狐憑きアパート
不思議な話というのは、語り手の記憶の奥底に沈んでいるものです。
それは夢だったのか、現実だったのか。あるいは、夢と現実の境目に立ち現れる何かだったのか。
私はこれまで、いくつかの奇妙な出来事に遭遇してきました。
その中でも、1980年の春に体験した「狐憑きアパート」の一夜は、今もなお、記憶の中で静かに息づいています。
これは、私自身が見たもの、感じたもの、そして後になって知ったことを、できるだけそのままに記した記録です。
信じるかどうかは、読者の皆さんに委ねます。
1980年の春、私は友人の滝田義昭の下宿に一度だけ泊まった。恵比寿の古い木造アパートで、部屋は三畳。畳は湿気で波打ち、壁は薄く、隣室の咳払いまで聞こえる。トイレは共同、風呂はなく、銭湯へ通うしかない。だが、当時の学生下宿としては珍しくなかった。
その夜、私と滝田は一枚の布団に川の字になって横になった。三畳ではそれ以外の寝方はできない。電気を消すと、外の街灯が障子をぼんやり照らし、部屋の隅の箪笥の影が揺れた。
眠りについたはずだった。だが、ふと胸の奥がざわつき、目が覚めた。理由はわからない。空気が、さっきより重く感じられた。
隣を見ると、
「……?」
起き上がると、布団の端――彼が寝ていた場所で、滝田が土下座していた。畳に額を押しつけ、肩が小刻みに震えている。三畳の狭さゆえ、私との距離はわずか数十センチしかなかった。
「……お狐様……明日は油揚げのきつねうどんを……差し上げます……」
囁き声なのに、耳元で響くように聞こえた。私は声をかけることができなかった。恐怖というより、理解できない光景に身体が固まったのだ。
どうしてもトイレに行きたくなり、私は滝田の背後をそっと通り抜けた。廊下の裸電球が弱々しく揺れ、足音がやけに響いた。用を済ませて戻ると、滝田はまだ同じ姿勢で土下座していた。まるで時間が止まっているようだった。
私はどうすることもできず、彼の横に戻って布団に潜り込んだ。背中に滝田の気配を感じながら、いつの間にか眠ってしまった。
翌朝、私は意を決して尋ねた。
「昨日、土下座してたぞ。何かあったのか」
滝田はきょとんとした顔で笑った。
「は?そんなことするわけないだろ。夢でも見たんじゃないのか」
その笑い方が、妙に空々しかった。
その日を境に、滝田はよく怪我をするようになった。刃物で指を切り、階段で転び、雨の日には自転車で滑って顔を擦りむいた。会うたびに怪我が大きくなっていた。
秋口、彼は隣の四畳半に移った。三畳が狭くて嫌になったのだと言う。だが、引っ越して数日後、彼は不安げに言った。
「昨日さ、夜中にトイレ行ったら……前の部屋から声がしたんだよ」
「声?」
「はっきりしないけど……“お狐様がどうのこうの”って」
私はあの夜の光景を思い出し、背中が冷たくなった。
さらに数週間後、三畳の隣に住む大友さんが怪我をしたという噂が流れた。最初は小さな切り傷だったが、次第に転倒や打撲が増え、顔にまで傷を負ったらしい。
滝田は蒼白になって言った。
「俺と同じ順番なんだよ……最初は小さな傷で、だんだんひどくなって……最後は自転車で転んだ」
彼は大家に相談した。すると、大家は重い口を開いた。
「ここはな、戦後までは稲荷神社の跡地だったんだよ。焼けて、誰も管理しなくなって……それでアパートを建てた。三畳の部屋では昔、学生が縊死したんだ」
いわゆる事故物件だった。
滝田はそれからまもなく引っ越した。あのアパートは今では取り壊され、大きなマンションが建っている。
だが私は時折思い出す。
三畳の狭い布団の端で、滝田が額を畳に押しつけていた姿を。
あれは本当に夢だったのか。
それとも、あの部屋には今も誰かが憑いているのか。
きつねうどんをみると、妙に生々しく残っている。
(完)
私は時折、きつねうどんを前にしてふと思います。
あの夜の、畳に額を押しつける友人の姿。
それは夢だったのかもしれません。けれど、夢にしてはあまりに生々しく、現実にしてはあまりに説明がつかない。
不思議な出来事は、記憶の中で形を変えながら、私たちのそばに居続けるのかもしれません。
この話が、誰かの記憶の奥にある「何か」を呼び覚ますきっかけになれば、書いた甲斐があります。




