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そうして私は、都合のいい人を紹介してもらった。
順当というべきなのか、水商売をしている女性だった。その女性を食べて、私はその女性にきわめて近い姿を手に入れた。
これで、もう大丈夫だと思った。
甘かった。
悪い人達が一網打尽にされてしまったのだ。
水商売の女性の家にも、捜査の手が伸ばされた。
その数日前に別の誰かを食べていなかったら、俺もきっと捕まっていただろう。
……副作用の所為か、頭痛が酷い。
本来の自分とは離れすぎているものに成ろうとするのは、あまり良くなさそうだ。
あぁ、だから今こうして、自分に近いと感じた女性を食べているわけだけど、ずいぶんと食べるのが簡単になった気がする。今では二時間もあれば完食だ。
成長を感じて、とても嬉しい。
でも、食べた後に、強烈な眠気がやってくるのは、逃亡中の身としてはあまり良くなくて……
§
……無数の悲鳴が、いたるところから飛び交っている
その煩さに眉を顰めながら、私は重い頭を支えるように手を当てつつ、体を起こした。
ここは、どこだろうか?
周囲を見渡して、私は昼食に喫茶店に入った事を思い出した。そこでコーヒーを一杯飲んだところで、急に意識が飛んだ――いや、違うな。
私は、喫茶店で人を食べていたのだ。
彼女でもないのに美味しそうに見えてしまって、我慢できなかった。
――でもないのに……
「…………嘘、嘘よ、こんなのあり得ない」
名前が出てこなかった。
誰よりも何よりも愛している彼女の名前が、思い出せない。
どうして?
どうして、こんな理不尽が許されるのだろうか?
一体あたしが何をしたっていうの? 夫の暴力に耐えて、祖父の介護に耐えて、殺すなって言う方が無理でしょう?
いや、違う。これは俺の記憶じゃない。
俺?
俺は私じゃない。
違う、
違う、違う、違う!
あたしは、わたし、私は――
その時、左腕に痛みが走った。
何事かと視線を向けたら、男の人が私の腕を噛んでいた。
まあ、別に今ここでは珍しくもない。
なぜなら、みんな食事中だからだ。みんな、人を食べている。食べられている人の中にも、悲鳴の代わりに噛みついている人がいる。
そしてテレビでは、今私がいる地方都市の一部がウイルスの所為で封鎖されているなんて話が出ていて、まるきりゾンビ映画みたいで笑ってしまった。
残念ながら、違う。
ここの死体は動かない。生きている人が、生きている人を食べているだけだからだ。
それ自体は何の奇跡でもない。倫理が狂えば簡単に起きる事。私にとっては、とても良い隠れ蓑。うん、きっとこれは良い流れ。そうに違いない。
とりあえず、私は腕の痛みを解決するためにバッグから鉈を取り出して、男の人の頭部を勝ち割った。
うん、すっきり。
暴力って嫌いだったけれど、こんなに気持ちがいいのなら、もっと早く染まれば良かったかな。
「――ふふ、ふふふ」
なんだか可笑しくて、笑い声が零れた。
でも、楽しい気持ちはより激しい痛みと共に消え失せる。
遅れて届けられる、耳を劈く破裂音。
銃で撃たれたのだ。胸に大きな穴が開いてしまった。今の私以外だったらきっと即死だった。
その恐怖のおかげで我に返れたけれど、すぐに込み上げてきた怒りが冷静さを攫っていく。
当然だ。だって、私を撃ったのは、私が一番許せない相手で、私が一番欲しかったものを蔑ろにした相手で――
「――九条、アカリ」
憎悪によって言葉が漏れた瞬間、あまりの皮肉に少し涙が零れた。
誰よりも愛している彼女の名前を忘れてしまったのに、この女の名前は憶えているだなんて、冗談にもほどがある。
やっぱり他人に任せずに、自分の手で攫って、自分の手で殺すべきだったんだ。その所為で私は…………あぁ、けれど、彼女への愛を改めて思い出せたのは良い事だ。
この気持ちを糧に、私はきっとこの窮地だって乗り越えて、彼女の全てを愛して
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
これには愛憎の物語は完結となります。
少しでも楽しんで頂けたのなら幸いです。




