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忍び寄る影

むむ、気が付けば二週間以上経っている…。

筆が遅くてすみません。

 のんびりとアルカ嬢達を待っていると、二人は二時間ほどで大きなバックパックを背負って戻ってきた。

 おや、思ったよりも荷物が少ないな。女の二人旅だし、着替えとか大量に持ってそうなもんだが。


「おかえんなせぃ」


「……」


 俺が食堂で茶の用意をしながら声を掛けると、アルカ嬢はきょとんと俺を見る。

 ……なんだ?


「………た、ただいま」


「ん。あんたらの部屋は、俺の部屋の隣に用意してるから荷物置いてこいって、レイラちゃんが言ってたよ」


「分かったわ」


 伝言を伝えると、アルカ嬢達は階段へと歩く。


「……ねぇ、ビットさん」


「ん?」


 二階へ向かっていた嬢達だが、おもむろに階段の途中で立ち止まり、振り向いて声を投げた。


「どうした?」


「………『おかえりなさい』って言ってもらえるのって、嬉しいものなのね」


「………ああ、そうだな」


 アルカ嬢が放った言葉とその笑顔が、俺には何処か儚げに見えた。





 程なくして二人は荷物を置いて食堂に降りてきた。

 俺はティーセットの用意を終えて二人に座るように促す。


「貴方が淹れたの?」


「おう。永い人生、退屈しのぎにな」


 「荒事は除くけど」と軽口を叩きながら紅茶をカップに注ぐ。

 琥珀色の液体に満たされたカップを3人(・・)の前に置き、執事の如く敬々しく一礼。


「どうぞご賞味下さいませ」


「いただきまーす」


 間延びした声で最初にカップを手にとったのはレイラちゃん。


「………って、貴女も飲むの?」


「二人が3人に増えようが同じでしょ?」


「変わるぞ、茶葉の分量やお湯の温度とか」


 アルカ嬢が眉を上げて声を掛けると、隣に座っていたレイラちゃんはすました顔でカップを傾ける。

 俺が控えめに反論するが聞いちゃいねぇ。

 この娘は俺の淹れた茶がお気に入りらしい。

 俺が茶を淹れると毎回どっからか現れて飲んでいく。

 今日もそんなこったろうと思って一人分余計に淹れたのだが。


「冷めない内に飲んじまいな。冷めた茶は飲めたもんじゃねぇ」


「え、ええ。頂きます」


「い、頂きます」


 アルカ嬢がカップに口を付けると、ジャコもそれに倣う。

 口に含んだ瞬間、二人の目が真ん丸と見開かれた。


「………美味しい」


「そら良かった。っつっても、下町価格のやっすいハッパなんだがね」


 淹れ方の工夫次第で安い茶でも美味いもんになる。

 湯を高いところからポットに入れて葉を踊らせたりだとか、蒸らす時間とかな。

 湯の中で葉が開き過ぎれば渋くなるし、下手に開かせようとすれば雑味が交じる。

 昔は執事の真似事なんかもしてたっけな。


「そろそろ日が落ちる。それ飲んだら風呂に入ってゆっくり休むといい」


「ええ、そうさせてもらうわ」


 嬢達はカップの中身を飲み干して上階へ戻って行く。

 その背中を見送っていると、レイラちゃんがじっと俺を見ていた。


「……何?」


「……………のぞ」


「かねぇよ。俺を何だと思っているのかねチミは」


 確かに女を食い物にしてるけども。そこまでゲスなつもりじゃないぞ。

 しょうもない会話で空気が緩み、とっぷりと夜はふけていった。






 一方その頃。

 ガルサの路地裏を髭面の男が歩いている。


「くそぉ…あのカボチャ女ァ…!」


 口元はよだれや泡に濡れて右肩を押さえているその男は、先程ビットを襲い、ジャコに叩きのめされた三流冒険者、アージャだった。

 アージャは恨み言を呟きながら、みすぼらしく壁伝いに路地裏を歩く。

 その心の内にはどのようにして、ジャコやビットに報復するかという暗い感情が渦巻いていた。


「ひ、ひひ…あの二人にはぜってぇ復讐してやる…首だけにしてションベン漬けにしたあの不死人の目の前でカボチャ女を犯し殺してやる…!」


 数人がかりで襲いかかって相手になりもしなかったというのに、どのような仕打ちを与えるかを考えるアージャ。


「おい」


「………ああ?」


 その下卑た思考を、背後からの声が遮った。


「今、カボチャがどうとか聞こえたが?」


「あぁん?テメェには関係ねぇだろうが!」


 妄想に横槍を入れられたアージャは不愉快さを隠そうともせず、声の主へと振り返る。




 瞬間、自らの腹にずぶりと何かが入り込んだ。



「………ぁえ?」


「汚らしい声だ。耳朶に触れるだけで虫酸が走る」


 声の主は汚物を見るような目でアージャを見、彼の腹に指先から手首までを突き立てていた。


「あびゅ…ギ…ひぃ…!?」


 気持ち悪い。

 アージャは思った。

 顔色一つ変えずに自分を手にかけた目の前の人間に。

 腹に人の腕が突き刺さっているというのに、痛みがない(・・・・・)ことに。


「耳が腐るのでな、これ以上喋ることは許さん。……だが、貴様の言葉には気になる事がある」


 故に、とそのはアージャの腹から腕を引き抜く。

 塞ぐものの無い腹からどぼどぼと血が流れる。

 腹部に大穴が空いているというのにやはり痛みを伴わない。

 その事にアージャは得体の知れない恐怖を覚えた。


貴様の血(・・・・)に訊くことにしよう」


 そう言って女は手にべっとりと付着したアージャの血液を赤い舌で舐めとった。

 扇情的なその仕草は、アージャの心に更なる恐怖を植え付ける。

 ごくり、と女は血を飲み込み、目を閉じて数瞬考える仕草を見せると、ゆっくりとその赤い瞳をアージャに向けた。


「……偶然見ただけか。役立たずめ」


「え」


 その言葉が、アージャの最後に耳にした言葉だった。

 次の瞬間、彼の視界がまっすぐ下に落ちていく。


「不味そうなのは仕方ないが数日ぶりの人の血だ。糧になってもらおう」


 まるで愛しいモノにキスでもするかの如く、女はアージャの首の切断面に口をつける。

 服が血に汚れるが気にする様子もなく、ごくり、ごくりと女はアージャの血を飲み干していった。


「………化け提灯ジャック・オ・ランタンを見た、ということは、吸血姫アルカードも近くに居るか」


 女は血を飲む合間にアージャの(・・・・・)血から(・・・)読み取った(・・・・・)記憶(・・)を反芻する。

 アージャが灰色の髪をした青年を痛めつけ、カボチャ頭のメイドに叩きのめされる映像。

 青年の方は女の知らない地元の住人だと思われるが、カボチャメイドの方はよく知っている。

 吸血種穏健派のトップに付いている従者、ジャクリーン・ターナ。

 彼女がここに居るのなら、主人の女もこの街のどこかに居るはず。


「………アルカ・ドリィ。あの女は殺す」


 女は口元を拭い、血を飲み干してカラカラに乾いたアージャの遺体に魔力を集中させる。

 ぼぅ、と青い炎が灯り、一瞬で遺体は灰になった。

 ゆらりと、女は身体を翻す。

 人通りの少ない路地裏に、再び静寂が訪れた。

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