お金が貯まればすぐ使う。
「十二支ね…………。」
ぽつりと呟き、視線を落とす。
記憶の引き出しを、ゆっくりと探る。
ええと…………確か、レースをしたんだよな。
子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥。
この順番で、ゴールしたやつらが、そのまま“年の代表”になった……んだっけか。
「……まぁ、突っ込みどころはあるけどな。」
思わず、苦笑が漏れる。
龍が四番目とか、どう考えてもおかしいだろ。
空飛べる時点で反則だし、なんなら最速で終わるはずだ。
それに、馬より蛇が先ってのも納得いかない。
どういうルールで走ってんだよ、って話だ。
「……ま、いいか。」
軽く首を振って、余計な思考を振り払う。
ここで大事なのは“正しさ”じゃない。
使えるかどうかだ。
そして、このダンジョンが干支をモチーフにしているなら
「やっぱり、攻略順は決まってるのかもな。」
自然と、視線が動く。
並ぶ扉の中から、一つ。
あの部屋。
扉の向こうで、異常な増殖を見せた存在。
「……子。」
ネズミの扉。
あれが一番最初。
レースの順番通りなら、ここから始めろ、ということだ。
ゆっくりと、息を吐く。
頭の中で、さっきの光景を再生する。
小さな影。
1匹。
2匹。
4匹。
8匹――
「……増え方が、普通じゃない。」
あれは単なる“数”じゃない。
能力だ。
ネズミの持つ特性。
繁殖、増殖、拡散。
「スキル名を付けるなら……“複製”か。」
呟きながら、指先にわずかに力を込める。
際限なく増え続ける存在。
あの速度で部屋を埋め尽くされれば、時間の問題だ。
逃げ場はない。
踏み潰しても、間に合わない。
「……長引いたら、負ける。」
結論は単純だ。
短時間で処理しきるか、
あるいは――増え切る前に“核”を潰すか。
「……どっちにしろ、面倒だな。」
だが。
口元が、わずかに歪む。
恐怖よりも先に、“攻略の糸口”が見えている。
それだけで、十分だった。
「……いいぜ、最初の一匹。」
静かに、ネズミの扉へと手を伸ばす。
「その増え方――止めてやるよ。」
軋む音とともに、扉が再び開いた。
「だぁぁ!…………なんなんだあいつ!」
吐き出すように叫びながら、背中から扉に叩きつくようにして体を預ける。
ドンッ――!!
すぐさま背後から衝撃。
思わず肩が跳ねるが、歯を食いしばって踏ん張る。
……だが、それも一度きり。
まるで“外に出られない”と理解しているかのように、内側の気配はすっと引いていった。
荒くなった呼吸を整えながら、ゆっくりとその場にずり落ちる。
膝に肘を乗せ、額に手を当てる。
さっきの光景が、脳裏に焼き付いる。
「わかってたことだけど、………増える速度が速すぎる。」
低く、吐き捨てる。
一歩踏み込んだ、その瞬間にはもう遅かった。
1匹を視認した時点で、すでに2匹。
次の瞬きで4。
攻撃を振りかぶる頃には、
「……数十体、か。」
舌打ちが漏れる。
いくら初動を早めても、意味がない。
攻撃が届く“までの時間”が、そのまま増殖の猶予になっている。
「間に合ってねえんだよな……全部。」
拳を軽く握る。
力任せに振り払っても、押し潰されるのは目に見えている。
あれは数の暴力だ。
一体一体は大したことがなくても、増えるという一点だけで戦闘を成立させている。
「……正面からやるのは、悪手だな」
はっきりと、結論を口にする。
勝てないわけじゃない。
だが“今のままじゃ勝ち筋がない”。
それが問題だ。
顔を上げ、思考する。
ネズミの能力は“複製”。
時間を与えれば与えるほど、不利になる相手。
逆に言えば、
対策さえあれば、一気に片がつく可能性もある。
「……対策、ね。」
小さく息を吐く。
必要なのは何だ。
範囲攻撃か?
即時殲滅か?
それとも、増える“前”に仕留める手段か。
頭の中で、持っているスキルと、今見た情報を組み合わせていく。
「…………ある。には、あるけど。」
普通、初手で切るかぁ?これ。
一瞬、迷いがよぎる。
だが。
「…………いや、違う。」
最初だからこそ、重要なんだ。
それに、
「……使ってみたいしな」
小さく笑う。
「……よし」
ゆっくりと立ち上がる。
新しく取得したスキルを、スキルスロットにセット。
ウィンドウを閉じる。
右手に棍棒。
だが、その構えは“殴る”ためのものじゃない。
一歩、踏み出す。
左手で扉に触れる。
「ネズミは、見た瞬間、増える」
なら、その前に。
左手で扉を開ける。
ネズミはこちらを視認した瞬間、
[複製]を始める。
だが、その“前”。
|スキル発動 [投擲]
一瞬の硬直。
次の瞬間。
棍棒が一直線に飛び。ネズミの体を貫いた。
パリン、と。光が弾ける。
増殖は、起きない。
「――おし。」
短く、確かな手応え。
最初の一匹は、もう動かない。
ネズミの体がポリゴンとなって爆散した。




