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あれから浦田は再び、遠慮なく俺にラッキーアイテムを借りに来るようになった。
ある日はオレンジ色のお手玉を。ある日は湿気たティッシュを。ある日は穴の開いた靴下を。あいつは毎朝変な占いに振り回され、変なラッキーアイテムを求めて、俺のところへやってくる。
朝の高い空が眩しい。通学路を歩きながら、俺はぼんやりとその青を見上げていた。
今日の浦田のラッキーアイテムは、なんだろう。
どんななにを求められるだろうか? そろそろ、流石に俺でも貸せないようなものを要求されるだろうか? どんなふうに、驚かせてくるだろうか?
いやだな、なんだかちょっとわくわくしている自分がいる。
そんなことを考えながら校門をくぐり、校舎に向かっていく途中。ドンッと、肩に強い衝撃があった。
「おい、どこ見て歩いてんだよ」
振り向くと、数人の男子生徒……派手な色の髪、ピアス、学ランの袖をまくり上げた、分かりやすいヤンキーたちが三人集まっていた。
ふざけ合って歩いていて、近くを歩く俺が見えてなかったらしい。ぶつかってきておいて、俺に因縁をつけてきた。
「邪魔くせえんだよ、チビ」
「ん……すみません」
これ以上絡まれても面倒だから、謝りたくないけれど口先だけ謝る。と、ヤンキーのひとりが俺の顔をじっと見つめた。
「あれ? こいつ、もしかして……」
「ん?」
「噂の『なんでも貸してくれる樫屋』じゃね?」
その言葉に、ヤンキーたちの目がギラッと光った。
「ふうん、そういやなんか聞いたことあるな」
「おいおい、ちょうどいいじゃん」
「貸してほしいもんがあってさあ……?」
嫌な予感しかしない。
「ちょ、ちょっと待っ……」
言い終わる前に、腕を掴まれた。抵抗しても、腕力に押し負けてずるずると引っぱられる。
「まあまあ、こっち来いよ。人目があると話しづらいだろ?」
必死に足を踏ん張っても虚しく、校舎裏へ引きずり込まれていく。
人けのない場所に連れてこられ、壁際に立たされる。目の前にはヤンキー三人が、ニヤニヤしながら並んでいた。
俺は小さく深呼吸して、震える声で、なんとか言葉を絞り出した。
「えっと……その……本当に困ってるなら、貸せるものなら貸すけど……」
こんなふうに強引に連れてこられたけれど、単に他の人たちと同じように忘れ物で困っているだけなら、相談には乗る。
ヤンキーのリーダー格が、にやりと笑った。
「お、言ったな? 流石『なんでも貸す樫屋』」
「なにを貸せばいい……?」
俺が恐る恐る聞くと、ヤンキーらは顔を見合わせ、同時に口角を上げた。
「決まってんだろ。金だよ、金」
金。
うん、そうだよな。ヤンキーに囲まれて、貸せと言われるものなんて、まあ金だよな。返してもらえないやつだよな。
しかしそれは、なんでも貸す樫屋からしても、一線を越えている。
「それは……無理。金は、貸せない」
勇気を振り絞って言った瞬間、ヤンキーたちの表情がゆっくりと変わった。ニヤニヤ笑いが、「ああ、こいつ拒否ったな」という顔に変わる。
「へえ? 貸してくれないんだ?」
「樫屋のくせに? 困ってる人に貸すんじゃなかったの?」
「なに? 俺らには貸さないっていうの? 差別じゃーん」
じり、と距離が詰まる。
やばいやばいやばい。これ、拒否したら普通に殴られる。殴られたうえに、鞄から勝手に財布持ってかれる。
心臓が跳ねる。足がすくむ。逃げ道はない。
一瞬の間に思考が駆け巡る。いっそのこと、金を渡してしまった方がマシなのではないか? 一万円までなら……ああでも、一度でも貸してしまったら、これから先、何度も揺すられるようになる。でも今この場を安全に切り抜けるためには、金を出してしまったほうが……。
俺は手を迷わせながら、自分の鞄のファスナーを開けた。
そのときだ。
「貸すな!」
凛とした声が、耳に響いた。
軽くて、迷いのない足音が、こちらに向かってくる。
「樫屋、貸すな」
現れたのは、無表情ときれいな黒髪……浦田だった。見慣れた顔に安堵して、俺は掠れた声を出した。
「う、浦田……!」
浦田のその目は、まっすぐ俺を見ている。ヤンキーたちが振り返る。
「なんだお前、関係ねえだろ」
「黙れ。俺からしたらお前らの方が関係ない」
浦内は一歩前に出て、淡々と言った。
「今日の俺のラッキーアイテム、『まだなにも貸してない樫屋洸平』なんだ」
「せめてラッキーパーソンって言え!」
恐怖とか安堵とかいろんな感情を全部すっ飛ばして、俺は真っ先にそう声を張り上げた。
「そんなラッキーアイテムがあってたまるか! ピンポイントすぎるだろ! 俺の固有名詞が占いに出てくるな!」
「危なかった。今日のラッキーアイテムは誰より早く樫屋を捕まえないといけないラッキーアイテムだったからな。ギリギリのところで間に合ってよかった」
「ねえマジで言ってんの!? マジでラッキーアイテムまだなにも貸してない俺なの!?」
それまで怖くて声が上手く出せなかったのに、足もすくんでいたのに、浦田のせいで全部吹っ飛んだ。
ヤンキーたちは完全に置いてけぼりである。
「なんだこいつら」
「漫才してんのか?」
「怖いんだけど」
浦田はヤンキーらを見据え、静かに言った。
「だから、樫屋になにか貸させてはいけない。金を借りるなら別の日にしてくれ」
「別の日でもだめだろ!! もっと普通に止めろ!!」
俺は浦田に向かってギャーギャー叫んだ。
浦田は変人だ。常に想像の斜め上を行く。ヤンキー相手でも奇行が止まらない。
その浦田の奇行が、ヤンキーたちの勢いを完全に削いでいた。
「なんか、関わっちゃいけないタイプだな」
「行こうぜ」
「うん、なんか怖いわ」
ヤンキーたちはそそくさと去っていった。残された俺は、へなへなと壁にもたれかかった。
「助かったけどさ」
浦田は小さく頷いた。
「マジで危なかった。樫屋があいつらに貸しちゃったら、今日のラッキーアイテムが手に入らないところだった。折角ここのところ皆勤だったのに、こんなところで途切れるわけにはいかない」
「だからラッキーアイテムを基準にすんな! でもありがとう!」
浦田に俺を助けるつもりがあったのか、ただ単にラッキーアイテムのためでしかなかったのか、それはこいつの無表情からは読み取れない。
なんやかんやでこいつに助けられてしまった、そんな事実があるだけだ。




