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異端ノ魔剣士  作者: 如月 恭二
四章 暴虐の魔剣士
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異動 肆

アサシンは朝死んだ。

 「団長はここだと言っていたけど……」


 シガールは、団長が指定した小料理屋へと入った。大々的に掲げられている看板には、達筆で“羊の尻”と書いてある。独特な美的センスと店名に苦笑するしかない。

 薄汚れた外装とは裏腹に、中は小綺麗に片付けてあるようだ。足を踏み入れると、仄かだが牧草やミルクのような薫りに混じって、肉の焼ける匂いがした。更に、何を焼いているのか。何かが腐ったような薫りまで立ち込めている。


 「──(くさ)いな」


 「やあ、シガール! 私はこっちだ」


 外野から、「若えのにはちとキツいか」などと野次が飛ぶなか、ローランがシガールを認める。濃密な酒精に、彼の眉間の(しわ)が一瞬ながら深くなった。出来上がった人間もおり、ちょっとしたお祭りのようだ。笑いながら、ローランは言った。


 「やはり臭いと思うか」


 首肯するシガール。促されて着席し、匂いの元を訪ねてみる。


 「あぁ、若い羊と老いた羊を供出しているんだよ、ここは。好き者は、狼の肉を頼むらしい。ものによるが、筋っぽさがあるとかなんだとか。腐ったような匂いは、大方それだろうな」


 「注文は是非、羊でお願いします」


 「おっと、抜け目が無いな。流石だ」


 肩をすくめ、おどけて言うローラン。質実剛健な彼ではあるが、これで中々冗談が好きなのだ。英雄色を好む、と言うべきなのか。一晩で女を四人囲った事があるだとか、なにかと話題に事欠かない人物である。当初は意外な行動や言動の連続で驚いてばかりだったが、今となっては慣れたものだ。

 雑談の合間に注文を済ませると、彼は呟くように話し始める。


 「……約四年、か」


 「何がです?」


 「シガール、お前と共に過ごした時間だよ」


 早いものだ。そう続く言葉にも、感慨深げな響きが伴っている。羊肉と玉菜(キャベツ)の炒め物など一通りの料理が届くと、二人はどちらからともなくつつき始める。


 「これ、旨いですね」


 「うむ。しかし、お前は変わった」


 「……いきなりどうしたんですか? 確か、以前も同じ話をしましたよね」


 その以前から、恐らくまだ半年と経っていないはずだ。にもかかわらず、こうして改まって話をするというのは、シガールにとっては何だかむず痒い思いである。

 確かローランは、スブニールが流刑に処された時からのことを話した。あの時のシガールが、あまりにも不憫で消えてしまいそうだったと言うこと。悲しみにうちひしがれる事なく、立ち直った事実に関心している、というような内容だった。


 だが、彼に言わせてみればそれは違う。

 修練に打ち込むより他に、すがる道が無かったのだ。常に誰かの為にと剣を振るい、そして這い上がってきた。それでも尚、両の掌から命はすり抜けていく。無力感というものは、いや応なしに迫るものなのだ。幾夜も悪夢に苛まれ、眠れない日も続いた。


 ──変わったのだとすれば、それは付属する結果のようなものでしかない。俺は、弱いんだ。


 評価されることは嬉しい。だからと言って、在りようを曲げる訳にはいかない。無意識に、拳を握り込む。


 「そう構えるな。とは言え、私も少々不本意なのだよ。お前を西方に飛ばすだなどと……」


 「それは、決定事項なのですか?」


 「残念だが、私では変えられない」


 半ば予期していた事だ。もって回ったような話し方は、驚かせないようにする為の配慮。少しでも違和感を覚えれば、内容は大方の察しが付く。


 「それに、西方はここ最近良くない噂があってな。西に隣接しているアムーなんだが、不穏な動きがあるようなんだ。長らく平和だったせいか、直近の視察では最低の評価しか聞かない」


 「そこで俺ですか」


 「真面目で同輩からの信用もある。実力、剣の指南と申し分のない人物となると他に無かったのだよ」


 そう言って、ローランは書簡を取り出す。顔を歪めているところからするに、通達の書類に違いない。


 「幾らなんでも買い被りでしょう」


 「謙遜は美徳だが……いや、説教は要らないな。おい出てこいよ、皆!」


 すると、ぞろぞろと見慣れた顔がやって来る。モーリスやポールの姿もあった。喜色満面とはまでいかないが、ほとんどの者が笑顔である。中には、少しだけ寂しげな面持ちをしている者も居るようだ。


 「モーリスの奴が聞き耳を立てていてな。『笑って送り出してやろうぜ』と言って聞かなかったんだ。それで気が付いたら……こうなっていた」


 余計なことを言うな、とローランを肘で小突くモーリス。お調子者のポールまでもが、「いつも思ってたことだけどな。ちょっとばかり水臭いんだよ、お前」と笑っている。困惑していると、怒濤(どとう)のような話をローランが(さえぎ)った。


 「ほら、言っただろ。お前は自身を過小評価し過ぎなんだ。こんなにも、お前のことを気に掛けてくれる仲間が居る。私も心苦しいところだが、これは素晴らしいことじゃないか。なあ、シガール?」


 馴染み深い仲間と離れることに抵抗があるものの、シガールは目頭が厚くなる。


 「こんなに嬉しいことは、本当にいつ以来だったか……。ありがとうございます」


 嬉し涙と同時に、笑顔が咲く。おのおの剣のこと、抱き心地が良かった女のことを話す。それでも、シガールの話題が大半を占めていた。彼はこの時、久方振りに笑うことが叶ったのである。

 別れに涙が必要ないこともあると実感した瞬間だ。彼にとって、この日は忘れ得ない思い出となった。

アン ポン ターン(謎の掛け声)!

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