後編
ロンバートは、気を取り直した。
「王妃様、彼女と結婚したいと思っています。彼女が幸せでいられるよう生涯誠心誠意尽くしてまいります。どうか結婚をお許しください」
予想外の展開で押しやられていたが、本来言うべきことを言葉にした。
放っておいたら、何時まで待ってもその機会はやってこないと悟ったからだった。
「大事にしてね。ほんと、いい男性を見つけたわねぇ。あのバカ坊を選んだらどうしようかと、もう心配で心配で」
一応、王妃には結婚を許された、らしい。
あのバカ坊……。
聞かなかったことにしよう。
さっきまでのことも忘れるべきか。
「そうだ。ナファバルアー家に入ってもらえる?」
「はい」
自分は三男なので、名前に固執はない。
通常、貴族の息子は、どの貴族家名を継ぐことにも抵抗はなく。
どちらかというと、跡取り息子以外は、貴族家名を手に入れることに躍起になるのだから。
「で、ここが私の実家になるから、この南に私用のもう少し大きな屋敷を建てようと思ってるの。私の老後はよろしくね」
「お母様っ!そんなこと言って、ロンバートが結婚したくなくなったらどうするの?」
呑気な王妃の言葉に、慌ててマルゲリータが止めに入る。
その呑気な王妃の姿に。
「ティア・オーエンス様?」
何度か大きな投資を募る集会で見かけた、パトロンをしている金持ちなお嬢様を思い出したのだ。
温泉観光開発事業で成功した富豪地主の娘。
彼女が現れると、投資企画者達が喜んで取り巻いていた。小さなお嬢様とはいえ、大金を気前よく投資するので有名な方だった。
王妃は、クスッと笑った。
「ロンバートは投資家だから、どこかで会ってたかしらね」
大金を投資できるはずだ。
王妃なのだから。
鬘を被って偽名で投資を?
いや、おそらく一部の人は知っているのだろう。
お嬢様どころか、自分よりかなり年上の女性だったとは。
高貴な貴族女性とは違って、庶民派なわけだ。
たしか、投資だけではなく、科学研究や音楽、美術の世界にも顔を出しパトロンをしていると耳にしていた。
王妃は、色んな顔を持つ方のようだ。
バタバタと外が騒がしくなった。
王妃の侍女と騎士達が視線を交わしている。
なんだろう。
馬車の到着に誰かが来たのだろうことはわかったが。
喧騒はすぐドアの外まできた。
バンッ。
ドアが破壊しそうな勢いで開け放たれた。
無表情で立つ男性。
この国の、国王陛下だった。
ジッと睨み合っている相手は、王妃だ。
新たに現れた陛下と騎士達。
この領主館は大きいと思っていたが、成る程、この方々には少し手狭かもしれない。
王妃登場のときよりは、幾分早く我にかえり膝を折ったまま思った。
「ロンバート・ラップラング、一週間後の面会を許す」
陛下の声が静かに響く。
「ありがとうございます」
「ありがとう、お父様」
マルゲリータは陛下の胸に飛び込んだ。
一瞬、陛下の頬が緩んだが、すぐ引き締められ。
手は愛しそうに娘の髪を撫でている。
「お前もたまには王宮でゆっくりするといい。王太子妃が妊娠中で出られず退屈しているようだ」
「はい。お父様」
陛下は顔を上げ、王妃を見た。
「帰るぞ」
王妃は口元に笑みを浮かべゆっくりと陛下に歩み寄った。
二人とともに、ゾロゾロと大勢の人が玄関へと移動していく。
王妃の連れてきた使用人達もあっという間に帰る仕度ができていた。
「待っている」
「ええ。お父様」
陛下はマルゲリータに声をかけ。
王妃は。
「今夜からここで暮らしなさいね」
とロンバートに声をかけてきた。
直後、恐ろしい気配を感じ。
殺気を溢れさせている陛下と目を合わせてしまった。
王妃とマルゲリータはそんな陛下の雰囲気など完全にスルーしているが。
とても真似出来ない。
陛下、王妃、勘弁してください。
王妃は返事を待つことなく、陛下に馬車に乗せられた。
多くの騎士達に護られながら陛下達の大行列が領主館を去っていき、静けさが戻った。
寂しく感じるほどに。
「ロンバート、あの、」
頬を染めて横に寄り添ってくるマルゲリータ。
彼女の腰に手を回し、領主館の居間へと移動する。
居間に入ると彼女は立ち止まり、ロンバートの手首を握りしめ正面から見上げてきた。
唇を噛んで何かを言いたそうにしている。
どうしたのだろう。
「今夜は、どちらでお休みになりますか?」
……。
愛らしい顔を前に、絶句してしまった。
陛下に殺されそうなことを。
さて、どう言えば理解してもらえるだろう。
結局、ロンバートは夜遅くまで説得し続けなければならなかった。
なにせ王妃の言葉があるのだから、そう簡単に納得してはくれない。
せめて陛下が視線ではなく、一言、否定して下さっていれば、などと思ってしまうのだった。
ロンバートの幸せな苦難は、始まったばかりである。
~The End~
**** おまけ ****
帰りの馬車で、遠ざかるナファバルアー領主館を窓から眺めていた。
なかなかの好青年だった。あの困った顔といったら。
ふっ、と思い出し笑いしてしまう。
あのバカ坊を振り切れて本当によかった。
さあて、と。
不機嫌そうに黙り込んだ陛下と二人きり。
ガタゴトガタゴトと馬車が進んでいく音だけが車内に響いている。
「ナファフィステア」
静かに発せられる声。
何よ。はっきり言えばいいでしょ?
なのに、なかなか言わない。
相変わらず面倒くさい性格してるんだから、この人ったら。
「不満があれば直接言え。手紙を置いて出るなど」
「ちゃんと言ったでしょう? 聞いてくれなかったからよ」
「お前は王妃なのだぞ。何かあったらどうする?」
「ちゃんと護衛は連れていったわ。それに、行先だってちゃんと書いてたっ」
陛下は不機嫌なまま、黙り込んでしまった。
グチグチと。
でも本当はわかってる。
そんなことが言いたいんじゃないの。この人は。
「ごめんなさい。置いて行かれて、寂しかった?」
陛下の肩にもたれかかる。
返事はないけれど。
たぶん、そう。
陛下の膝の上に横座りさせられる。
揺れる馬車の中で、安定悪いんだけどな。
陛下の胸にもたれて窓から流れる景色をぼんやりと眺める。
今日は天気がよく、目に映る緑が美しい。
それは濃い緑ではなく薄く色を変えつつある。
「でも、来てよかったでしょ? リータが王宮を出るときに見送らなかったから、お父様に嫌われたってすっごく思い込んじゃってたのよ?」
マルゲリータが王女を降り、ナファバルアーの領地へ出発する日。
陛下は、執務室でマルゲリータを見送ったのだ。ひっそりと。
旅立つ愛娘を見送るのが、辛くて。
毎日見ていた笑顔がなくなる。
その寂しさに。
どれほど可愛がっていたことか。
なのに突然別れがやってきたのだから。
彼女が選んだことだとはいえ。
だが、見送りに父がいなかったことは、愛娘にとってもショックだったのだ。
王女を降りるということで、父親っ子のマルゲリータが父に反抗し我を通した。
それで父の怒りを買ったと思い込んだ。
さらに見送りがなかったため、父の気持ちを知ることなく誤解したまま旅立ってしまった。
マルゲリータに、父は怒っているわけではないといくら言っても首を振るだけ。
二人とも思い込みが激しいんだから。
ナファフィスティアは、自分のことはさておき、そんな風に思っていた。
「そうだな。早く呼べばよかった」
「本当に、ね。王宮も寂しくなったけど、子供はいつかはいなくなるものよ」
「あぁ」
よかった。機嫌はおさまったみたい。
「寝室は一つにしよう」
「……どうして?」
「その方がいい」
「たまに一人で眠りたいときがあるのよ」
「そんなものは必要ない」
「ある」
「ない」
「……」
「……」
「いっつもあなたのとこで寝てるんだから問題ないでしょ?」
「別で寝てたから今日みたいにこっそり出ていけたのだろう?」
「じゃあ、朝ご飯食べてから王宮出すればいいのっ?」
「そもそも王宮出なぞするなっ」
二人を乗せ、馬車はゆっくりと王宮へと帰って行った。
**** The End ****
「不器量な王女の恋」のおまけ短編、いかがだったでしょうか。
本編後の展開、皆様のご期待に添えてるといいのですが。
最後まで読んでくださってありがとうございました。