猫は形を保てない。
たった一つ。
されど、十二のうちの1つ。
光の壁に守られていたアイテムを1つ“壊した”。
それだけで――
「……流れが、変わった。」
確信が、喉の奥で形になる。
猫が、揺れている。
体がじゃない、奴の視線が確かに、ぶれる。
猫の動きが――わずかに、遅れた。
ほんの一拍。呼吸一つ分にも満たないズレ。
だが、それは確かに“今まで無かったもの”だった。
「……っ」
猫の瞳が、細くなる。これまで一定だった焦点が、揺れる。
視線が、俺ではなく――
“弾かれたアイテム”へと、一瞬だけ逸れた。
__その隙に、手が伸びる。
拾い上げる。
重み。感触。確かな実体。
「――はっ。」
思わず、笑みが漏れる。
今までのこいつは違った。常に“こちらを見ながら”、すべてを制御していた。
だが今は違う。
“優先順位”が、崩れている。
猫が、一歩下がる。逃げじゃない。距離の再調整。立て直し。
だが、その足運びが、わずかに荒い。
床を擦る音が、遅れて響く。
「……焦ってるな。」
小さく、吐き捨てる。
その言葉に反応するように、
猫の尾が、大きく揺れた。
猫の視線が、再びこちらを捉える。
だが、その奥。
さっきまであった“余裕”が、
わずかに――削れていた。
猫から、アイテムが剥がれ、円の軌道に戻っていく。
これは、先ほどまで奴が使っていた。巳の脱皮殻。
「……それは、無理だな。」
弾けない。
今は――スキルが全部クールタイム中だ。
数秒。たったそれだけが、妙に長い。
猫の尾が、大きく揺れる。
咥えた申の木彫りを掲げ、光が差す。
その瞬間。
音が消える。
空気の振動が、途切れる。
世界から“何か”が削ぎ落とされた感覚。
__これは、申の能力。…………その劣化版だ。
本来の能力は、”スキルの封印”だったが、
こいつの場合は違う。そのアイテムである”見ざる聞かざる言わざる”の通り、三感の、”視覚、味覚、聴覚”のどれかひとつを奪う。
__これは、当たり!
味覚、聴覚が奪われるのは、今回の戦闘じゃあ、対して役に立たない。
視覚の場合だと、回避特化のくせに、動けなくなるところだった。
これで、奴の現在の構成は――
午、未、申。移動。強化。デバフ。
状況確認が済んだところで、奴が動き出す。
午の能力によって、地を蹴り、空を蹴り、“流れ”に乗って、
一直線。
猫の腕が、爪が、首を狙う。
だが、
__遅い。
速度も強化も乗っている。それでもなお、遅い。
何が遅い?
__対応力さ!
今のこいつは、“焦って動いてる”。
だから、読める。
手に持っていたアイテム__丑の皮。
それを、盾のように広げながら。
奴の腕を真っ直ぐ捉える。
__衝撃。
だが、HPゲージは減らない。
それどころか――猫の腕が、弾かれる。
体勢が、崩れる。
その瞬間。
踏み込む。
考えるより先に、体が動く。躊躇はない。
“今が、勝ち筋の中心”だと分かっている。
動きの止まった猫に、
スキルを叩きこむ。
クールタイム。
その中で、最も早く戻る一手。
|スキル発動 [核震破]
狙いは、また、光の壁に覆われているアイテム。
それに、叩き込む。
ビキッ――!!
歪みが走る。猫の動きが、止まる。
__通ったな。
手応えがある。確実に、“崩した”。
猫の瞳が、見開かれる。その奥にあるのは――
理解と、焦燥。
「もう一回、だ。」
間を置かない。
呼吸すら、与えない。
「整えさせるかよ。」
足を踏み込む。
崩れたリズム。乱れた順序。
それを――
「そのまま、押し切る!」
棍棒を振り上げる。
どちらも、ボロボロだ。
あの後、取り返したのは、子、辰、巳、午、未、申、酉、戌。
残りは3つ。寅、卯、亥。
取り返すたびに、切られたり、打ち返したりとキャットファイトをしたものだが、
ルールはもう理解した。
今、奴の構成は、
寅、卯。速度と回避。
2つだけ…………。
寅のアイテムが背後へ戻る。
その瞬間。
光が差す。
元々咥えられていたアイテム__亥を掲げていた。
その時。
また、アイテムが円に戻る。卯も同時に猫の背後に戻っている。
だから、今、奴の使っているアイテムは亥1つだけとなる。
アイテムが1つ無くなればそこに穴が開き、同時に使えなくなる。順を巡る度にそこだけ、2つで対応することになる。
つまり、こいつのルールは。十二個そろって、まともに動作する。
「そりゃ……焦るよな。」
壊す順番がひどけりゃ、まだ、3つ能力を使うことができたわけだから。油断はできなかった。
ついでに、アイテムには制限時間があって、それを悟られないように奴は、早くアイテムを回していた。
アイテムを取られないように、咥えながら戦っていたが、
どうやら、寅の制限時間が終わったらしい。
アイテムが2つ猫の背後にある。
亥の能力を使い。自傷しながら、強化を施している。
猫が、動く。
だが、
スキルを使わずとも、もう動きを読める。
全部、見える。
速度も。回避も。軌道も。
猛威を振るう。爪や牙。
どれをとっても届かない。
体当たりすら――空を切る。
やがて、猫の体から、亥が剝がれる。
強化が切れる。
その瞬間。完全に――止まった。
「……もう、終わりだ。」
吐き捨てる。
「スキルコネクト!」
踏み込む。
「[核震破]×[疾走]×[ハイジャンプ]。」
初の試み。3つのスキルの融合。
|スキルコネクト[風震崩天]を発動。
それは、[疾風月歩]と同じ、空へ駆けるスキル。だけど、それだけじゃない。
踏み込んだ瞬間、地面が消えた。
空を蹴る。
圧縮された風が足場となり、一歩目で身体が弾ける。
二歩目。
風が裂け、音が遅れる。
加速が一段、跳ね上がる。
三歩目。
踏み込んだ“空”が、鈍く軋んだ。
ただの移動じゃない。蹴るたびに、脚へと衝撃が蓄積していく。
四歩、五歩――
速度が増す。
それ以上に、“重さ”が増していく。
足裏に集束するのは、核震破の”震動”。
内側から砕くための力が、踏み上げるたびに圧縮されていく。
空に、ひびが走るような錯覚。
踏むたびに、威力が跳ね上がる。
踏むたびに、次の一撃が“終わり”へ近づく。
「――まだ、足りねぇ」
さらに踏み込む。
風が爆ぜる。
空間が歪む。
蓄積された震動が、脚に収まりきらず軋みを上げる。
そして――最終歩。
高々と踏み上げた足が、止まる。
一瞬の静止。
次の瞬間、全てが落ちた。
叩きつけた衝撃は、表面を砕かない。
“内側”へと潜り込み――
遅れて、爆ぜた。
対象の中心から、破壊が膨張する。
骨も、肉も、構造も、すべてが内側から崩壊する。
外側は、最後だ。
一拍遅れて――
全てが、弾け飛ぶ。
空を蹴り、積み上げた速度。
踏み重ねた震動。
全てを乗せた一撃が、
“猫”を貫いた。
[風震崩天]。
「踏み込む回数×ダメージ倍率上昇」が行なわれるスキルコネクトです。
こいつの欠点は、スタミナの消費がバカ高いのに、踏み込んでいる途中にスタミナが切れると、すべてのダメージ倍率が自分に跳ね返ってくるというスキルコネクトです。
地を踏み、空を駆ける衝撃――その全ては、天を崩すために己へと蓄積される。




