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毎年届く年賀状

人は、どれほど疎遠になった相手であっても、ふとした拍子に思い出すことがある。

それは義理かもしれないし、懐かしさかもしれない。

あるいは、もう会うことのない相手に対する、言葉にならない気持ちの名残なのかもしれない。

この短い物語は、私の友人から聞いた実話をもとにしている。

年賀状という、今では少し古風になった習慣の中に、長い時間をかけて続いてきた「つながり」がある。

そして、そのつながりが途切れたときに初めて見えてくるものもある。

静かに、しかし確かに胸に残る話だ。

どうか、ページをめくる前に、あなた自身の「誰か」を思い浮かべてみてほしい。

これは、私の友人から聞いた話だ。

仮に堀越さんとしておこう。

堀越さんが大学を卒業したのは1980年頃だった。

当時はコンピュータ業界が伸び始め、これからバブルに向かう時代の熱気があったという。

彼は上野にある会社に就職し、毎日が忙しく、しかし未来に期待を抱いて働いていた。

1990年、会社は新しいコンピュータ事業を立ち上げるため、中途採用を行った。

そのとき堀越さんの部署に入ってきたのが竹井さんだった。

年齢も近く、どこか気が合った。

金がないときはビールを買って、公園で缶を開け、夜風に吹かれながらくだらない話をした。

だが、会社の経営は急転直下で悪化した。

採用したばかりの数名が解雇され、その中に竹井さんもいた。

そして、しばらくして堀越さん自身も同じ運命を辿った。

会社を離れても、竹井さんからは毎年、年賀状が届いた。

「今度逢いたいね」

「元気にしてる?」

そんな手書きの一言が添えられていた。

正直、会社も違うし、会うこともないだろうと思っていた。

それでも年賀状が来れば返す。

それが礼儀だと、堀越さんは淡々と続けた。

しかし2021年、年賀状は来なかった。

「まあ、もうやめたんだろう」

そう思った。

ところが2022年になると、また年賀状が届いた。

ただし、今度は手書きのコメントがなかった。

印刷された賀詞だけの、妙に素っ気ない年賀状だった。

2023年も、2024年も、2025年も同じだった。

コメントは一切なく、ただ印刷された文字だけがある。

それでも堀越さんは律儀に返事を出していた。

そんな2024年の4月頃、営業で埼玉を回っていたとき、ふと思い出したという。

「そういえば、この辺りに竹井は住んでいたな」

疎遠ではあったが、携帯には住所が残っていた。

帰りに寄ってみることにした。

だが、住所の場所に着くと、そこは更地だった。

住宅と住宅の間にぽっかりと空いた、雑草の生えた土地。

「ここ…のはずだがな」

近所の人に尋ねると、竹井さんは2020年に亡くなったという。

心臓発作で倒れ、数日後、異臭に気づいた住民が通報し、警察が入ったらしい。

布団の上で朽ち果てていた、と老人は眉をひそめて言った。

堀越さんは、そこで初めて背筋が冷たくなったという。

竹井さんは2020年に死んだ。

だから2021年には年賀状が来なかった。

だが――2022年からまた届いている。

帰宅した堀越さんは、過去の年賀状を引っ張り出して確認した。

2020年までの年賀状は確かにある。

2021年はない。

そして、あるはずの2022年以降の年賀状が、どこにも見当たらなかった。

代わりに、年賀状の束の間に、枯れた木の葉が一枚ずつ挟まっていた。

22年、23年、24年――すべてに、同じような乾いた葉が。

気味が悪くなり、枯れ葉は全て捨てた。

数日後、彼は再び更地を訪れた。

コンビニでビールを二缶買い、一缶を自分で開け、もう一缶を土地にそっと置いた。

「やっと、逢えたね」

そう呟いて、ビールを地面に傾けた。

夕暮れの風が、どこからともなく枯れ葉を一枚運んできて、彼の足元に落ちたという。

その後、2025年も、2026年も年賀状は来ていない。

堀越さんは最後に、静かに言った。

「きっと、成仏したんだろうな」

(完)



年賀状は、ただの紙切れかもしれない。

けれど、そこに書かれた一言や、差し出された気配には、その人の時間や生活の匂いが宿っている。

友人が語ってくれたこの出来事は、私にとって「人はどこまで他者とつながっていられるのか」という問いを残した。

生きている間に交わした言葉よりも、亡くなった後に残る沈黙のほうが雄弁なことがある。

そして、誰かを思い出すという行為そのものが、ひとつの供養なのだと気づかされる。

物語の最後に堀越さんが置いたビールは、きっと長い時間をかけてようやく届いた「返事」だったのだろう。

読んでくださったあなたの心にも、静かな風がひとつ吹き抜けていたら嬉しい。

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