旅路
最新話の次話投稿を、違う作品の次話に投稿したら面白いんじゃ?
──とか、考えたら発作起こしそうになりましたorz
「なあ、先生?」
肩で息をしながら、黒髪の男──爪紅、もとい赤雷──が不平を漏らす。一抱えもある風呂敷を背負って、整った顔立ちを歪めている。切れ長の双眸とその表情が、人相の悪さを引き立てているかのようだ。
短く切られた髪は、汗で湿り気を帯びていた。日は高く昇っており、秋にしては暖かい風が吹いている。何より、彼は隻腕だ。得物なら兎も角、荷物の運搬となると辛かった。
「なんじゃ。お主、まさか老骨に鞭打つつもりでは無かろうな?」
そう答えるアルシュも、やはり荷物を持っている。赤雷よりも幾分か少ないが、年齢を考えれば寧ろ多すぎるくらいだ。暑さを感じて苛立っているせいか、声の調子は低めである。
不健康かつ神経質そうな風体、そして眉間に深く刻まれた皺によって、その表情は恐ろしげな印象だ。疲労も手伝ってか、何処か不気味な風体に見えなくもなかった。
「俺もそこまで鬼じゃねえよ。だがな、これが全部──本当に必要な物なのか?」
流し目で荷物を恨めしそうに眺めつつ、ぼやく。
ミシェルはアルシュと同じ程の物を運んでいるが、足取りは軽やかである。
そんな彼女は一瞬だけ赤雷を睨むと、アルシュの元へと駆け寄った。風に、赤毛がたなびく。端正な横顔は、まるで絵画のようだ。
「先生、あたしが少し手伝ってあげる。ほら、早くそれを下ろして」
「いや、しかしじゃな……」
「先生、早く!」
「……すまんな、ミシェル君。赤雷よ、不要だと思っていた薬が急に必要となるとな、仕入れるにも時間が掛かる。……何より、ミシェル君にも手伝って貰っておる故、手間を掛けさせる訳にもいくまいて」
アルシュはミシェルの熱意に根負けし、小分けした瓶を手早くミシェルの方へ移すと立ち上がる。最後の方は赤雷に近づき、小声で伝えた。それは彼女の気持ちを無下にしたくないという気遣いからだろう。
本人の前で口に出さないのは、聞かれることで気を遣わせることを恐れているからだ。アルシュに言わせれば、気位が高い分、傷付き易くもあるということらしい。
それはシガールも一緒だろうと思っていても、赤雷は言わなかった。ミシェルが近くに居る分、アルシュは彼女の擁護をするだろうことが分かっていたからだ。
──人の事言えるのかよ、この親馬鹿め。
意地悪く笑ってやろうかと思ったが、微笑ましさに興が削がれていた。何より、先程からずっとミシェルの顔色を窺っている。赤雷はアルシュに「何が『お主の顔つきが気掛かりじゃて』、だ。俺にしてみりゃ、あんたの顔色のがよっぽど心配だがな」と吐き捨てた。
「なに、どういう意味じゃ?」
「鏡を見てみろよ」
腑抜けてやがる。続く一言は飲み込んでおく事にした。
「町が見えてきたわ、先生。ほら!」
したり顔の赤雷にアルシュが眉根を寄せた時、ミシェルが声をあげた。八里程先だろうか、茫と建物の輪郭が浮かんでいる。
彼女に相手にされないのが常の赤雷だが、さも居ない者のように扱われたことは流石に気分が悪い。赤雷は、シガールが居ればと嘆かずには居られなかった。
暫し無言となる彼の肩に手を置き、アルシュは努めて穏やかに声を掛ける。
「……あまり気にするでないぞ」
「──うるせえんだよ!」
◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎
日が西に傾いた頃、三人は町の入り口に到着する。途中で食事──とは言え、干し肉など日持ちするものが殆んどで、あくまで空腹を誤魔化す程度の──を兼ねて休憩を摂ったこともあり、肌寒い空気が流れていた。
アルシュが荷物を下ろし、上着を羽織る。
「この寒さ、少々堪えるわい」
「歳か」
言うが早いか、小刀が赤雷の鼻先を掠めて飛んでいった。ミシェルが溜め息を吐きながら回収に向かう。
「──危ねえだろうが、おい!」
「すまぬな、どうにも儂を愚弄する不埒な輩が居った気がしてのう?」
「都合の良いときだけ耄碌したふりしてんじゃねえ。丸分かりなんだよ! 毎度毎度、喧嘩売ってんのかくそ爺!」
険悪な空気が流れ、睨み合う二人の後ろで殺気が膨れ上がった。
「二人とも、そこまでにして。特に貴方。私、貴方のそういうところ──大っ嫌い」
ミシェルである。彼女が赤雷の前に立つ。アルシュの記憶によると彼女は、共に生活していた頃、赤雷に役立たず呼ばわりされた経験がある。彼女はそれを酷く悲しんだのだ。それからというもの、ミシェルは彼を毛嫌いするようになっていた。きっと赤雷は余程のことをしでかしたのだろうと、アルシュはそう結論付ける。
今まで口喧嘩しかしていないが、彼としては気が気ではない。片や年頃の少女なのだ。赤雷の気性を考えると、喧嘩の度に心労が募る一方だった。
「あぁ、そうかよ。そりゃめでたい話だな。しっかし、なんだかな、この町は……」
歩きながら、赤雷がそうこぼした。声は幾分落としてある。それは警戒を、それと気取られぬように促す際の暗黙の了解であった。
何を馬鹿なことを、と言いつつ通りに目を向けるアルシュは怪訝な顔をした。が、すぐに目を細める。
「今回ばかりはお主に同意じゃ。上手く言えぬが、何処か不自然よな」
「先生、なんだか若い女性が少ない気がする」
「なんじゃと?」
ミシェルの言葉にアルシュと赤雷が顔を見合せ、行動を開始。宿を探しつつ、町の様子を観察することとした。何もこれは過敏な反応ではない。アルシュに言わせれば、余所者に排他的な町では何が起こるか分からないとのことだ。
それに限らず、文化が違えば摩擦が起こる。治安が酷ければ──デポトワールを上回る町など、そう在りはしないだろうが──然るべき対処をせねばならないのだ。
──用心に越したことはない。それが総意であった。
それから半刻近く回って判明したことは、やはり若い女性は少ないということ。更に言えば、警ら隊が他の町に比べて多いと言った点だろうか。それも自警団の類ではなく、恐らくは領主お抱えの兵士達。何より装備が統一されている。全員が板金鎧に槍、補助武装としてか携剣していた。
町の雰囲気はやけに静かであるし、かと言って殺気だっている風でもない。不可解な事態に、赤雷は首を傾げる。
「まるで戦でもおっ始めようって風体だが、違うな。何より、肌がひりつくような空気じゃねぇ。意図的にそうしている可能性もあるが……やはり分からんな」
「いずれにせよ、判断材料は少ないからのう。今のところ実害はないようじゃが、用心はせねばなるまいて……どうしたミシェル君?」
赤雷の後をアルシュが継ぐ。ミシェルの方を向いた時、彼は怪訝そうに尋ねた。彼女は路地裏へと続く小路、その入り口を凝視していたからだ。
「本当に嫌な空気ね、この町は」
「分かるとも、まるで何か起こると言わんばかりじゃ。案ずるな、儂らが付いておる」
「はい。有り難うございます、先生」
「まっ、腹も減ったし飯でも喰って宿に入ろうぜ」
ミシェルにしてみれば、赤雷の言うことは癪でしかなかった。とは言え、空きっ腹では勝てる戦も勝てない事を学んでいた為、無言で従うしかない。
彼女が最後にちらと後方を確認してたっぷり一五を数えた頃、小路から数人の男達が姿を現した。
えたーなるふぉーすぶりざーど!
──相手は死ぬ(笑)!




