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1-9

『――愛しているんだ。誰よりもお前の事を』


 泥にまみれた水底から、気持ちの悪い声がする。

 ぼやけているのに鮮明で、遠いのに近い。


『――他には何も要らない。お前さえ居てくれればそれでいい』


 声が響くたびに、頭痛も激しくなっていく。

 耳元で響く荒い呼吸に、背筋が凍り付いて――


『――汚い手で、アカリに触るなっ!』


 鈍く嫌な音が、右手から響いた。

 私はいつのまにか学校の廊下に居て、めった刺しにした死体が床には転がっていた。

 そいつは、ゴボゴボと血の泡を噴きながら、


「――お前を愛しているんだ。死んだって、この気持ちは変わらないんだ。永遠に、永遠に、永遠に、私はお前を愛してるよ。だから、ほら、ほら、ほら! もっと歪んだ顔をみせておくれ。もっと! もっと!」


 言葉に血でも吸われたかのように、急に立っていられなくなって、私はその場で両膝をついた。

 心臓が不規則に暴れて、呼吸が上手くできなくて、四肢が痺れだす。

 じわりじわりと冷たい汗が全身から噴き出して、意識が遠退いていく。

 ……あぁ、死にそう。

 でも、大丈、夫。この感覚には、慣れている。

 頭の中に、アカリの顔を思い描いて、『大丈夫だから、私もいるから』という彼女の言葉を再生させて、しばらくじっとしていれば…………ほら、心臓の痛みが引いてきた。

 異様に大きく聞こえていた自分の呼吸音も正常に、冷え切った手足にも血液が戻って来る。

 そうして落ち着いたのを確認したところで、最後にゆっくりと深呼吸をしてから、私は目を開けた。

 すると、目の前には私と同じように膝をついて、しくしくと泣いている見覚えのない制服姿の少女がいた。顔にモザイクの掛かった少女だ。

 これは、私がその相手の顔を忘れてしまっているから起きている現象なんだろうか? それとも、本当に知らない誰かが出てきたのか。

 なんとなくだけど、前者ではない気がした。

 今までも見てきたもの違って、この胸に何も刺さらなかったからだ。他人のドラマをみせられている感じ。

 けれど、もし後者だとするなら、この少女はいったい何者なのか……?

 候補として思い浮かんだのは、此処が夢の世界だとリピートしている声の主と、『常夢』と呼ばれるこの呪いの発生源の二つ。

 こちらも濃厚なのは後者だろうか。ささやかな才能という武器が、世界を呑み込む呪いに変わってしまった人物。


「お願い、ここから出してっ!」


 その少女が、悲痛な声をもらした。

 推測が確信に変わる。

 思い出したのだ。私は、この世界で最初に彼女に出会った。

 そして、そう、あの真っ白な部屋で押し倒されて――


「――ねぇ、無視しないでよ! 教えてよ! わたしは、一体誰なの?」


 朧げな記憶を再現するように、彼女は私をまた押し倒し、真っ直ぐに顔を合わせてきた。

 瞬間、モザイクが剥がれ落ちる。

 彼女の姿が露わになり、私の呼吸を止める。


 ……あぁ、そうか、だから急がないといけないないんだ。


 彼女の顔には、口しかなかった。

 他の部位はぐちゃぐちゃに溶けてしまっていたのだ。きっと、自分という存在を殆どに忘れてしまったから。


「――あなたも忘れましょう? 仲間になりましょう? 見たくないでしょう? もう」


 骨というものを失ったような奇妙な感触の手が、私の首を絞めつける。

 さらに迫って来たのっぺらぼうな顔から、ドロドロと溶けおちてくるものが頬に触れた瞬間、


『――センパイ』


 という声と共に、そう呼んでくれた誰かの顔が、顔を真っ赤にして私に告白してきた誰かの顔が、ごしごしと消しゴムでこすられたみたいに歪んで潰れた。

 靄ではない。完全に、それが自分の中から消えたのがわかった。

 もう思い出せない。それが男だったのか女だったのか、そんな重要な事すら忘れてしまった。

 このままだと、私も――


「気安く懐くなよ? 薄汚い化け物が」


 ――はっと、意識に鮮明さが戻ると、そこは異様なほどに真っ白な一室だった。

 遠近感を狂わせる、私がこの世界で最初に訪れた空間。

 周囲を見渡してみると、中央に真っ白な机と真っ白椅子があって、その机の上にはA4サイズの紙と黒色のボールペンが置かれている。

 そして、その紙には、私に纏わる10の質問が記されていた。


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