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異端ノ魔剣士  作者: 如月 恭二
三・五章 滅亡ノ鐘
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終局 壱

分割せずに投下しようとしようと思っていたら、二週間がかりになるのでやめました。

ぶっちゃけ、繋げてしまうと読むのも書くのも面倒臭いと思いました(真顔)

 急速に浮上する意識の中、赤雷は敵に貫かれるミシェルの姿を見た。光を失う瞳と、地面へと落ちる細腕。


 (そうだ、俺はあいつを救えなかったのか)


 喪失感があるが、それもうっすらとしたものだ。或いはあまりにも衝撃的で、感覚が麻痺したのかも知れない。それでも、胸のうちに渦巻く憎悪と怒りは本物に違いなかった。腸が煮えたぎっているかのようだ。


 「この、雑魚ども──がッ!?」


 怒声も高らかに跳ね起きた瞬間、彼は激痛に(もだ)えた。

 「…………夢なのか? しかし、俺はミシェルを置き去りにして倒れたはず。何故俺が無事なんだ」


 周りを見回せば、敵も城の壁もない。様子を見るに、ここは小屋の中のようだ。それも、雨もしのげないほどの荒屋である。悲しいかな、経年劣化による穴のお陰で風通しが非常に良い。彼は少し肌寒さを感じる。ただ、そんな彼の身体には幾重にも包帯が巻かれてあった。

 アルシュにしては珍しく、大雑把な手当てだ。傷口のそれが外れて露出している。瘡蓋(かさぶた)で塞がってはいたようだが、今の衝撃で開いてしまったらしい。見れば血が(にじ)んでいた。

 ミシェルを案じ、声を出すが姿が見えない。最悪の想像に、背筋が粟立(あわだ)つ。


 「まさか本当にあいつ、は……?」


 冷静さが戻り、微かな寝息に気が付く。視線を下に向けると、床にミシェルが寝ていた。無防備極まりなかったが、目の下には隈が出来ている。不眠不休だったのだろうか、赤雷が多少身動ぎしようと、起きる気配がまるでなかった。

 手元には所々が赤黒く変色している包帯がある。交換してくれたのは、彼女だったようだ。掌も血に濡れていたのか、そこもやはり変色していた。

 戸惑っていると、彼女が寝言を言い始める。口汚くはあるが、赤雷に死んで欲しくない旨を繰り言のように呟いている。時折うなされるのは、やはり赤雷が危なかったからだろうか。

 嬉しい反面、何故か納得いかない心境がない交ぜとなる。何せ、つい一月も前には斬り掛かってきた相手なのだ。ここまでの変化となると、内心では何か良からぬことを企んでいるのかと勘繰ってしまう。もっとも、その疑念もすぐに霧散する。駆け付けた前後で態度はかなり違っていたからだ。彼女は彼女で、何か思うところがあったのかも知れない。


 「まったく。馬鹿だよなあ、お前。こんな死にかけの異邦人よか、大事な男が居るんだろ。そいつを想っててやれよ──嫌われるのは、もう慣れてるんだからよ」


 「赤雷。貴様、ようやく目を覚ましおったか」


 余韻も束の間、アルシュが部屋に入って来た。普段通り、気だるげな面持ちを崩さない態度に苦笑いが漏れる。強いて変わっている点を上げるなら、声音がやや小さいことか。しかしそれは、ミシェルのことを気遣ってのことだろう。言葉に刺々しいものが無いと感じ、思わず感想を漏らす。


 「へえ、意外だな。もっと激しく罵られるかと思ったぜ。それともなんだ、今のあんたは時化(しけ)る前の海みたいな心境なのか?」


 「なんじゃその物言いは。それでは儂がお主を詰問するようではないか」


 「違うのか」


 儂をなんだと思うておるのか。嘆くような言葉とは裏腹に、顔は微塵もそう思っていないようでもある。この男はいつもそうだ。本当に切羽詰まった時には人間味が感じられる一方、平時においては真意を汲みかねる曲者なのである。そしてそれこそが、この男が長年を通して学んだ世渡りの術に違いない。その証拠に彼が時折見せる優しさは、基本的に子供たちにしか向けられていないのだ。


 (本当に食えねえ御仁だぜ、まったく)


 「まあ、その推測も強ち間違いではないが、な」


 そら見ろ的中だ、と彼は言わない。それを口にする資格がないからだ。成る程、確かに赤雷はミシェルを救うべく身を挺した。拘束されて絶体絶命の窮地を潜り抜け、暗殺達成後の逃走を助けるべく、自ら殿(しんがり)を務めた。だが、奮戦も空しく意識を失い、彼女を危険な場所に置き去りにしてしまっている。責められて然るべきなのだ。


 「なあ、赤雷」


 「おう」


 消沈した様子のアルシュに、赤雷は茶化す気など微塵もない。


 「お主、此度(こたび)の依頼料はどうする気なのじゃ?」


 「……は?」


 「しらを切ってもそうはいかんぞ。街中は大混乱に陥ったばかりか、逆賊を討たんと躍起になった馬鹿どもが血眼になって儂らを探しておった。自らを大義名分のある勇士にせんとばかりの勢いで、な。町の者ならばともかく、兵士と傭兵総出と来ておる。こちらはこちらで、お主を担ぎ出して脱出するだけで精一杯よ。無論、報酬も受け取り損ねている──さて、どうしてくれる?」


 追及するなら、もっと別の点ではないのか。赤雷は、心底そう思った。何より、アルシュが我が子のように可愛がっている少女を、危うく死なせるところだったのだ。最早殴り飛ばされても甘んじて受け入れる覚悟でいた。それがどうだ、蓋を開ければ収入が無いだのと喚いている。以前も似たような状況があり、その折りに彼は普段からは想像もつかぬほど激昂し、赤雷を火鋏(ひばさみ)で殴打したのだ。それが元で流血したのは言うまでもない。とんだ肩透かしもいいところである。赤雷は彼を制してしまう。


 「おい先生、どうしたんだ。俺はてっきり、ミシェルが死地に立たされたことで(なじ)られるもんだとばかり思っていたんだが」


 「あの時は、お主の過失によるところが大きかったのでな。今回に至っては儂にも、急きすぎていた感はあろう。計画にしてもそうじゃ、期をよく窺うべきじゃった。赤雷──お主だけ責めるは、それこそ筋違いじゃて」


 驚いたのは赤雷だ。前の件も、今更ではあるが彼は謝って来た。謝罪の言葉にむず痒くなる思いだが、彼の懸念も払拭してやらねばならない。疑念が首をもたげるものの、それは今必要なものでは無いのだ。懐に手をやり、懐紙に包んだ何かを取り出す。


 「構うこたぁねえさ。それよか、話し中に水差して悪いが……ほらよ」


 無造作に放られたものを、アルシュは危なげなく受け取ると、紙を剥がしていく。中に入っているものに紙が張り付き、取り外しにくい。が、品物を確認し、彼が声をあげる。そこにあったのは金貨だ。二〇枚はくだらないだろう。予想外のものに、アルシュは硬直してしまった。


 「な、なんじゃこれは。お主、一体何をしでかした?」


 「あんた、俺があの町民連中を信用していないという話をしたのは覚えているか。そして、偵察を始めた二日間だけ、俺が別行動を取ったことは?」


 「覚えておるとも。そのくせやたら手早かった、とは思うておったが」


 「連中は素人だったからな、盗み出すのは造作も無かった。俺らに渡すはずの金だろう。それが消えたんだ。今ごろは、きっと目ぇ剥いてやがるぜ」


 アルシュの口角が上がる。徒労だと考えていたからこそ、喜びも大きいのだ。彼の胸中に、僅かばかり赤雷を責め立ててやりたい気持ちが芽生えるが、やがてそれも消えた。情報を集め危険を排除することも肝要だが、利益を求めている者として、その行動は正しいからだ。

 裏稼業から身を引くとは言え、習慣はそうそう抜けるものではないらしい。


 「しかしだ、先生。俺は本当に驚いたぜ」


 「お主がそこまで嬉々として話すとは、珍しいのう」


 「これは言えなかったことなんだが……。ミシェルの奴、俺が気絶する前に、領主の兵と俺の間に割って入ったんだ。そして、あろうことか一対多という寡兵の状況で、女だてらに大立ち回りをやってのけたんだぞ。今俺がのうのうと生きてるのも、この子のお陰なのさ」


 「ほう」


 赤雷が語る経緯(いきさつ)にアルシュは感嘆の声を漏らす。怒りを繕っている様子はない。そうか、そんなことが。言葉を返す彼も、食い気味である。

 或いは、仲間として団結する意識が高まったことを純粋に喜んでいるのかも知れない。


 「成る程。状況は分かった。それはそうとじゃな、儂も黙っておったことがひとつだけあってな。……もう良いぞ、入りなされ」


 その言葉からおくこと数拍(すうはく)。扉が、軋んだ。常に警戒を欠かさない赤雷が、感じ取れないほど希薄な気配。床も年季が入っており、足音を立てずに移動することは難しいだろう。アルシュが現に足音を殺せていない。だが、その第三者は違う。おぼろげながら、近付いているだろうことは分かる。裏を返せば、気のせいとも取れるということだ。彼がまったく身構えていないことから、不安は増大する。そんな心境を知ってか知らずか、不気味なほどの静けさで、それはやって来た。


 「──なッ!?」


 そこには、外套を羽織った人物が居る。それを認めた瞬間、赤雷は絶句した。外套は裂かれて襤褸(ぼろ)となり、幾筋か血の流れたような痕跡がある。床に赤黒いものも落ちた。しかし、彼が驚いたのはそこではない。

 あの激突の直前、放り投げたはずの得物がその人物の手中にあったからだ。

次回、外套の下の正体とは!?

……書いてて思う。

何故エンディングフェイズで新しい人物が増えるのか(汗)


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