・鬼・が出るか”蛇”が出るか。
大きな音が鳴っている。
巨大な猛獣の唸り声にも、ドデカいエンジンを積んだ大型車にも聞こえる。
空気が震えるほどの重低音が、一定の間隔で森を揺らしていた。
草木を掻き分け、森を進む。
“折れている”黒い塔――そのふもと近くの森に、ようやく辿り着いた。
流石に問題となる起点の場所。
大量にゴブリンが居たけど、何とかここまで来れた。
青鬼と戦っていた場所からは距離があったせいか、
あの時は気づかなかった。
だが、”折れた塔”に近づくほど…………。
音が、大きくなっていく。
その音は、定期的に聞こえるようになった。
何の音なのか気になるのは当然なんだが、気にしなきゃならないことがまだある。
まずは、そうだな…………。
「……上か………。」
”折れた”黒い塔。
本来は真っ直ぐ天高く伸びていた筈なんだろうが、その中間あたりから、不自然に折れ曲がっている。
まだ、繋がってはいるんだろうが、強い刺激でも与えたら折れてしまうんじゃないかってほど、危うい折れ方をしている。近づくほどに威圧感と危うさがあって、怖い。行先がそこなのに、逃げたくなる。
「……次は、下だな……。」
黒い塔の下。ふもとに位置する場所には、
拠点が建てられていた。
え?お前ら建築できたの?
って思うほど普通のファンタジーに出てきそうな拠点。
いや、あんまり蔵書に深くはないんで、”普通”かどうかわからないか。
でも、人が数人は暮らせていけそうな場所がある。
「……いや、おかしい。」
数人規模じゃあ、あれだけのゴブリン。
渓谷を埋め尽くすほど数じゃあ、拠点としては数が足らない。
「なら、別の場所も拠点にしてる?」
いや、ゴブリンの来た場所は明らかにここを指している。
まあ、あれだけの量だ。
数百体を住まわせる程の場所ではないから、間引きのために口減らしとして野に放ったのか?
「それでも、変なんだよな。」
定期的に、ゴブリンが進軍している。
渓谷__白い塔の町に向かって進んでいる。
今いる場所は、折れた塔のふもとにある拠点のその周りにある森。その木の陰に身を隠している。
”折れた”黒い塔と渓谷への道を前としたら、ちょうどその間反対。“裏側”にいる。
塔の前でスパイごっこ――いや、“情報収集”をしていたが、
ゴブリンの行進が止まらないので、仕方なく後ろに回った。
ふざけてたわけじゃない。真剣に楽しんでただけだ。
「そして、最後に音だな。」
聞けば、聞くほど不安になってくる。
戦に対して、猛る音にも聞こえるし、悲鳴を上げている声にも聞こえるんだ。
何が、待ち受けているかわからない。
でも、たぶんここが最後に休憩できる場所かな。
ウィンドウを操作しながら、スキルを整理する。
「MP(魔力)も、今回復してるし。」
インベントリの整理を始める。
「…………たぶん、使うだろうアイテムを上に持ってきて…………。」
ぼそぼそと、独り言を言いながら画面で、整理していると。
__ペシッペシッ。
「………ん?どした?」
頭の上の住人。住猫?
黒猫__閏尾に呼ばれる。
閏尾が視線を下げ、
__フンッ。
馬鹿にしたように、鼻を鳴らす。
「…………ん?これが、気になったの?」
キクシオは視線を落とし、律儀に両手で《青鬼面・片面》を持っている。
閏尾が、どうして馬鹿にしたように鼻を鳴らしたのか。
「まあ、だいたい理由はわかるけど…………。」
青鬼からドロップして、ここまで来るまで、一度も両手から離さず、森を走り抜けていたからだ。
「いいじゃん!うれしかったんだから!欲しいアイテムが狙って出せるなんて滅多なことじゃないんだからな!」
…………片面だけだけど。
この世の中にはな、”物欲センサー”なんて悪魔が生み出した言葉があるんだ。
そのものを欲すれば欲するだけ、遠くに逃げてしまう。
そんな欲の塊である人間にとって鬼畜としか言えない現象が起こるもんなんだ。
お前にわかるか?
理論上はあり得る組み合わせと言われて、
とあるダンジョンに迷い続ける狩人の気持ちが!夜を渡る者の気持ちが!
それを追いかけている時の苦しく辛くでも、追い求めている感覚が、楽しくて終わってほしくない。って思う気持ちが!
__ナーォ。
あきれたように、鳴く閏尾。
理解されないようだ。残念。
ウィンドウを閉じて。立ち上がる。
準備はもういい。
「ちょうど…………“完全な仮面”が欲しくなった。」
物欲センサーなんて、クソくらえ!
欲しいものは欲しい。
速く終わるに越したことはないんだよ!
《青鬼面・片面》は…………どうしようか。
そのまま、インベントリに入れるのはな…………。
__ペシッペシッ。
「わかった。わかった。」
いい加減、準備が長いことに怒られた。
「まあ、折角だし。………スキルによる制限とか無い様だし。」
ニマニマ。ニヤケ面を晒しながら。
「……着けてみるか。」
欲しいアイテムを手に入れて一番楽しい瞬間がこれだよな。
追い求めていた物がどれだけの効果が発揮されるのか。
「まあ、今回は、ただの顔を隠すアイテムってだけだけど。」
自然と胸が反る。
「狙って好きなアイテム出せるこの”豪運”!」
反る角度が、大きくなる
「他にも、応用は利くと思うんですよ!」
仮面を着けた瞬間。
「…………うぇ……気持ち悪ぅ。」
胸の角度が戻る。
「何だこれ…………。タコの吸盤が吸い付いてるみたい。」
紐とか無いけど、どうやって着けるんだろう。って思ってたけどまさか、
吸盤とは、斬新すぎだろ。
と言うか、絶対落ちるだろ。
軽く顔を振ってみるが、落ちそうにない。
そこは、ゲームなのな。
変な感じだ。
虹色の髪に、鬼の反面。頭の上には黒猫か。
何だか、頭がごちゃごちゃしてきたが、頭の整理はできない。
そのために、ここまで来たといっても過言じゃない。
視線を上げ、大きな音が鳴り続けている塔のふもとに向かう。
拠点の中。
鬼が出るか、”蛇”が出るか。
まあ、だいたい予想は付いていた。
中ボスが、動く死体の鬼、だったもんな。
塔の背後から来るのがわかっていたように、正面をこちらに向け、武器を担いでいる。
武器__黒い金棒を携えている。
デカい。
金棒もそうだが、その巨体。
身体だけでなく、手足すら巨大。
ゴブリンなど片手で握り潰せそうだ。
だが、目立つのは__
血管を沸騰させたような、赤い肌。
そして、
顔には、“完全な仮面”。
泣いているようにも、怒っているようにも見える
”赤鬼の面”。
威圧感が凄い。
赤いオーラが可視化されているようにすら感じる。
だけど、それ以上に感じるものがある。
”物欲に塗れた蛇”が藪から出てきた。
滲む色と、黒い影。
そして、
青い鬼の片面を携えて。
「この”欲”に触れる程。無粋なセンサーじゃないよな。」
自身の早打つ心臓と、足を同じくするように。
スキルを発動する。
「初めは、こいつで一気にトップスピードだ!」
[疾走]。
心の中で、そう唱え。足が__
…………止まる。
|スキル使用に、失敗。
|対象のスキルをセットしてください。
「…………え?………。」
思考が止まる。足も止まってる。
何が起きてるのか__よくわかんない。
引き延ばされた時間の感覚で、微かに思い出すのは、最後のスキルセット。
…………{「MP(魔力)も、今回復してるし。」}…………。
…………{「MP(魔力)も、今回復してるし。」}…………。
…………{「MP(魔力)も、今回復してるし。」}…………。
繰り返される自身の言葉に…………。
「ッッっミスったああああああああ!」
引き戻される__思考。
「 [魔力操作] 切り替えとくの、忘れてたあああああああ!」




