夜更け
筆が乗った……オジサン嬉しいッ!
手前味噌ですが、この間Twitterで懇意の方に宣伝RTされているのを知って、ニヤニヤが止まらずに居たら……。
「兄ちゃん、何笑ってるの? ……キモいから止めて」
と言われてですね、幼い頃の可愛い妹が懐かしくなりました( ノД`)…
社会人なのに身内には当たりが辛い(´;ω;`)ブワッ
赤雷一行は、町で宿を取る。結局、日付けが変わる頃にようやく転がり込むこととなった。
傍目には年季の入った老舗と言った風情だが、大っぴらに言えば荒屋だ。外装はそこそこだとしても、内装は草臥れて見る影もない。燭台は錆び付いており、寝具も軋んでいる。襤褸という言葉がぴったりである。安宿であることを差し引いても、酷い有様だ。
だが、旅の疲れもあってかアルシュは早々に仮眠の姿勢を取る。一部屋に三人と、気持ち手狭ではあるが休息に支障は無さそうだ。その点においては喜ばしい場所であった。
「すまんな赤雷、儂はそろそろ限界じゃ」
「もういい、早く休めよ先生。ミシェル、お前もだ」
「私も見張りをする。これなら何があっても……」
「──見張りに二人も居るかよ。いつも通り交代で入れ替わる。それにだ、何かあった時『動けません』は通らん。疲れを癒すのも仕事のうちだ、とな──何度言わせる」
提案の問題点を指摘した赤雷に、不承不承といった様子でミシェルは部屋の隅に移動する。座って長剣──二尺三寸程度と、やや短め──を肩に立て掛け目を瞑ると、すぐに寝息が聞こえてきた。余程疲れていると見える。愛くるしい容姿が、武器と相まって場違いだ。格好だけ見れば、まさに戦士然としていた。座ったまま休むなど、年頃の少女とは思わせない姿である。
彼女が眠っている事を確認して、赤雷は小さく呟く。
「……今に始まったことじゃねえけどよ、俺も随分嫌われたもんだな」
「なんじゃったかな、こう言うのを“身から出た錆”とか言うんじゃったか?」
「ほざけ。てめえ、意味が分かった上で言ってるだろ」
のらりくらりとかわすアルシュに、彼は青筋を浮かばせた。すると、アルシュはおどけた様子で閉眼する。
「寝る前まで粋がってんじゃねえよ、くそが。疲れてるんじゃねえのか」
「…………寂しいのか?」
「──死ね」
その言葉を最後に、静寂が訪れた。二人して寝息を立てている。手持無沙汰な彼は、やることがない。警戒は怠らないが、眠気を誤魔化すのも兼ねて思索に耽る事とした。思い浮かぶのは、シガールと最後の最後まで仲違いしていたことだ。
(へっ、後悔先に立たず……か。何が、『昔話するほど歳食ってねえだろ、あんた』だ。見事にてめえの事じゃねえか)
考えれば考える程、こうすれば良かったのではないかと、不毛な改善案ばかり浮かんでいく。アルシュに言える筋合いではないなと、自嘲が漏れた。
憎まれ口こそ叩いていたが、シガールやミシェルらと過ごしていた日々は尊い物に相違ない。最早、誤魔化しようもなかった。
事ここに至り、彼は気付く。シガールの笑顔をあまり見たことが無いという事実である。
だが、いざ笑うと輝かしい顔になるのだ。
「馬鹿みてえだな、今の今まで気付きもしねえのか」
『人は無くして初めてその大切さに気付く』とはよく言ったものだと──彼はそう思った。まるで餓鬼だと声を殺して笑う。
シガールと屋台で昼食を摂ったことも、喧嘩して彼を泣かせたことも。全ては、かけがえの無いものだったのだ。
ただ一時の感情に流され、自分の手でそれを台無しにしてしまった。彼は寂寥感に囚われる。
或いは傷の舐め合いだったのかも知れない──偽りの親子関係はしかし、確かな情念を発するものとなっていたのである。認めるだけの度量が無かったのかも知れない。己の弱さは、腕っぷしだけではないようだ。
「……こんな事じゃいけねえ。シガールの野郎に腑抜け呼ばわりされかねん」
感傷に浸り掛けて、頭を振る。仮にも、シガールの師でもあるのだ。無防備にも願望を口にするのは流石に躊躇われた。
赤雷に不敵な笑みが戻る。そして、交代を申し出ようとした──その時だ。
──足音? 夜警にしては人数が多い。音が響いて場所は分からんが……少なくとも、こちらに向かってはいる。
想像より早く状況が動いた、と彼は感じる。計画性が無いのか。それとも彼方が焦っているからなのかは判然としない。
夜霧のせいだろうか、些細な音を拾うことが出来たのは幸運である。
「起きろ! 宿の外がおかしい」
「すまん、寝入っておった」
構わん。そう返すのと、ミシェルが窓際に張り付くのは同時だった。彼女は視認されることを避け、慎重に下の様子を窺う。
松明の灯りはそれほどではないが、用心しているのだろう。赤雷は感心した。
「宿の主人が先頭に居る。後はざっと見るだけで三〇人近く」
「やはりな、あいつも絡んでやがるか」
アルシュも主人の態度に合点がいったようだ。特にミシェルを見たときの顔は、何とも言えないものだった。あれは恐らく、獲物が懐に飛び込んだことを喜ぶもののそれなのだろう。赤雷は毒づいた。
「女を拐っておるのか? しかし、それでは説明が付かぬな。どうなっとるんじゃ、この町は」
「ンなもん、今に始まった事でもねえ。ぶちのめして、あいつらの事情ってのを話して貰おうぜ。……丁度いい、間抜けが六人ばかり帯剣してやって来るらしいからな」
入口付近で物音がしていた。気を遣っているつもりだろうが、やはり素人だ。履き物は革靴の類だろうし、何より剣帯の音が聞こえていた。屋外とは違い、状況の把握も容易である。荒事に特化している分、彼らは隠密に不向きだった。この事実は、赤雷達にとって僥倖である。
全員が思考することは同じ、“殺す気はないのか”ということだ。その気があるなら、毒を盛ることも宿に火を放つことも出来た。だというのにそれをしなかった事が引っ掛かっていた。しかし、状況は絶えず流動するものである。疑問の答えを探すときではなかった。
──構えろ。
赤雷が目配せで周知する。ミシェルは剣の鞘を、アルシュは安楽椅子を手にして待ち構えた。程なくして、突撃の段取りを確認する声が届くと、アルシュの顔が嘲笑の気配を帯びる。
笑止千万、そんな言葉がよく似合う顔だ。
瞬間、扉が破られる。寝具は予めアルシュが膨らませており、そこに誰かが休んでいる様に偽装してあった。赤雷らは開かれた扉に隠れる恰好であり、襲撃者に発見される事はない。
彼らが誰も居ない寝具に殺到する。
計算違いだったのは、宿の主人と給仕を合わせて八人であることだが、もはや物の数は問題ではない。揃いも揃って敵に背を向けて居るのだから。
赤雷が鯉口を切り、瞬く間に武装した二人を刀背打ちで昏倒させる。それと同時に、アルシュとミシェルが踊り掛かった。
呆気に取られ、及び腰となった彼らは敵ではない。狩る側が一転、狩られる側へと回ったのだ。
ミシェルは靭やかな身のこなしで立ち回り、敵の腹部に鞘を叩き込む。赤雷とアルシュも、得物を振るって戦士を潰しに掛かった。手狭な場所から通路に移るまで戦闘が繰り広げられる。
アルシュが椅子で剣を受け止めれば、赤雷が滑り込んで刀を振るった。使えるものは使う──寡勢の強みがここにある。
逃げ出す給仕を逃がしそうになったが、入口に先回りしていたミシェルが首筋に短剣を当て──制圧が完了。
赤雷は、包囲している男達に向けて叫んだ。
「お前らの先鋒は、俺らが全員捕縛した! 観念して出て来やがれ! 出て来ないってんなら、こいつらの素っ首をひとつずつ刎ねちまうぞ、いいな!?」
夜の町に、怒号が響く。
ざわめきが広がる、そんな気配が感じられた。戸惑っているようだ。ミシェルの見立てによると、荒事に特に心得があるのは先に突入した六人。他は一般人のようだ。小さくない衝撃が伝播していく。聞けば、慣れない武器で身を固めても結果は見えているだの、女を差し出さなければだのと揉めているようだった。
溜め息を吐き、赤雷が前に出る。顎でしゃくって見せると、アルシュが気絶した男を宿の前に引っ張ってきた。
──月光に、白刃が閃く。乱れ刃の刃紋が艶然と佇んでいた。
「まず手始めにこいつの首を頂く。おっと、手前らも無関係だと思うなよ。こいつらが終われば、次は手前らの番だ」
突き付けた刀を翻し、最後通牒を終えると、一人が小走りでやって来た。近い者の顔ぶれの中では一番年かさのある男だ。町の長かも知れなかった。
「待たれよ! 身勝手は百も承知──だが、彼らは助けて欲しい。この町の事情を話させて頂きたいのだ」
「ふん、最初っからお前みたいなのが出て来れば、こんなことしなくても良かったンだよ。話せ、聞いてやっから」
仄暗い明りが照らした表情に、生気は感じられない。毒気を抜かれた赤雷は舌打ちを溢す。ミシェルとアルシュは無言でその様子を見守る。
貴方がたに助けてくれとは言わんが、と前置きしてから彼は町の事を話し始めた。
尺……約30cm
寸……約3cm