火事場泥棒はじめました。
「危ねぇぇ…………!」
肺の奥に溜まっていた空気を、一気に吐き出す。
喉が焼けるように痛い。視界の端が、まだわずかに明滅している。
反射的に視界の端へ意識を向ける。
HPゲージ。
残量、ほぼゼロ。
細い。細すぎる。
線と呼ぶのも躊躇うほど、かろうじて残っている“赤”。
「……マジかよ」
笑えない。
むしろ、自分に呆れるレベルだ。
本当にギリギリのHP管理。
もし、
過剰適応の解除がコンマ一秒遅れていたら、
あの鳥型のモンスターの攻撃が当たっていたら、
スキルの発動タイミングが、ほんのわずかズレていたら、
即、死んでいた。
想像するだけで、背筋が冷える。
「……ギリ、通しすぎだろ」
だが、生きている。それだけで十分だと、そう言い聞かせる。
まだ終わっていない。
ギリギリの攻防を切り抜いてきたからこそ油断はできない。
ここはまだ、危険地帯。
黒い塔へダイナミックエントリーして、数秒で自身の状態を確認する。
HPが心もとないことに目をつぶれば、後は問題ない程度だ。
息を整えながら思考する。
「……回復さえできりゃ、なんとかなるか」
小さく呟く。
希望的観測。だが、根拠がないわけじゃない。
ダンジョンなら、途中に補給ポイント、宝箱の一つや二つはあるはずだ。
最悪、最奥まで辿り着けばクリア報酬。
「初見ノーデスとか、TASじゃねぇんだぞ……」
ぼやく。自分で言っておいて、苦笑が漏れる。
「RTAしてるわけじゃねぇんだから、ちょっとくらい回復させろっての……」
回復アイテムがねぇよ。
状況確認をしていたが、
少し、違和感がある。
後ろを振り向く、
そこは、塔の入口。
広い空間。
背後にあるのは巨大な扉。いや、“門”と言った方が正しい。
人一人でどうこうできる構造じゃない。重厚で、圧倒的な質量を感じさせる。
だが、開いている。閉じる気配すらない。
「……まずい。」
外に視線を向ける。ついさっきまで、自分を追い詰めていた鳥型モンスターたち。
奴らは。
こちらを一瞥した後、何事もなかったかのように空へと舞い上がり、離れていった。
「……は?」
理解が追いつかない。
「ここは、エリア外だから侵入できないのか?」
口に出してみて、違和感が膨らむ。
__いや、それ。
ちょっと“ゲームすぎる”だろ。
いや、まあスキルや魔法が使えてる時点でゲーム感はあったけど、それでも、自分の体の延長線上にある感じがして違和感がなかった。
それに、スキルは使おうと意識するだけで発動がされるし、よくよく考えると魔法陣が不完全だとわかったのも不自然だ。
思い返すと色々と突っ込みたくなるが、思考を切り替える。
今はこの場所についてだ。
まさか、「僕の管轄じゃないんで帰りますね」って、モンスターがZ世代みたいになった訳じゃないだろうし、
なら、侵入して来ないのはこのダンジョンに理由があるからかな。
塔の中に目を向ける。
さっきまでいた場所とは、明らかに“質”が違う。
湿った石壁。泥に塗れた渓谷。
そんなものはどこにもない。視界に広がるのは、異様なまでに整った空間だった。
広い。
ただ広い、ではない。
“空間そのものが、設計されている”感覚。
天井は高く、どこまで続いているのか判別できない。
壁は滑らかで、継ぎ目すら見当たらない。
壁に手を伸ばす。石じゃない。金属とも違う。
「……なんだ、これ」
触れているのに、正体が掴めない。
その時。
ふ、と。
視界の端に、光が走った。
「……?」
目を凝らす。
床。
そこに細い線。
まるで、刻まれた溝のようなそれが、淡く光っている。青とも、緑ともつかない光。
脈動するように、ゆっくりと明滅している。
「……線?」
しゃがみ込み、指でなぞる。
次の瞬間。
――スゥ……
光が、流れた。
「っ……!」
反射的に手を引く。だが、何も起きない。
ただ。
その線は、どこかへと繋がっている。
視線を上げる。
床だけじゃない。壁にも。天井にも。
無数の線が走っている。
それらは、無秩序ではない。
むしろ意図的に配置された“模様”だった。
幾何学的。円。直線。交差。
それらが組み合わさり、巨大な紋様を形成している。
「……魔法陣、か?」
直感的に、そう思った。
だが、違う。
似ているが、決定的に違う。
魔法陣のような“神秘性”ではない。
もっと、
「……理屈で作られてる感じがする」
美しい。だが、その美しさは、祈りや信仰の類じゃない。
計算された、美しさ。
「……なんだよ、これ」
さっきまでの世界。
剣と魔法。そんな“ファンタジー”から。
今、目の前にあるのは、理解不能な構造体。
「……ジャンル変わってねぇか?」
乾いた笑いが漏れる。
足元の線が、再び光る。
今度は、よりはっきりと。
まるで。
…………“認識した”かのように。
「……あ?」
次の瞬間。
床全体に走る光が、一斉に明滅した。
低い振動音。
空間が、わずかに震える。
「おい……」
嫌な予感がする。
直感が、警鐘を鳴らす。
ここはただの“部屋”じゃない。
「……何か、起きるな」
杖を構える。視線を巡らせる。
逃げ場。遮蔽物。
何もない。ただ広い空間。
そして、光る線。その全てが、意味を持っている。
自身が身構えた瞬間、視界に、文字が浮かび上がる。
|「黒の塔」アーク・オブ・リコレクションへようこそ
|ダンジョン「輪廻を巡る十二象」
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黒の塔が答えた。




