表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/5

4

 あれから浦田は再び、遠慮なく俺にラッキーアイテムを借りに来るようになった。

 ある日はオレンジ色のお手玉を。ある日は湿気たティッシュを。ある日は穴の開いた靴下を。あいつは毎朝変な占いに振り回され、変なラッキーアイテムを求めて、俺のところへやってくる。


 朝の高い空が眩しい。通学路を歩きながら、俺はぼんやりとその青を見上げていた。

 今日の浦田のラッキーアイテムは、なんだろう。

 どんななにを求められるだろうか? そろそろ、流石に俺でも貸せないようなものを要求されるだろうか? どんなふうに、驚かせてくるだろうか?

 いやだな、なんだかちょっとわくわくしている自分がいる。


 そんなことを考えながら校門をくぐり、校舎に向かっていく途中。ドンッと、肩に強い衝撃があった。


「おい、どこ見て歩いてんだよ」


 振り向くと、数人の男子生徒……派手な色の髪、ピアス、学ランの袖をまくり上げた、分かりやすいヤンキーたちが三人集まっていた。

 ふざけ合って歩いていて、近くを歩く俺が見えてなかったらしい。ぶつかってきておいて、俺に因縁をつけてきた。


「邪魔くせえんだよ、チビ」


「ん……すみません」


 これ以上絡まれても面倒だから、謝りたくないけれど口先だけ謝る。と、ヤンキーのひとりが俺の顔をじっと見つめた。


「あれ? こいつ、もしかして……」


「ん?」


「噂の『なんでも貸してくれる樫屋』じゃね?」


 その言葉に、ヤンキーたちの目がギラッと光った。


「ふうん、そういやなんか聞いたことあるな」


「おいおい、ちょうどいいじゃん」


「貸してほしいもんがあってさあ……?」


 嫌な予感しかしない。


「ちょ、ちょっと待っ……」


 言い終わる前に、腕を掴まれた。抵抗しても、腕力に押し負けてずるずると引っぱられる。


「まあまあ、こっち来いよ。人目があると話しづらいだろ?」


 必死に足を踏ん張っても虚しく、校舎裏へ引きずり込まれていく。


 人けのない場所に連れてこられ、壁際に立たされる。目の前にはヤンキー三人が、ニヤニヤしながら並んでいた。

 俺は小さく深呼吸して、震える声で、なんとか言葉を絞り出した。


「えっと……その……本当に困ってるなら、貸せるものなら貸すけど……」


 こんなふうに強引に連れてこられたけれど、単に他の人たちと同じように忘れ物で困っているだけなら、相談には乗る。

 ヤンキーのリーダー格が、にやりと笑った。


「お、言ったな? 流石『なんでも貸す樫屋』」


「なにを貸せばいい……?」


 俺が恐る恐る聞くと、ヤンキーらは顔を見合わせ、同時に口角を上げた。


「決まってんだろ。金だよ、金」


 金。

 うん、そうだよな。ヤンキーに囲まれて、貸せと言われるものなんて、まあ金だよな。返してもらえないやつだよな。


 しかしそれは、なんでも貸す樫屋からしても、一線を越えている。


「それは……無理。金は、貸せない」


 勇気を振り絞って言った瞬間、ヤンキーたちの表情がゆっくりと変わった。ニヤニヤ笑いが、「ああ、こいつ拒否ったな」という顔に変わる。


「へえ? 貸してくれないんだ?」


「樫屋のくせに? 困ってる人に貸すんじゃなかったの?」


「なに? 俺らには貸さないっていうの? 差別じゃーん」


 じり、と距離が詰まる。

 やばいやばいやばい。これ、拒否したら普通に殴られる。殴られたうえに、鞄から勝手に財布持ってかれる。


 心臓が跳ねる。足がすくむ。逃げ道はない。

 一瞬の間に思考が駆け巡る。いっそのこと、金を渡してしまった方がマシなのではないか? 一万円までなら……ああでも、一度でも貸してしまったら、これから先、何度も揺すられるようになる。でも今この場を安全に切り抜けるためには、金を出してしまったほうが……。

 俺は手を迷わせながら、自分の鞄のファスナーを開けた。

 そのときだ。


「貸すな!」


 凛とした声が、耳に響いた。

 軽くて、迷いのない足音が、こちらに向かってくる。


「樫屋、貸すな」


 現れたのは、無表情ときれいな黒髪……浦田だった。見慣れた顔に安堵して、俺は掠れた声を出した。


「う、浦田……!」


 浦田のその目は、まっすぐ俺を見ている。ヤンキーたちが振り返る。


「なんだお前、関係ねえだろ」


「黙れ。俺からしたらお前らの方が関係ない」


 浦内は一歩前に出て、淡々と言った。


「今日の俺のラッキーアイテム、『まだなにも貸してない樫屋洸平』なんだ」


「せめてラッキーパーソンって言え!」


 恐怖とか安堵とかいろんな感情を全部すっ飛ばして、俺は真っ先にそう声を張り上げた。


「そんなラッキーアイテムがあってたまるか! ピンポイントすぎるだろ! 俺の固有名詞が占いに出てくるな!」


「危なかった。今日のラッキーアイテムは誰より早く樫屋を捕まえないといけないラッキーアイテムだったからな。ギリギリのところで間に合ってよかった」


「ねえマジで言ってんの!? マジでラッキーアイテムまだなにも貸してない俺なの!?」


 それまで怖くて声が上手く出せなかったのに、足もすくんでいたのに、浦田のせいで全部吹っ飛んだ。

 ヤンキーたちは完全に置いてけぼりである。


「なんだこいつら」


「漫才してんのか?」


「怖いんだけど」


 浦田はヤンキーらを見据え、静かに言った。


「だから、樫屋になにか貸させてはいけない。金を借りるなら別の日にしてくれ」


「別の日でもだめだろ!!  もっと普通に止めろ!!」


 俺は浦田に向かってギャーギャー叫んだ。

 浦田は変人だ。常に想像の斜め上を行く。ヤンキー相手でも奇行が止まらない。

 その浦田の奇行が、ヤンキーたちの勢いを完全に削いでいた。


「なんか、関わっちゃいけないタイプだな」


「行こうぜ」


「うん、なんか怖いわ」


 ヤンキーたちはそそくさと去っていった。残された俺は、へなへなと壁にもたれかかった。


「助かったけどさ」


 浦田は小さく頷いた。


「マジで危なかった。樫屋があいつらに貸しちゃったら、今日のラッキーアイテムが手に入らないところだった。折角ここのところ皆勤だったのに、こんなところで途切れるわけにはいかない」


「だからラッキーアイテムを基準にすんな! でもありがとう!」


 浦田に俺を助けるつもりがあったのか、ただ単にラッキーアイテムのためでしかなかったのか、それはこいつの無表情からは読み取れない。

 なんやかんやでこいつに助けられてしまった、そんな事実があるだけだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ