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 俺と浦田は並んで教室へ向かった。隣のクラスだから、ドアの前までは一緒なのだ。

 浦田はヤンキーとひと悶着あったことなんてもう忘れたみたいな、落ち着いた顔をしている。


「そういえば樫屋って、お兄さんがいるんだよな」


「いるよ。だらしない兄貴が」


「一緒に登校しないのか?」


「兄貴はだらだらスマホ見てて遅刻しそうになるし、寄り道もするから、付き合ってられないんだよ。温情措置で起こしてやってるけど、俺が付き合ってやるのはそこまで」


「なるほど。兄弟が同じ場所に向かって別々の時間に出発するの、なんかこう、算数の文章題みたいだな」


 浦田が妙に納得している。あれは大体兄が先に出るだろ。そんなことより、俺は気になって仕方ないことがあった。俺は眉を寄せて、浦田を見上げた。


「なあ、ラッキーアイテムに俺の個人名が出てるの、マジ?」


 あれは俺をヤンキーから助けるための咄嗟の嘘だったのかもしれない。そう思って聞いたのだが……。

 浦田はスマホを取り出し、画面を見せてきた。


「ほら」


 SNSの画面である。占いアカウントのそのページに、はっきりと書いてあった。


『今日のラッキーアイテム:まだなにも貸してない樫屋洸平』


「うわマジだ。本当に書いてある」


 俺は頬を引き攣らせ、顔を覆った。


「なんで俺の固有名詞が占いに出てくるんだよ。個人情報流出してんの?」


「俺もびっくりした」


「びっくりで済ませるな」


 そんなやりとりをしていると、後ろから、嫌というほど耳に馴染んだ声がした。


「おーい、洸平ー!」


 兄貴だ。息を切らしながら追いついてきた。


「すまん、今日はうちの学年、朝から清掃活動だった。軍手貸して」


「しょうがないなあ、貸すけど!」


 全く、朝早くから呆れた兄である。俺は鞄から軍手を出し、兄貴の前に差し出して、ハッとして浦田に顔を向けた。


「あ、でも今日は貸しちゃだめなんだっけ?」


「どうだろう。ラッキーアイテムは『まだ』なにも貸してない樫屋だからな。まだなにも貸してない状態の樫屋と一度でも接触していれば、その後は樫屋が貸したとしてもセーフなのかな。それとも一日なにも貸してない状態をキープしないといけないのか」


 浦田が大真面目に考えはじめる。兄貴がきょとんとして首を傾げた。


「まだなにも貸してない樫屋洸平?」


「こいつ、なんか変な占いのラッキーアイテム気にしてるんだよ」


 俺が兄貴に雑な紹介をすると、浦田は先程出したスマホの画面を、兄貴にも見せた。それを見ると兄貴は、あー、と気の抜けた声を出した。


「これ俺がやってるアカウントだよ」


「は?」


 俺は耳を疑った。兄貴が平然と頷く。


「この占い、俺が毎朝テキトーに書いてるやつ」


「!!?」


 俺は声を出せずにただ息を吸うだけの叫びを上げ、浦田は無表情のまま数回まばたきをした。

 ちょっと間をおいてから、俺は頭の中を整理した。


「は!? えっ!? 兄貴、占いアカウントなんかやってたの?」


「なんも占ってないでテキトーに書いてるだけだから、占いアカウントっていうのも語弊があるな。所謂ネタアカウント的な? パロディアカウント的な? なんか面白いかなーって思って、ノリで始めた」


 なんだそれ。知らなかったぞ。兄貴はしれっと続ける。


「いやー、毎日書くの大変でさ。寝起きにその場の思いつきで書いてるんだけど、十二星座あるから十二個、毎日だぞ? 布団から出られないのも仕方ないだろ」


「これ更新してるせいで遅刻しそうになってんの?」


 俺は毎朝の兄貴を思い浮かべた。だらだらスマホを見ていると思ったら。兄貴は腕を組み、深く頷く。


「フォロワーがゼロのまま増えなくてさ。あまりにも見られないから、飽きたらやめようかなと思ってたんだけど、ひとりだけフォロワーついたんだよ。そいつのためにも毎朝更新してた」


「じゃあその唯一のフォロワーが、浦田だったのか」


「面白いな、まさか洸平のお友達が、俺のアカウントのフォロワーだったとは」


 兄貴はヒャッヒャッと可笑しそうに笑い、俺は呆然と立ち尽くした。

 浦田もぽかんとしていたが、やがて、俺と兄貴を眺めてぽつりと言った。


「じゃあ、俺が毎日探してたラッキーアイテムは」


 兄貴は胸を張って言う。


「全部、俺の戯言だな!」


 兄貴がテキトー占いアカウントを持っていたこと自体も衝撃だが、浦田が追いかけていた占いの正体がそれだったという、衝撃のコンボが決まる。

 じゃあ浦田は兄貴が提示したラッキーアイテムを探していて、俺は兄貴が提示したものを浦田に貸していたということ? フォロワーゼロだった変なアカウントをたまたま見つけたのが、浦田で? そんなミラクルある? どんな確率? 類は友を呼ぶ式で、奇人は奇人を呼び寄せるのか?

 マジかよ。こんなこと、あるかよ。


 兄貴はハハハと軽やかに笑った。


「ラッキーアイテムの『まだなにも貸してない樫屋洸平』は手に入ったんだもんな。ま、今日もせいぜい良い一日にしろよ」


 そう言って、俺の手から軍手を借りて、朝清掃の清掃場所へ向かっていった。

 残された俺と浦田は、しばらく無言だった。


 やがて浦田が、俺と目を合わせる。


「俺、ずっと樫屋の兄さんの戯言で動いてたのか」


「そうだな」


「なんか、なぜかすごく負けた気分だ」


「俺もだよ」


 別になにとも戦っていないのに、負けた気分だ。

 浦田はふー、とため息をついて、立ち止まった。あっという間に、お互いの教室の前だ。


「そうだ、樫屋」


 教室に入る前に、浦田は自身の鞄に手を突っ込んだ。そしてお菓子を取り出して、俺に差し出す。


「はい。こないだ、貸してもらってるお礼にお菓子買っておくって、言ったろ」


「ああ、ありがとう」


 ヤンキーから助けてくれただけでも充分恩返ししてもらった気がするが、律儀な浦田はちゃんとお菓子をくれた。


「今日のかに座のラッキーアイテムの、いぶりドングリ味のキャンディだ」


「よくそれが朝から手に入ったな」


 なんだかんだで、今日も悪くない朝だった。

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