第22話「悪役令嬢ロザリア、再びの目覚め」
ウチが目を覚ますと、真っ白な天井と、アデルの仏頂面が目に入ってきた。
白いカーテンに囲まれたベッドの上だから、病院か保健室かな?
「あ、アデル、さん? おはよう、ございまーす……」
「ご・ぶ・じ・で、なによりです、おじょうさま」
ウチがおずおずと挨拶をすると、アデルは無表情にジト目でにらみながら、物凄い棒読みで返事してきた。うーわ、むっちゃ怒ってるみたい、怖い。それで状況を思い出せた、まぁ……怒るわな。
「アデル、私、どれくらい眠っていたの?」
「それほど長くは、今はお昼過ぎで、ここは学園内の医務室です」
あれ、意外と早かった、あの事故から1時間ちょっとくらいか。
「あのー、一応言っておくけど、事故? だからね? あのままだとー? その辺一帯が? 吹き飛ぶようなー? 感じだったから、ね?」
……なんでウチは彼ピに浮気を疑われて、必死に言い訳してるみたいになってるんだろう。
「ええ、良く判っております、今のお嬢様なら、そういう所には自分を省みず助けに入るでしょう。ですが、どうかご自愛ください、お嬢様のお立場を考えると、ケガをする事すらあってはならないんですよ?」
「ケガ……、あ! そうだ、両腕とかってどうなって……、何もなってないじゃない」
あわてて起き上がって、着せ換えられていた手術着のような簡素なワンピースの袖をまくってみると、腕は綺麗なものだった。
「学園中の治癒魔法の使い手を総動員して、その場で大慌てで治したそうですからね、むしろお肌が綺麗になったと思います。ですが、死んでしまってはどうしようも無いのですよ? 治療していただいた皆様もそう言っていました」
「……入学早々、先が思いやられるわね」
「お願いですから、今後、こういう事態にならないよう、身を守る術をここで身に付けて下さい、私には、そうとしか言えません」
ぷいと顔を背けるそっけない話し方でも、アデルはウチを心配してくれていたのだろう、目を見るとほんの僅か端の方が赤くなっており、涙もにじんでいた。
「ごめんね、心配してくれて、ありがとう。アデル」
「……はい」
なのでウチは、いつかのように起き上がり、そっとアデルを抱き寄せ、抱きしめてお礼を言ったのだ、ありがとね、アデル。
「そうだ! あの子! クレアって言う子はどうなったの!?」
「連れて行かれました。ここに運び込まれた時のお嬢様と同様、ほぼ無傷だったのですが、一応ここで処置をされておりましたし、
心配そうに何度もお嬢様の様子を見ていたんですが、突然、学園の職員が来られまして」
「連れて行かれたって、どこへ!?」
「わ、わかりません、私は、お嬢さまの隣を離れるわけにはまいりませんでしたので。そもそも、何があったのですか?
魔力事故が起こって、お嬢さまが助けに入って大ケガをした、という事しか聞かされていなかったのですが」
ウチはあわててアデルを問いただしたけど、アデルにわかるわけもなかった、ので、ウチはアデルにわかる限りの状況を説明した。
「とにかく、とんでもない魔力だったわ、立ち会っていた先生が”光の属性”だと言っていたけど、本にしか載ってないような、数百年に一度の伝説級に珍しいものらしいわよ」
「はぁ……お嬢様が変わり者、というのは慣れたつもりですが、そんなクッッソ珍しいものを呼び寄せるとは、さすがに予想のはるか斜め上をブッちぎりますねぇ、お嬢様は」
「いえ、あのー、さすがにそれは私にはどうしようも、ないん、だけど……」
珍しくアデルに粗雑な口調で呆れられても、ウチは何も言い返せなかった、つらたん。
「あら、ロザリアさん、目が覚めたのね、良かったわ」
「はい、あの、ええっと、初めまして?」
声と共に、シャッとベッド周りのカーテンの一部が開くと、長い薄茶色の髪をゆるやかにまとめた穏やかな顔立ちの、白衣のようなものを上に羽織った、どこか学者のような格好の大人の女性が入って来た。
なんだかゆるい見た目の割に、格好いい人だなぁ。とりあえずウチは、目の前の人に挨拶しておく。挨拶は大事、とっても。
「はい初めまして、私はエレナよ、この学園の医療教官で、主にこの医務室で生徒の治療と、治癒魔法の講師をしているわ、さっきの事故の時も、あなたの治療を一部私が行ったのよ」
話を聞くと、単なる保健室の先生、というわけではないようだ、先ほどの魔法事故での治療のような、高度な救命治療を行う、学園所属の医師のようなものなんだとか。
「まあちょっとしたケガならね、その辺にいる治癒魔法の力を持つ生徒や先生が治しちゃうんだけどね、元々治癒魔法を使える人は少ないし、魔力レベルが低くて本格的な治療も難しい事があるのよ、そういう時に私が治療に当たるわけね」
治癒魔法はなんと地水火風の自然4大力全てを使う魔法で、よほどの適性が無いと、自分の属性以外の属性は中々育てられないとの事で、使える者も少ないのも納得である。
「あ、あの! エレナ先生、クレアさんはどうなったんですか!?」
ウチはとにかくそれだけでも確認したかった、何なら今からでも探しに行きたいくらいだったからだ。
「心配しないで、クレアさんはひとまず、安全な所に移動させたわ、魔力が強すぎて、あのままだと、感情が高ぶった時にまた魔力を制御できなくなって、似たような事が起こってしまいかねなかったからね」
「お嬢様、ひとまず、落ち着きましょう」
エレナ先生と、アデル2人にたしなめられては、ここから飛び出すわけにもいかないなぁ、と思ってると、突然エレナ先生がウチの手を取ってきた、
「あらためて、ロザリアさん、クレアさんの魔力暴走を止めてくれてありがとう、この学園を代表して、お礼を申し上げます。あなたが止めてくれなかったら、とんでもない事になる所だったわ」
「い、いえそんな、たまたま近くにいて、勢いで助けに入って、思いつきで魔力制御を教えただけです」
いかにも有能そうでデキる女性感アリアリの大人の女性に、突然手を取られて頭を下げられては、ウチは戸惑うしかなかった。
「たまたま、ね、私は運命すら感じるわ、あなたでなければ止められなかったもの」
「私でないと、ですか?」
ウチの方は、エレナ先生に深々と頭を下げられて、謙遜するのは立場的にまずかったかなぁ? 元日本人の悪いクセねー、とか呑気なことを思っていたが、次に続く説明でウチらは絶句したのだった。
「ええ、考えてみて、あの子の、クレアさんの属性って、光よ? 自然4大力を統括する、つまり、普通の魔力ではまともに防ぐ事すらできないの。で、あなたは火の上位属性の炎で、魔力強度Aという常識の範囲内で考えうる限り最強の力を持っていた、
あなたはクレアさんの所に駆け寄る時、無意識のうちに、自分の身体を守る魔力障壁を自分に展開していたのだと思うわ、それが無いと、普通の人では近づく事もできずに、下手するとクレアさんの側に立っただけで消し飛んでたわね」
マ!? やだ怖い、ウチはあらためて、自分が勢いで飛び込んだ死地のえげつなさにゾッとし、アデルはジト目の横目でウチを睨んでくる。やだこっちも怖ーい。いやガチで今後気をつけます。
「おまけに、その場に残っていた魔力量から逆算するとね、もしもあの時魔力爆発が起こってしまった場合、この学園の敷地全体くらいが跡形もなく吹っ飛んでいたわ、無事なあの子だけを残してね、そうなったらあの子にとっても悲劇では済まなかったわよ?」
「「うわあああ……」」
この学園全体が、と簡単に言うけど、この学園は王都郊外の、ちょっとした王城並みの広大な敷地にある。その広大な敷地の範囲が残らず吹っ飛ぶという。あまりの状況だった事にアデル共々ドン引きした、よくも皆無事だったものだ。
「あの、何度も聞きますけど、クレアさんはどうなったんですか?」
「クレアさんは、ひとまず安全な所に隔離させているわ、先ほども言ったように、今の彼女はとても危険な状態にあるの、本人の了解も取った上での事だから、心配しないでね」
エレナ先生に心配するな、と言われても、隔離なんて聞かされたら、無理なものはムリー! とにかく、自分の目でたしかめてみたかった。
「……、会わせていただけませんか? クレアさんに」
「うーん、どうしたものかしら」
「? 何か問題でもあるんですか?」
「会わせる事自体は特に問題無いのよ? 別に犯罪者ではないから。ただ、今、彼女はとても混乱していて、私達も処置を施せなくて困っているの、ああ、処置っていうのは、魔力を弱める処置ね、
今の本人でも扱いきれるくらいになるように、もう少し弱めた形で再封印させてもらえないか、とお願いしてるんだけどね。本人は『いっそ完全に封印して欲しい』って、泣いて嫌がってるの」
あの子が、泣いてる、ひとりぼっちで。
「それなら、本人の言う通りにすれば良いのではないですか!?」
「彼女の属性が”光”じゃなかったら、それで済むのだけどね、数百年に1度の貴重なものだから絶対に許さない、とか王宮は言ってくるし、私達もとりあえず時間が解決するのを待ってる状態なのよ、本人の同意が無かったら処置が失敗しかねないから」
ひとりぼっちで、誰からも見捨てられてしまっている、周りの勝手な思惑に振り回されて。そんなの、絶対に許せない。無理やりにでも、助け出してあげたい……けど、ここは我慢だ。
「会わせて、いただけませんか? 私なら、説得できるかも知れません」
「……そうね、嫌な考え方だけど、いわば命の恩人のあなたなら、話を聞いてくれるかもしれないわね。連れていってあげるわ」「はい! 今すぐお願いします!」
「お嬢様、いけません」
「ちょっとアデル! どうして止めるのよ!?」
「まず、きちんと着替えましょう、そのお姿で歩き回るつもりですか?」
もの凄くもっともな意見だった。前世では普通でも、貴族的にはこの格好は下着姿も同然なのよねー、こういう時でも冷静ね、アデルは。
次回 第23話「何ココ……、やだこわい、正直ドン引きなんですけど……、でも行かなきゃ!」