ヒモータル
こんな仕事があればいいのにな。
ズルズルと足を引きずりながら歩を進める。
ちくしょう、服が血を吸って重い…。
こりゃ相当痛めつけられたな。
「……腹減った…」
足りない血を無理矢理魔力で補填している所為か、先程からずっと腹が鳴りっぱなしだ。
早く宿に戻らないと…。
「………あら、ビットじゃない?」
そんな時、ふと頭上から声が掛かった。
「あ、飯の種」
「………はっきり言うわねあんた…」
口をついて出た俺の言葉に、声の主は呆れた様に目を細める。
褐色の肌が眩しい彼女は、下着同然の格好で豊かな胸を寄せるように窓に寄りかかって、俺を見下ろしていた。
「なんだよ。間違っちゃいねえだろ、カイ」
「………はぁ」
俺の返答にカイは諦めたようにため息をつく。
頭を振ると目元にかかる黒い前髪がゆらゆらと揺れた。
おお、頭の動きと同時に胸が揺れる。
俺に声を掛けた女、カイ・ピルク。
彼女はこの街で一番客を取っている高級娼婦だ。
コイツの手練手管は並ではなく、この女を買った男は天にも昇る心地を一晩で味わう。
と言うか俺もその口だ。
………いや、逆か。
「どう?今夜、空いてるから」
「………いつもよか取るぞ、あと今金がないから前払い」
その言葉に、カイはニンマリと笑う。
商談スタートだ。
「500」
「1000」
カイの提示した値段の倍を口にすると、彼女の目が細まった。
ここからが勝負だ。
「600」「950」「750」「920」「780」「900」「800」「870」「850」
銀貨850。この辺が妥当か。
「乗った。服は?」
「こっちで用意するから、血まみれ汚れまみれじゃなければいいわ」
俺の格好を舐めるように見た後、カイは苦笑しながら答えた。
「………またゴスロリじゃねえよな」
「さあ?想像におまかせするわ」
俺の胡乱げな視線にカイはクスクスと笑って流す。
「……変態め」
「クスクス…今夜も愉しませてね?」
そう言ってカイは金の入った革袋を投げて寄越す。
………支払いが早い。
「………お前、はなっから850で手ぇ打つつもりだったな?」
「クスクス…女心は掴めても、人心掌握はまだまだね」
「…その、まだまだな、男娼に、女心、掴まれてるのは、どこの、どいつだ」
「……モグリのクセに」
ツーっと視線逸らしながら言われても説得力ないわアホ。
「………ったく、貰うもん貰ってるからちゃんと仕事はするよ」
「んふふ、ヨ・ロ・シ・ク」
「ケッ」
色気を多分に含んだ投げキッスを背中に俺は宿への帰り路を急いだ。
仕事が入ったんなら早く飯食って身体を綺麗にしねぇと。
俺の主な収入源は、娼婦相手の欲求の捌け口になることだ。
身体が売りの商売女でも、悪い客に当たればストレスは溜まる。
そのストレスを解消してやるのが俺の仕事。
無理な態勢で行為に及んだ身体を按摩する事もあれば、クソみたいな客の愚痴を聞きながら酒を酌み交わす事もあり、ヘタクソな客で溜まったフラストレーションの発散をすることもある。
カイの場合は専ら最後の場合だ。
彼女の手技に骨抜きにされる客は数あれど、逆に彼女を満足させられる客は殆ど居ない。
そんな彼女のストレス発散は俺の出番と言うわけだ。
俺は不死人の特性上、歳を取らない。
正確には、肉体の変化が18歳のまま止まっており、実年齢は普通の人間の寿命を遥かに超えている。
そんなわけで、歳の分だけ色々と経験を積んでおり、俺も女を悦ばせる術は心得があった。
俺も楽しめてカイも楽しめて、その上金が貰える、一石三鳥の仕事である。
人、それをヒモという。
昔、似たような事をしていた頃、当時の女からヒモータルなんて呼ばれてたっけな。
…………軽く自己嫌悪に浸った。
自己嫌悪に浸れるだけクズ成分は軽減されると思いたい。
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