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異端ノ魔剣士  作者: 如月 恭二
四章 暴虐の魔剣士
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当惑

意中の女の子に、「……フッ、勝った!」とどや顔で宣ったら、美容の施術中に打たれました。

──解せぬ(´・ω・`)

 「せっかく送り出してくれた皆には悪いけど、これじゃあ先が思いやられるな」


 悪路の不快さと、野盗の襲撃に頭を悩ませながら移動すること一月。疲弊(ひへい)した身体を引きずって、ようやく到着したかと思った矢先、シガールは随分な可愛がりに遭ってしまった。叶うのであれば、すぐにでも柔らかい布団に埋もれて、泥のように眠りたい気分なのである。誰も居ないことを確認するなり、彼はぼやいてしまった。

 とは言え、遅れて届いた荷物の整理もまだ済んでいない。もっとも、簡単な武具に形見の剣、それに赤雷が渡してきた刀に手入れ用の道具が一式(そろ)う程度だ。疲労困憊(ひろうこんぱい)なせいか、少ない身辺整理さえままならない。

 問題は山積みなのだ。


 平和()けした騎士達が如何に改心しようと、低下してしまった練度は一朝一夕でどうにかなるはずもない。隣国との摩擦が衝突に変わってしまってからでは遅すぎるのだ。ジェロームの統率力がそれなりだと仮定しても、不測の事態がつきまとう実戦で動けるかは怪しい。お世辞にも指揮系統が機能しているとは言えないだろう。


 (見る限り、模擬戦をろくにしていないようだ。そんな連中に対して急に辛い修練を始めても、効果は薄いんだよな……)


 最も重要な模擬戦を疎かにしていたのでは、いざというとき動けないばかりか恐慌に陥りかねない。そこでシガールは、ふと赤雷の仕打ち──もとい修行を思い浮かべる。彼の考え方やその内容も大いに賛同できるものの、付いてこれるだけの者は居ないだろう。加減を間違えれば、まず間違いなく人心は離れてしまう。


 「早速つまずいてしまった」


 そんな時、ノックが聞こえる。どうやらジェロームらしい。目上で、接した時間が短い故に緊張が走る。人となりが掴めていない以上、致し方の無いことだ。


 「失礼するよ」


 「どうかされたんですか?」


 素知らぬ風で話すシガールだが、内心は不気味に思っていた。あの一件以降、彼らの対応があからさまに変わったからだ。何しろ一軍の将であるはずのジェロームが、いの一番に若輩者だからと(そし)って来たのである。それが今や、その当人が丁寧に話をしようとしているのだ。

 尋問しようかという考えが脳裏を(かす)めるが、性急で短絡的かつ乱暴すぎると思い直す。どうやら、赤雷の容赦ないやり口がすっかり身に染み付いてしまっているらしい。


 ──いくら後ろから刺されるかも知れないからとは言え、我ながら何とも嫌な習慣だ。


 疑わしきは罰せよ。これは、アルシュと赤雷の口癖である。また嫌なことを思い出した、とシガールの気疲れは更に増す。

 一度思い浮かんでしまえば、最適な手順(・・)が即座に分かってしまう。自覚して、彼は自己嫌悪に陥りかけた。


 「あぁ、どうにも困っているようだったからね。まあ、俺も困ってはいるんだけれど」


 「俺でよければ力になりましょうか。持ちつ持たれつ、ですよ」


 「ところで、何やら怖い顔をしていたが……今は平気なのかい?」


 「少し気分が良くないのですよ。見苦しいところを見せてしまいましたね」


 お大事に、と話す様子を見るが、何か善からぬことを考えている訳ではない様だ。本当に心から改心したのではないかとさえ思えてくる。


 「さて、実のところ隣国の動きはローランから聞いていてな。視察も入って、そりゃあもう散々な言われようだったんだ」


 曖昧な返事をするシガール。肯定も否定も出来ないのは中々苦しいものがある。どちらにせよ、真っ当に答えれば失礼に当たるからだ。


 「書簡も届いて、新しい人間が入ることは知っていた。それが若い男だってことも──。正直、呆れて適当な奴を(あて)がったんだろうと思って居た。だが、実際に見ればかなり腕は立つし、人当たりも良い」


 「褒めても何も出ませんよ?」


 笑って答えるシガールに、ジェロームは束の間黙り込むと口を開く。


 「……東へ一里離れれば町があって、そこには妻と娘が居る。これは、平和を良いことにのさばってた俺達のつけなのかも知れない。それでも、せめてあいつらを守ってから死にたいんだ。きっと他の野郎だってそうさ」


 赤雷がこの場に居れば、まず間違いなくこう話すだろう。

 『それこそ(あめ)ぇってンだよ。てめぇ、一度死ね。それでも尚足掻きたいと言えるなら。血と泥の中で無様にくたばる覚悟を固めて剣を取り、槍を持て』と──。

 事実、悪いとは思うが彼も内心そう思っていた。こうなったのは他でもない、彼ら自身の怠慢が招いた結果でしかない。その上、問題の解決を他人任せにするような根性がいけ好かなかった。不憫(ふびん)なのは守られる側だ。

 力の無い男達に頼るしかなく、その果ては無惨な死のみが横たわる。それはそうだ。無力な者から死んでいくのが闘いの摂理だ。そこに慈悲や憐憫と言ったものはない。民の必死な命乞いを、血気盛んとなった前線の兵士(けだもの)どもが聞き入れるはずもないのだから。

 邪魔な男だけを殺し、或いは目の前で凌辱の限りを見せ付ける為に生かす。そして、美しい女達の身体を貪る。飽きれば殺す。

即ち、兵士とは誰かを救う一方で、畜生の側面を併せ持つのである。


 (……(いや)なもんだ)


 彼はそれを恐らく知らない。そうでなければ、今の今まで遊び呆けてなどいない。実戦が無いからこそ、戦というものに幻想を持ち込む。

 鋭い頭痛がシガールを襲う。隊商を潰滅させられた日のことが浮かんだからだ。


 ──悪党に慈悲の心は欠片もない。なればこそ、こちらも非情を以て当たる。背中を晒すのは、止めを刺した後だけだ。


 「頼む、君だけが頼りなんだ。俺を、あの連中を鍛え上げて欲しい」


 「それは構いませんが。そこまで言われるのでしたら、内容に関しては一切容赦しませんよ」


 「俺からよく言っておくとも! 任せて欲しい」


 そこでシガールは、ようやく折れる。真っ直ぐな姿勢に虚がないことに気が付いたからだ。全てが真意に由来するものではないだろうが、ある程度信頼しても問題は無いだろう。

 ジェロームの顔が晴れる。


 「助かる! あぁ、ローランじゃなくて良かった」


 ──なんだ、そう言う人だったか。


 心の声が駄々漏れである。

 要するに、ローランに散々叩きのめされたか、説教を食らったことがあるかと思われた。もっとも、シガールがあの場で戻ってローランに直談判すれば、ジェロームにとって状況は一層悪化しただろう。浅慮が元で失敗する手合いと同じ臭いがする。

 彼は、今まで悩んでいたのが一気に馬鹿馬鹿しく思えてきた。


 「ではジェロームさん、さっそく練兵場に行きましょう──勿論、サシで」


 俺、こう見えても割りと手加減出来ない質なんですよ。その言葉を聞いたジェロームの顔がひきつったのは言うまでもない。

 七〇にも及ぶ回数の模擬戦を行ったが、彼は結局一矢報いることすら叶わず、汗だくで練兵場に転がるのであった。

 とは言え、彼の食い下がる姿勢は言葉通りのものだ。疲れは一層酷いものに変わりはしたが、それに見合うだけの成果は多少なりとあるはずだ。

 部屋に戻ると、シガールは寝具に倒れ込む。彼が意識を取り戻すのは、とうとう翌日の夕方になってしまった。

 ジェロームの心配する優しさが、少し心に刺さる。シガールが目を覚ましてから、なんと小一時間も付き添ったのだ。前日、その性根を叩き直すつもりだったとは言え、流石に申し訳ない気分になったのだ。本当は心優しい人物なのかもしれない。


 「嫌いにはなれないな。そうなると、俺は少し甘いのだろうか」


 夜になり、シガールは誰にともなく呟いた。

……何が勝ったのかというと、ズバリ“まつげの多さ”。

僅差で私が多かった。

因みに打たれたところは結構痛かった。


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