戦線崩壊
轟く馬蹄、大気震わす怒号。
晴天の下、繰り広げられるは地獄絵図。
殺戮を是とせず、彼は一人、死地に立つのだった。
「畜生が! 惨めに逃げ帰ってりゃ良かったのによ!」
スブニールの罵声が飛ぶ。檄にもなりうるそれはしかし、即座に霧散した。突撃を掛けてくる騎兵隊が、怒号を上塗りしたからだ。
後方は新参が多い。彼は、最後尾に怪我人や重傷者を配置していたことが裏目に出たのだと知る。奇襲を受けた部隊を浮き足立ち、混乱に陥った。古兵の叱咤なぞ、聞こえようはずもない。誰しもが命からがらであるからだ。
衝突が始まり──絶叫が、響く。
考えるまでもない。敵の蛮刀が味方を撫で斬りにしただけのことだろう。
押すに押されて、遁走するもの。得物を取るもの、味方に潰されるものが相次いだ。圧倒的な物量差であるが為に、奮起する男達の末路は凄惨を極めた。
槍衾というのも生温い波状攻撃に、全身を穿たれ死んで行く。即死するなどはまだましな方で、手足をもがれ、腹部に風穴が空いて尚も息がある男もいた。
なまじ迎撃に当たった人間が少ないだけに、被害は瞬く間に拡大していく。負傷者も抵抗を試みるが、あえなく討ち死にの末路を辿ることとなる。
四肢を欠損した人間などはその最たるもので、傍目に見て嬲り殺しの目に逢っているようにしか見えなかった。
「シガール!? 馬鹿、死ぬ気か!?」
その光景に痛々しさを感じたシガールは、スブニールの声を背に疾駆。幾人もの背中を置き去りにして──或いは速度を殺されつつも──ようやく、後方部隊へと加勢する。だが、そこは既に壊滅していた。兵は散り散りとなり、我先に逃げようとするものしか居ない。束の間立ち尽くす彼の肩に、惨めにも敗走して行く仲間がぶつかった。
状況は芳しくない。
何故なら、シエル側は、撤退を余儀なくされつつある。猛追が予想される以上、留まることは自殺行為に等しいからだ。つまるところそれは、味方の犠牲もやむ無しと言うことでもある。
──敵がシガールに殺到していく。
天を仰ぎ、地に伏した仲間の光差さぬ双眸と、シガールは目が合う。
そこには怨嗟があった。
瞳が映す無明の内に、悲哀が漂っていた。
──あぁ、俺はこれを知っている……。
彼はかつての仲間の死を投影する。
恩讐、憤怒、憎悪。あらゆる負の感情が渦巻き、そして凪へと変じた。
行き過ぎた激情は、不思議な程の冷静さにとって変わったのだ。とは言え、胸の内では昏い言葉に支配されていた。
──悪人許さじ、ただひたすらに斬るのみ!
離れた場所で指示を飛ばすスブニールやレミー達の声が、シガールの耳に届いたような気がした。周囲で発生する戦闘音に阻害されてしまうからであろう、それはすぐに聞こえなくなる。
されど、彼は転がっていた長槍を足蹴にし、それを取って腰だめに構える。
全体が金属で、重量はあるが取り回しに差し支えないだろうと思われた。重いということは裏を返せば、耐久性に秀でていることになるからだ。
一人、二人と攻撃を弾き、返す刀で喉を裂く。
「せいっ!」
続く三人目の打ち下ろしを紙一重で避けると、交差方気味に突き上げて心の臓を貫いた。
初動の勢いをそのままに、戦闘不能となった三名を障害物として立ち回る。
彼の足場は悪い。それは相手も同じではあるが、なにぶん物量差が過ぎた。
味方の手で、足でつまずき、刹那の隙を生む。
ところが、それすらも逆手に取り、窮地を好機に変えた。ある時は、穂先を巧みに操って騎兵を馬上から引きずり下ろし、またある時は剣や槍を投擲して奮戦する。
たっぷり五〇を数える頃には、二〇程の骸が転がり、一種の艶かしささえ湛える赤が大地に上塗りされていた。
──ちくりと、胸が痛んだのを最後に、彼は振り下ろされた白刃を石突で弾き返す。
緩やかに時を刻む世界の中で、彼は更なる一手を模索する。
それは物量差にして一対五〇〇あまりという、無謀極まりない戦闘の幕開けであった。
真の剣士は死に刀を使わない……う~ん、これってどうなんでしょうね?
牽制は乾坤一擲となり得ますし、かといって敢えて隙を晒すというのは、余程狙わないと斬られますし……。
とりあえず、何事も踏み込みが大事です。
縮地の歩方もやらねば!