
黒マントのその言葉が戦いの火蓋を切る。
最初にジャコが黒マントへ肉薄し、両手の戦槌を頭目掛けて振り下ろした。
黒マントはそれを事も無げに剣で受けて弾き飛ばす。
攻撃を弾かれて横に跳んだジャコに続いてジェイクさんが戦斧を真横に薙ぐ。
殆ど隙のない波状攻撃だったが、黒マントは冷静にバックステップでそれをやり過ごした。
ジャコとジェイクさんの連携に余裕を持って躱したつもりだろうが結構ギリギリだったらしく、一瞬動きを止めた黒マントへ私はジェイクさんの肩を踏み台にして跳びかかった。
「…ッ!?くっ!」
「やぁっ!」
直前までジェイクさんの体躯に隠れていたので、黒マントには私が突然現れた様に見えたことだろう。
完全に虚をつかれた黒マントは私の剣閃に対応が遅れ、その胸元に切っ先が沈み込む。
「ッ…舐めるなぁ!!」
直前、黒マントは空の左手で私の剣を掴んで私の刺突をズラした。
刃が滑って黒マントの左手を深く抉る。
びしゃりと血が噴き出すがそれも一瞬、流れ落ちた大量の血がまるで生き物のように蠢いて彼女の左腕に纏わり付くと、虎のように大きく鋭い爪へと変化した。
「わ、きゃぁ!?」
血晶の爪を振るい、黒マントは私達を一撃で吹っ飛ばす。
その勢いで黒マントの顔を覆っていたフードが後ろに落ちた。
血のように赤い瞳。肩まで伸ばした青い髪。
頬に三筋の傷が入った私より少し年上っぽい顔立ち。
そして髪の隙間からは、猫を思わせる尖った耳が生えていた。
「……ちっ」
自らの耳を撫でて女は軽く舌打ちする。
吸血種の中には、ジャコの様に成長とともに身体の一部が異形化する例も存在する。
彼女も吸血種だと分かっていたので可能性として考えてはいたが、その耳を見て私はある人間の異名を思い浮かべた。
「……化け猫」
「……その異名を知っていたか」
猫女、通称『化け猫』は目を細めて身構える。
彼女が化け猫本人だと言うのなら、やや不利かもしれない。
「………知り合いか?」
「お互いがお互いを知っているだけです。……何故貴女が排斥派に就いてるのかしら?化け猫、キーシャ・トレイン」
「連中は金払いがいい、ただそれだけだ。吸血姫、アルカ・ドランシェット・キュリエ。いや、今はアルカ・ドリィと偽っているのだったな?」
あ、わ、このネコあっさりバラしたァァァ!?
私は恐る恐るジェイクさんの顔を伺う。
「………俺は何も聞いてねぇ。今はこの女をどうにかするのが先決だ」
………ジェイクさん、熊みたいな見かけによらず本当にお気遣い紳士…。
私は余計なことをしくさった化け猫を睨みつつ、血晶剣を構え直す。
「で、あの女何もんだ?」
「彼女はキーシャ・トレイン。フリーの傭兵で、常人種の戦争で片方に自分を売り込んでは戦場を引っ掻き回すのと、彼女の見た目から化け猫なんて呼ばれています」
目は化け猫に向けたままジェイクさんに彼女の情報を話す。
当の化け猫本人は右手の剣を弄びながら冷ややかに事の運びを眺めていた。
「……並じゃねぇって事か」
「そうですね。……一瞬の油断が命取りになります」
ジェイクさんとジャコの言葉に私は頷く。
一瞬のアイコンタクトの後、私達は三手に別れた。
化け猫の正面にジェイクさんが対峙し、左側にジャコ、右側に私が立って化け猫を取り囲む。
「くく…別方向から同時に攻撃すれば、一太刀は浴びせられると踏んだか?」
化け猫は青い髪を揺らして私達を見回し、笑う。
それを切っ掛けに私達は化け猫へ斬りかかった。
「吸血種とは!」
声を上げた化け猫は正面から振り下ろされたジェイクさんの戦斧を左手の爪で容易に弾き飛ばす。
「他者の血を取り込み、糧にすることで常人種を遥かに超える力!」
私の剣を見向きもせずに躱す。
「それを振るうための五感!」
戦槌を振り上げたジャコの腹を蹴り飛ばす。
「そして状況に見合った武器をその都度創りだす血晶魔法!」
化け猫の持つ血晶剣がしなり、鞭のように私たちに襲いかかる。
「ぐっ…!」
咄嗟に急所は躱したけど、腕や脚に幾つもの切り傷が刻まれた。
ジェイクさんやジャコも同様に浅くない怪我が見える。
「それこそが吸血種の真骨頂………にも関わらず、貴様らのその体たらくはなんだ?」
化け猫は私とジャコの二人をひどく冷めた目で見回した。
「身体能力は素人よりマシだが、常人種の域を出ない。血晶魔法もそんな玩具しか創り出さない。……いや、出せない、か?その程度でよく吸血種などと名乗れたものだ」
「……黙りなさい…」
傷を押さえながら私は化け猫を睨みつける。
戦闘における身体能力、直感力、そして血晶魔法の生成速度。そのどれもが私やジャコを上回る。
彼女は叩き上げの傭兵。一筋縄じゃいかないと思ってたけど、これほど差があるなんて予想の範疇を超えていた。
「………」
化け猫は訝しげに私達の顔を見る。
「………くっ、はははっ。そうか、そういうことか」
そして何か得心が行った様に口元を釣り上げた。
「いくら若いとは言え、その程度の血晶しか出せないのは可笑しいと思っていたが………貴様達、どれ程の間血を断っている?」
「……っ」
私はその言葉に、自らの唇を軽く噛む。
私は吸血種でありながら血を飲んでいない。
正確には、生まれてこの方血を飲むことを忌避している。
ジャコは私と出会う前までは血を飲んでいたが、私に付き従ってからは私に気遣って血を飲むのをやめていた。
「ふふふ、ははははは!これは滑稽だ!吸血種でありながら血を飲まない者が居たとはな!」
私達の事情を知った化け猫はお腹を抱えて高笑いする。
その時だった。
「ジェエエェェイク。17秒稼げ」
「……えッ…!?」
物言わぬ亡骸となった筈のビットさんの声が、いつも通りのトーンで発せられたのは。
「………あいよ」
それにジェイクさんがいつも通りの返事をし、化け猫に襲いかかる。
「SET.HUT!」
直後、力なく倒れていた、頭のないビットさんの身体が跳ねるように立ち上がった。
最後の描写は耳鼻科に行った時に待ち時間の間に病院にあった某マンガを読んでいて思いついきました。
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