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異端ノ魔剣士  作者: 如月 恭二
二章 異国之剣客
29/120

異国之剣士

更新遅くなりました。

申し訳ありません。

毎日少しずつ書いてたらこんなことになりました。


今回、新キャラ登場です。

 東の空が(しら)み始めた港町の一角へ、一人の男が息せき切って駆けてくる。

 男は酷い顔である。壮年とおぼしき強面の風貌はしかし、恐怖に歪み焦燥を塗り込めた印象だ。


 閑静な町に、乾いた足音があがっては消える。


 (……くそっ、どうしたってこんなことに!?)


 足を動かしながら、男はひたすらに考えを巡らせる。

 男はデポトワールの街から移動してきたところであった。明朝にこの港町へ到着した。倉庫街の警備は夜中から明け方にかけての時間帯が最も手薄であり、襲撃を掛けるも盗みを働くのも容易だからだ。

 警備は居るし彼らとて愚かではないが、睡魔には抗いがたい。注意力が散漫となることもままある。


 そこに付け入り、倉庫にうず高く積まれた調度品やら食糧やらを掠奪(りゃくだつ)せんと忍び込んだ。

 だが、その行為を激しく後悔する出来事が起きた。

 


 まず最初に感じたのは違和感。

 警備の人間が、眠気覚ましに世間話でもしているだろうと思われたが、予想に反して周囲に人の気配がなかった。

 最初は、居眠りでもやらかしたかと仲間たちと笑っていたが、それ自体が不自然なことだったのだ。

 即ち人が居るはずだというのに、静か過ぎた──ということに他ならない。


 ──今日はまた一段と楽な仕事だな。


 そう言って笑っていたのが、そこまでになるとも知らず、足は倉庫へ向かっていた。

 だが、どこを通過しても警ら隊などの姿はなく、元から無人であるかのように、閑散としている。

 不信感はあったが、続く言葉ですぐに霧散する。


 「大方他の奴等に先を越されたんだろうさ」


 一団に、「ああ、またおこぼれに(あずか)る訳か」と落胆した気配が漂う。何も珍しいことではなかった。先客が居た場合、めぼしいものはこぞって持ち出されている。


 無論、それ自体悪いことばかりでもないが、不利益の方が大きいためである。なにせ窃盗と分からない程度にくすねることが要求される上、金目のものほど早々に、闇市へと流されるからだ。


 更に歩を進め、一同は驚愕した。衛兵達──八人が血の海に沈んでいたからだ。初めは目撃されたゆえの口封じと考えた。

 見れば遺体は武装して得物を手にしており、荒事の最中だったのだろうことが分かる。


 だが、体液は未だ赤々と大地を染めている。つまり、下手人は付近に居ることを示していた。その上完全武装の兵士に後れをとってすら居ない。さほど現場は荒れておらず、抵抗の痕跡もない。二人が背後から斬られていることもあり、ここの遺体の男たちはほぼ一方的な(なぶ)り殺しの目にあったことだろう。

 緊張が走り、警戒心が身体を強張らせる。


 「……こりゃあひでぇ。だがよ、早くしねえと交代の連中に感付かれるぜ」


 その意見には同意だった。ここに転がるのは死体で、交代の人間と出くわせば面倒になることは間違いない。見たところ、至るところにある切り口は抉るように工夫されている。まるで楽しんでいたかのように、切り口は変化していた。在るところは浅く、在るところは深い。それに規則性は見受けられない。

 急所であっても皮一枚を斬っていたり、赤い肉が見えるほど深く斬りつけていたりと様々だ。

 

 意図するところは分からないが、それでもこの状況を作り出した人間と関り合いたくはない。なにせ()せかえるほどの血臭(けっしゅう)だ。少なくとも、まともな手合いとは考えにくい。

 異常者によるものと考えるのが普通だ。

 まごついていれば、警ら隊に異変を感知される危険もある。早々に片付けなくてはならない。


 「む……月か」


 仄暗(ほのぐら)い明りが差す。夜盗達は上を見上げ、三日月が出ていたことに気付いた。

 けれども、それは明りの恩寵ではない。

 声をあげたのは、一同の誰かではなかったからだ。

 独特の訛りで発せられた言葉。年長者は、経験から異邦人ではないかと予想した。


 「誰だっ!?」


 後方の一人が誰何(すいか)する声と共に抜剣。その空気に当てられ、全員が一斉に得物を抜く。

 周囲を見回すと、背後に異国情緒溢れる(はかま)と着物を召した褐色で短髪の男が一人、木箱の山に腰掛けていた。月明かりに、山吹色(やまぶきいろ)の着衣が映える。濃紺の袴は、夜空を切り取ったかのように幽玄。打って変わってその外見は厳めしく、角ばった顔つきに隆々とした肉付きで、逞しい偉丈夫と形容できた。

 異国と表現するのは衣服は勿論のこと、腰に提げられた一差しに目が行ったからである。

 倭ノ国を象徴する武器──即ち、“刀”だ。

 鮫の皮で装丁(そうてい)された柄、そして目を引くのは何よりも細身の鞘である。それはまさしく噂に伝え聞く、東方の刀に相違ない。


 臨戦態勢をとっているが、それは形だけに等しい。ここに居るのは、荒事には慣れている面々である。その内で一人として曲者の気配を感じ取れないというのは、可笑しい。

 不自然でない予測をするなら、いつでも奇襲を掛けることができたということに繋がる。


 ──もし、一息に切り込まれていたら。


 不意に、そんな予想が浮かぶ。

 瞬間、背筋を冷たい何かが這い回るような──そんな不快感が、頭から爪先まで駆け抜ける。戦士としての経験が、「それ以上考えるな」と警鐘を鳴らしていた。


 死の恐怖は、目と鼻の先なのだ。実感するだけで、恐ろしく肝が冷えた。

 だが目の前の男は、天気の挨拶でもするような口調で話し始め、木箱から飛び降りる。


 「よぉ、今日はいい月の夜だな。こんな風情ある日だ、物騒な光り物はしまえよ。だいたい、無粋だと思わねえのか?」


 自然な口調に、足運び、更には仕草。全ては堂に入ったもので、その端々からは或る種の気概が感じられる。それは察するに、己の力に対する絶対の自信である。最早異邦人などと侮って相対する訳にもいかなくなった。そうしたが最後、死体を晒すことになるのは必至だろうからだ。

 不意討ちの機会を手ずから捨てたこともあり、ほとほと説得力のある推論である。無論、そんな想像なぞしたくもないのだが。


 「おい、お前。何をじっと見てやがる?」


 そんな中、後方の一人が掴み掛かる。男は若いこともあってか、相手の実力すらろくに見定めずに手を出してしまったのだ。

 ──それが、いけなかった。


 異国の男は、組み付こうとした手をいなすと、半歩前に出る。相手の行動が勢いに乗る寸前の絶妙な機会である。


 まずい、と周囲が確信した時には既に、男の首に拳が打ち込まれた後であった。ひとしきり悶え、咳き込むと若い男は得物を閃かせる。頭に来たようで、目は血走っている。

 異邦人を嫌う気質がそうさせるのだろうか、瞳には狂気すら感じられた。


 「……畜生が。てめえなんざ、なますにしてやる!」

 

 年長者が止めるも、成果は芳しくない。寧ろ、火に油を注いだだけだ。加熱の度合いを増す激情は、制御不可能な域に達している。相手の嘆息は、酷く気だるげだ。夜盗達の焦燥は否応なしに募る一方である。


 束の間、両者が睨み合う。

 そして、男は弾かれたように飛び掛かり、得物を振りかぶった。だが、異国の者は臆することなく前に踏み込む。


 「のろまだな。これでは──」


 一際強く大地が踏み締めると、刀を流れるように反転させて柄を突き出す。瞬間、男の首から鈍い音が響く。その音は湿っぽく、何かが砕けるような印象を抱かせた。


 「──狼一匹殺せまい」


 崩れ落ちた男は、それきり身じろぎひとつしない。恐らく首を折られ、即死したのだろう。

 今この瞬間が悪い夢のようである。寄せ集めの一団とは言え、男達にとって仲間が死んだということは衝撃だ。それも突撃の力を利用した上で的確に殺しに掛かってきた。だというのに、そら恐ろしいほどに現実味がない。いっそこの一瞬の出来事を、幻か何かだとした方が分かりやすい程だ。

 

 「さて、お前達に聞きたいことがある。なに、ちょっとした話だ」


 目の端に、死体が映る。それは、警備隊のものだ。

 警戒も込めて視線だけ動かすと、異国の男の瞳には戦闘の余韻が感じられた。顔面がにわかに紅潮した様子から、殺しすらも快楽のひとつとしている雰囲気に気付く。


 (まさか、この状況もこいつが作り出したのか? しかもあの人数相手に? イカれてる。 ここは三十六計、逃げるに如かずだ)


 男の表情や仕草から推測し、経験と擦り合わせる。話のみを要求しているように見えるが、およそ穏便なものとはほど遠いだろうと察しがついた。

 判断を下し、厳めしい顔つきの男は叫ぶ。


 「──散開! 総員退避しろ!」


 退却間際、砂を男の方へ蹴りあげて隙を作り、夜盗一行は闇へ乗じて逃げ出した。


 ──これが、倉庫街にて起きたことの顛末(てんまつ)である。

 手近な場所に隠れるのに打ってつけの場所を見付け、厳めしい顔つきの男は岩影へと潜り込む。

 

 (……ここまで来れば撒いただろう)


 この場所まで実際、かなり走った。

 彼の体感でしかないが、少なくとも二里は移動してきただろう。加えて土地勘のない者だと分からない裏路地を、十五ほど抜けた。街を離れ、森林地帯へ出たこともあり、撒いたと考えていいだろう。

 息を整える時間も必要である。

 男は、体力の回復に神経を集中させるべく大きく息を吐く。


 「──っ!?」


 そこで足音が耳へ届く。

 走っているようで、一歩ごとの間隔は短い。

 小さく舌打ちを溢しながら、力を込め駆け出そうとして──足が(もつ)れる。

 見ると、足首に木の根が引っ掛かったようである。


 ──だあっ、くそ……こんな時に!


 「──よう、随分と遠くまで走ったな。まったく、見上げた体力だ。お前、本当にただの夜盗か?」


 体勢を立て直そうとして、固まる。

 目の前に、倉庫街で出会った異国の男が居たからだ。

 男は急いて間合いを詰めるようなことはせず、緩やかに歩みを進める──顔に(いや)らしい笑みを浮かべて。


 ──いよいよもって詰みか、冗談じゃねえ!


 咄嗟(とっさ)に取った行動は、握った砂を顔面目掛けて投げ付ける、牽制であった。

 ところが、男の目を潰すはずの砂は空を舞う。

 ──回避されたと、答えが出るのに一瞬を要した。

 彼とて荒事の経験を持っている。それも一度や二度ではない。先程の攻撃は意表をついたと自信を持って言える。だというのに、男はなけなしの足止めを難なくかわしている。


 驚愕に開いた口が塞がらないのは、致し方のないことだった。


 「……ほう、判断力もあるな。お前、年はいってるが、なかなかやるじゃないか」


 「あんたほど、やるわけじゃねえさ」


 男は声が震えないようにするだけで精一杯である。いっそのこと、卒倒した方がましだと考えてすら居るのだから尚更だ。

 察するに、腕の方は向こうが数段上だろう。


 「まあな。しかし、砂を投げる時に腕を振りかぶったのは不味かったなあ。まるで『何かするぞ』と言っているようなもの──(ぬる)いな」

 

 男はもはや、絶句するより他にない。

 必中を意図して投擲したつもりであっただけに、衝撃はひとしおである。

 そして剣を握る手は蹴り飛ばされ、武器を喪失させられてしまった。丸腰で、それも格上の相手取っての対峙となれば、結末なぞ見え透いたも同然である。


 ──避け得ぬ死。それだけだ。


 「……?」


 目を(つむ)り、来る死に震えながらも備えるが、艶然と輝く切っ先が急所を穿つことはなかった。恐る恐る開眼すると、刀を突き付けた向こう側で心底愉快そうに笑う顔があった。その顔は見るものの神経を逆撫でする、嘲笑の気配を滲ませている。


 「ふはは、いい顔だな。聞きたいなら教えてやる。『何故お前を殺さないか』──その理由をな。答えは単純。『使えそうなものは使おう』ってだけさ。それにしても、お前という男はなかなかに面白い。山賊崩れの夜盗かと思っていたが、どうも集団の統率経験があるようだしな」


 しまった、と男は冷や汗を流す。咄嗟の指示行動がかえって仇となったことに対して、今更ながらに危機感を募らせる。今この状況と、これからの状況には大差がない──否、これから悪化するのだろう。


 「さあて、話を本筋に戻すとしよう。俺がしているのは、人探しでな……。目標は、俺と同じ異邦人だ。“爪紅”って野郎なんだがな、この名前に聞き覚えはないか?」


 言いながら、男は横納刀にて得物をしまう。

 慢心も見受けられない。観察していたが、刃渡りを見せまいとするところはまさしく手練れのそれだ。

 恐らくは、こちらが飛び掛かることも折り込み済みと見える。


 「し、知らん! 異邦人とは言っても、貧民窟(スラム)には掃いて捨てるほど居る。有名なのでも、“爪紅”なんて名前の奴は居ねえよ。そんなのよか“赤雷”って奴のがすげえさ」


 「へえ。赤雷……ねえ──む? そいつは赤雷と言ったのか?」


 異国の男は意外にも赤雷の名に食い付いた。男は、意趣返しだとばかりに言った。


 「ああそうさ。十年ほど前から移り住んできた。デポトワール周辺を彷徨(うろつ)く殺し屋連中でも震え上がる、正真正銘の化け物だ」


 言外に「知らねえのか」という揶揄(やゆ)を込めて、心持ち嫌らしく言った。無論容姿、服装、髪型も余さず伝える。そんな彼の言葉をよそに、目の前の男は顎に手を当て考え込む。そして、唐突に笑い出した。


 「成る程、赤繋がりか!? こいつは幸先が良い。おい、お前。俺をその街に案内しろよ」


 「……あ、ああ、分かったよ。こっちだ……後ろから斬るなよ?」


 「逃げなければ安全は保証する」


 適当な口実で逃げ出す算段であったが、釘を刺されてそれはあえなく水泡に帰した。暗澹(あんたん)たる想いを引きずる男の背に、思い出したような声が掛かる。


 「そういえば、お前の名前はなんだ? 呼び名が“お前”じゃあ、大した連携も取れんだろうからな」


 妙な男だ、と吹き出しそうになるが、刃を向けられそうな状況であり慎むことにした。死因が軽口と有っては、死んでも死にきれないだろう。


 「……アルベール=クラヌだ。宜しくな、異国の御仁」


 「蘭竜胆(あららぎりんどう)だ。この国のことはまだ右も左も分からんが、宜しく頼む」


 ややぎこちなくも、男は蘭へと向き直って手を差し出し、握手を交わす。それから、疑問を口にした。


 「そう言えば、あんたは人探しと言ったな? もし“赤雷”の野郎が目標の人物だったらどうするんだ?」


 蘭はそう問われるや、口の端を吊り上げる。アルベールは嫌な予感が増大していくのをそれとなく感じとる。

 歓喜とも憎しみともつかぬその顔は、どちらかと言えば悦びの笑みと感じられた。無論その笑みは戦闘狂が浮かべるような、威圧感を覚え、寒気が走るようなものではあるのだが。


 「……決まってる。もしそうなら、何をしてでもぶち殺す」


 自ら崖へ突撃するような気分を味わいながら、アルベールは蘭を伴って夜道を先導する。

 「明けない夜はない」と言うが、これほど長い夜もそうはないだろう。


 刺すような緊迫感を背に、アルベールは胸中で己と部下たちの不運を深く憂いていた。

少し補足すると、倉庫街と銘打っていますが、現代のようなものでは断じてありません。

木製ですね、木で出来たプレハブみたいな(10/19訂正)



あまり書くとテンポを損なうかと判断し、敢えて描写していません。今更ですがね。

というか、割りと描写がくっついてくる作品なので、多くを書きたくないのが本音です。


というか、あまり説明したくないですね(汗)

どうしても描写しないと不備が付きまとう上に、矛盾が発生するんですよね。





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