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13.体育祭編後半〜絶望を乗り越えた先の希望〜

保護者席でのお昼休憩を終え、私は日陰と待機スペースの方へと戻る。

そこには、既に神羅が戻ってきていた。

「玲君!もう待機スペースまで帰って来てたんだ〜?まだ次の応援合戦までは結構時間があるのに」

不思議そうに日陰がいう。

「それをいうならそっちもだろ?それに揣摩がどうなるのか気になったからな」

「いやぁ…。神羅の気持ちがすごく良くわかったよ。本当に。うん」

私は顔を引き攣らせ、答える。

「だろうな。でも日陰と一緒にきたということは昼休憩を二人で過ごしてたんだろ?どうやってあのご両親を攻略したんだ?」

「攻略て。まぁでもそんなに特別なことはしてないよ?」

「ダウト」

「流石にその言い分は私も通らないと思うよ、歩友ちゃん…」

神羅はともかく日陰からも否定が入るとは。まぁ、別にいいけども。

「タイミングが良かったってだけだよ。神羅っていう似たようなのを前に相手してたし。ちょうどいいタイミングで日陰のお母さんが助けてくれたしね」

そう言葉を重ねても二人はまだ納得していないようで、私に疑問の視線をぶつけて来ていた。

仕方がない。このまま私が話したところで簡単には納得してもらえなさそうだし、話をそらそう。

「次の種目って応援合戦だっけ?これってなんなの?」

「揣摩、話を逸らすな」

話を逸らす作戦は、にべもなく神羅に潰された。

「エー?ヤダナー話ナンテ逸ラシテナイヨ?」

「歩友ちゃん、めちゃくちゃ棒読みだけど…?」

「だーかーらぁ、タイミングが良かっただけだって言ってるのに」

「そう簡単に信じられるわけないだろう」

「強情な…」

「何だと!?」

「ちょ、ちょっと二人とも落ち着いて…?」

ピーンポーンパー…ブチッ

水掛け論がヒートアップしかけたところを、謎に途中で切られたチャイムの音が止めてくれた。

…ていうかこのチャイム何?

日陰と神羅もチャイムに気を取られ、スピーカーの方へと目を向ける。

「マイクテスト…まぁ、いらんだろ。えー体祭の点数の中間発表だ。俺が昼休憩を削って計算したから間違いはない。生徒共は心して聞くように」

ここまで一発でわかるほどキャラ濃い先生もなかなかいない。

『早見先生だ」だね」か」…』

私、日陰、神羅の三人の声が被る。

「詳細な点数発表はしない!気になるやつは本部前に張り出したのを見に行け。一年は2、4、3、1組の順だな。そんで二年は〜」

ほんと早見先生最低限のことしかしようとしないな。

まぁ別に私は得点にそこまで興味がないからいいけど…。

しかし、二人は違ったらしい。

「玲君、歩友ちゃん!点数本部前だって!見に行こ見に行こ〜!!」

「あぁ。取り敢えず一年の点数差は把握しておきたいところだな」

まぁ早見先生のおかげで話題も変わったことだし、ここで変に話題を掘り返されても困る。

別にそこまでの手間でもないし、見に行くことにしよう。

「それじゃあ移動しようか」


〜本部前〜

「う〜ん…結構点数僅差だね〜」

日陰が本部前に張り出された点数表を見ていう。

「そうだな。応援合戦とリレー次第ではどんでん返しも普通にあり得る」

神羅も厳しい表情だ。

「確かに男女混合リレーは最も配点の高い種目って聞いたけど、そんなに?だって私たちのクラスが一位な訳でしょ?」

私は二人が何故そんなに僅差であることに厳しい表情をするのか分からなかった。

「それはね〜、あゆぽん。応援合戦が生徒だけでなく先生を含めてクラス一丸となる必要のある種目だからだねぇ」

「へぇ〜って…シノ!?」

「そうだよ〜」

ヒラヒラと手を振りながらシノがいつの間にか後ろにいた。

「毎度背後から出てくるのどうにかならないのか嘉神…」

呆れたように神羅がいう。

「ボクも点数がちょっと気になってね〜。わざわざ見に来たってワケ」

「ていうかシノ君、今までどこにいたの?」

「ん〜。ヒミツかな」

それで応援合戦の話だけどね〜とシノは話を続ける。

日陰はシノが居場所について話したくないのであろうことを察したようで、それ以上特に何かを言うことはなかった。

「ボクらの2組は、早見先生が担任だからねぇ。あの先生協調性とか全くないし〜、ほぼ確で2組は応援合戦最下位だねぇ」

あっけらかんと、まるで何でもないことのようにシノは言う。

その様子に少し違和感を覚えたものの、シノが言ったことは全て事実だ。

日陰と神羅の二人も厳しい表情をする。

「確かにな」

「シノ君の言う通り、早見先生には協力する意思が無いだろうね…」

日陰は借り人競争の記憶がフラッシュバックしたのか苦い表情になる。

「それを踏まえて〜ボクは3組が勝つと思うな〜」

「まぁ、3組には次期生徒会長候補と言われる鏡がいるしな。あいつは結構できるやつだし」

「真央ちゃんのクラスは強敵だね…。今は三位でも全然油断できないよ」

「…真央様なら三位からでも巻き返せる。それだけの能力や正義感が真央様にはあります。僕はそう確信していますよ」

先程までのゆるい雰囲気をかなぐり捨て、別人のように静かにシノが言った。

そこには圧倒的なまでの自信と信頼があった。

思わず気圧されそうになる。

…ていうかシノって味方だよね?いくら次期生徒会長候補とは言え、普通別クラスの生徒にこんな肩入れする?

しかし、日陰と神羅は特に気にした様子はなかった。

「本当にシノ君は真央ちゃんのことになると人が変わるね…」

「当然です。僕は真央様に一生の忠誠を誓っていますから」

「相変わらず鏡に対して重いな…」

「別に僕の忠誠をどうとっていただいても構いませんよ。お二人もぜひ生徒会へどうぞ。いつでも歓迎しますよ」

「私は今で結構手一杯だから…ごめんね」

「俺も遠慮しておこう」

話についていけない。今まで応援合戦の話をしていたはずなのに、いつの間に生徒会勧誘の話になったんだか…。

しかし、日陰も神羅もシノに対して普通に会話している。

あれ?私がおかしいのかな??

などと思っている間にシノはまた普段のゆるい雰囲気に戻り、ついでに話も戻っていた。

「それに1組は明地先生と生徒の間ですれ違いが発生してるみたいだし?4組の担任の栗栖先生は真面目にやることはやりそ〜だけど、4組は学年1荒れてるからね〜。3組はそーいうのないし、流石にここは3組がとるっしょ〜」

シノはつらつらと考えを述べる。まるでそうなることが既に決まっているとでも言わんばかりだ。

「にしてもシノ、やけに他クラスの事情に詳しいね?」

このまま混乱していても仕方がないので取り敢えず不思議に思った事を聞いてみる。

「ボクのトモダチは結構おしゃべりな人多いからね〜。情報もその影響でかなり入ってくるんだよねぇ」

「な、なるほど…」

鏡さんが関わった時だけ様子が変わるっぽい…か?いやどういう原理??

「それじゃあレイレイ、ひーちゃん、あゆぽん。そろそろ応援合戦始まるっぽいし、戻ろ〜」

「あ、ごめんシノ君。私たち体育祭委員としての仕事があるんだよね…」

「あぁ…そっか〜。それなら仕方ないねぇ」

「だから応援合戦の後、男女混合リレーの前に合流する形だな」

「りょ〜か〜い。じゃああゆぽん一緒に戻ろっかぁ」

「そ、そうだね」

(まぁ、シノのことについて気にしても特にどうこうできるわけでもないし…今は気にせず行こう)

そうして日陰と神羅、私とシノで別れてそれぞれの行き先へと向かったのだった。


〜応援合戦〜

「フレエェェェェ!フレエェェェェ!い、ち、く、み!!いっけぇぇぇ!!」

「い、いけー」

「ふれ、ふれー」

「いちくみー」

(いや熱意の差…)

明地先生と1組の生徒で熱量が違いすぎる。

確かにシノの言った通り明確なすれ違いが発生していた。

「応援合戦もやるのは選ばれた生徒だけなんだけどねぇ…おとなしい子ばっかりだね〜」

(そうなんだ…)

私は他クラスの生徒はまだよく知らないので何とも言えないが、シノがいうならまぁそうなのだろう。

何故そうなってしまったのかはよくわからないが…。

まぁ、何だろう、うん。明地先生の頑張りがよく伝わって来た。


続いて2組。こちらもいうまでもなく早見先生のやる気があからさまになかった。というかグラウンドに出て来もせず、暑いし応援合戦なんて時間の無駄だと言って本部にこもっているので、1組の生徒未満である。

(流石に酷いって…)


そして3組。優しそうな女の先生が可愛くポンポンを振っていた。

1組とは違い、生徒側が前に立つようだ。周りの人より人一倍大きくて凛々しい声の女子生徒が先頭で堂々と立っている。

「あれが次期生徒会長候補…鏡 真央、かぁ」

(確かに今までのクラスとは雰囲気からして違う。おそらく彼女の力なのだろう)

……いや前の二クラスがただひどかっただけだな。

「そうだねぇ。ちなみにポンポンを持ってる先生は深井 愛美先生だよ〜」

「へぇ…」

(深井…ね)


最後の4組は、明らかに荒れてそうな雰囲気を醸し出していた。

「フレー、フレー!俺らの4組ー!」

「はぁ!?お前のじゃねぇよ!訂正しろ!」

「んだと!?調子乗ってんじゃねぇぞ!」

「ったくおめーら落ち着け!ただの応援合戦のセリフだ!」

金髪のリーダーっぽい人がいさめる。

「でもよ、こんなのおかしいだろ!」

「おかしいのはお前だ、バカ!」

「あぁん!?」

一触即発。最早応援合戦ではなくケンカ合戦だった。

金髪の人の諌める声も、あちこちで勃発しているケンカの声に掻き消され、全く届く様子がない。

金髪の人は髪をガッと掻き上げると、チッと苛立たしげに舌打ちをした。

「結構〜ゆっきーも気が立ってきてるねぇ。ま〜この状況なら無理ないかって感じだけど」

シノがボソリと呟く。

「ゆっきー?って誰?」

「ゆっきーはね〜黒瀬 結樹っていって4組のボスなんだよ〜。あの目の前にいる金髪の男子だねぇ。あゆぽんはまだほとんど関わりないだろうし知らないだろうけど〜」

「へぇ…4組のボスかぁ。なんか怖そうだね」

「そんなことはないよぉ〜。むしろ4組だと一番話ができるまであるねぇ。生徒会だと問題をよく起こす4組とは否が応でも顔を合わせなきゃいけないしぃ、あゆぽんも多分そのうち覚えるよ〜」

シノがニコニコしながら説明してくれた。

(それは一体どういう笑いなんだろう…。)

4組はあと確か…栗栖先生?って人がいるんだっけ?

視線を戻す。かなり背の高い女性の先生が4組の集団の後ろに立っているのがみえた。恐らくあの人が栗栖先生だろう。

しかしどこか栗栖先生には違和感を感じた。

背が高いから?それとも後ろにいるから?

…いや。どちらも違う。目の前であんなに激しいケンカが勃発しているのに止めようとしないことだ。

寧ろ明地先生とかの方がオロオロしている。「…どうして止めにいかないんだろう?」

「ん〜。前にも似たようなことがあって、明地先生が止めようとした時はさらに4組の生徒がヒートアップしちゃったからじゃないかなぁ。あの時は大変だったねぇ」

「口に出してた?」

「うん。バッチリとね〜。それに気になる気持ちはわからなくもないよぉ。とりま見てたら〜?」

そうシノに言われて再び視線を戻す。

しかし金髪の黒瀬という生徒も、グラウンド中あちらこちらで同時に発生している多数のケンカ。しかも自分の声は全く通らず周りがただヒートアップしていくと言う地獄のような状況には手を焼いているようだった。

悔しそうに手のひらに爪を食い込ませ、唇を噛みしめる。

傍目に見てもかなり見ていられない状況だ。

と、その時。グラウンドに凛々しくも涼やかな声が響いた。

「Be quiet!!」

それは決して大きな声ではなかった。しかしその一言は一瞬で4組中に広がり、様子を一変させる。

先ほどまであちこちで喧嘩を繰り広げていた生徒たちが一瞬にして静かになり、グラウンドは静寂に包まれた。

その隙を黒瀬は見逃さず、一気に4組の応援合戦をそこから立て直した。

先ほどの殺伐としたケンカではなく、熱い結束のもと生み出される応援。

少し前には想像さえもできなかった光景が今、目の前にあった。

「うそでしょ…!?」

「これが栗栖先生のすごいところだよねぇ〜。一瞬であれを鎮めちゃうんだからぁ。ホント、ただの英語の先生とは思えないよぉ〜」

どこか気の抜けたような雰囲気でシノが言栗栖先生を褒めるが、その目は全く笑っていなかった。

(栗栖先生…エグいな)

ちなみに"Be quiet"の発音もとても良かった。


〜男女混合リレー〜

グラウンドの中央で、シノとともに日陰と神羅二人に合流する。

リレーが始まるまでの数分間は最後のアップの時間だ。

みんなの待ち時間の過ごし方は三者三様だった。

日陰は一心不乱に手に"人"を書いては飲み込んだり、深呼吸を繰り返したりと、とても緊張しているのが伝わってくる。

神羅は他クラスのメンバーを見渡し、勝てるかどうか計算しているようだった。

シノは軽く準備体操をし、特に焦った様子もなくいつも通りニコニコとしている。

私はみんなの様子を一通り見終えると、この種目についてもう一度思い返す。

男女混合リレー。

一クラス男子女子二人ずつのリレー。走順はシノ、日陰、私、神羅。走る距離に男女での違いはなく、約グラウンド半周だ。この体育祭において最も配点が高い種目である。

そして先ほどの応援合戦と中間発表での点数差が僅差であったことを踏まえると…恐らく、いや。ほぼ間違いなくこの男女混合リレーで勝ったクラスが優勝する。

日陰と神羅、そしてシノの三人も気合いが入っているようだし、どうせなら最後は勝って気持ち良く終わりたい。

などと考えていると、丁度スピーカーから声が聞こえてきた。

「さて!ついに最後の種目、男女混合リレーだぞ!みんな全力を尽くして熱くぶつかり合ってくれよな!!あ、もちろん実際にぶつかるのはダメだぞ!これはあくまで例えな!例え!」

「烈、さっさと進行しろ。何のためにお前に進行役を任せたと思っているんだ」

「す、すみません、迅先生…」

「もういい。俺がやる。一年の生徒共はさっさと配置につけ」

(……今の声は明地先生と早見先生?何で早見先生まで…絶対体育祭の進行になんて出てこなさそうなのに)

「歩友ちゃん、大丈夫?そろそろ移動しないとリレー始まっちゃうよ」

日陰にトントンと肩を叩かれる。

「ヘっ!?あ、ごめん!考え事してた…」

「2番目の日陰と4番目の俺はグラウンドの向こう側にいかないとだな」

「そうだね。移動しよっか!玲君」

日陰と神羅はグラウンドの向こうのほうへと歩き出す。

「それじゃあボクたちも移動しよっか〜あゆぽん」

「そうだね」

私とシノも移動を始めた。

移動中、今度は栗栖先生と深井先生の声が聞こえる。

「明地先生が説明し忘れていたので補足しますが…今年は明地先生の"毎年一番盛り上がる最後の種目の男女混合リレーを学年の先生たちで実況したい"という異例の提案により、一年生だけ特例として私たちが進行、実況をすることになったわ」

「まぁ、これはこれで面白いしいいんじゃないかしら?私は賛成よ〜。みんな頑張ってね」

(マジかぁ…それで早見先生が)

色々と驚きの連続だ。

しかし、特に周りに驚いた様子の人はいない。いや、男女混合リレーでそれどころではないのかもしれないが。

私は3番目なのでレーンの端に待機する。

スタートの合図を出すのは流石に明地先生ではないらしい。特に知らない先生がピストルを持って配置に立っていた。

先生がピストルを真上に向ける。

「オンユアマーク…セット」

バン!



明地「おっと四クラス全員第一走者が一斉に走り出した〜!!」

早見「今のところ特に差はないな」

深井「みんな頑張ってて可愛いわぁ」

栗栖「続いて第二奏者へとバトンがパスされていくわね。3、1、2、4組のッ…!?」

『危ないッ!!』

シノ君からバトンを受け取り、前に向き直った私の目の前には何故か人の背中があった。ていうかこっちに倒れ込んでッ…!?

「ッ!?」

咄嗟だった。私は体を無理やり捻って何とか横に倒れ込むようにして避ける。

ドシャッ。カラカラカラ…。

(ぶつかりかけた人は…?)

顔を上げて、様子を伺う。ぶつかりかけた人はすでに立ちあがろうとしていた。

(良かった…)

「大丈夫か、日陰!?」

玲君の焦りと心配の入り混じった声がした。

玲君に返事をしようと私も体を起こし、立ちあがろうとした瞬間、ズキンッとした痛みが足首に走った。

思わず足を見下ろすと、両膝も擦りむいており血が出ている。

(痛い…)

「だ、大丈夫……じゃ、ない、かも…」

「どこかケガしたのか!?」

「う、うん…膝を擦りむいちゃって…後足首もかな?」

「日陰…」

「し、心配しないで?私が不注意だっただけだから…」

そう言いながら、顔を上げる。ふと視界にリレーのバトンが映った。

(……!?)

待って…?今、私何を…!?

気づいた時にはすでに手遅れだった。

ほとんどの子達がバトンの受け渡しのゾーンへと走っていっている中、歩友ちゃんだけがポツンと立ち、こちらの方を心配そうに見て来ている。

(どうしよう、だいぶ出遅れちゃった…)

なんとかバトンを拾い上げ必死に走りだす。

地を蹴るたび足がジンジンと激痛を訴えてきていたが、もはやそれどころではなかった。

(負けちゃう…私のせいで)

私の、私なんかのせいで。

目の前が真っ暗になった気がした。

泣いてる場合なんかじゃないのに、目から勝手に涙が溢れてくる。

いやだ…それだけは、絶対に…!!

でもいくらそう思っても。前との差が縮まることはなかった。

つらい。苦しい。痛い。息が上がって、足が痛くて。目の前なんかもう涙でぐちゃぐちゃだ。

(バトンを…渡さなきゃ)

ただ、それだけのために。

走って、走って、走って、走って。

ようやく辿り着いた、バトンの受け渡しゾーン。

歩友ちゃんが私の方を振り向いて、手を差し伸べて来ていた。

「ごめん歩友ちゃん、私ッ…!」

もう限界だった。精一杯伸ばした私の手から、滑り落ちたバトンが落下する。

その瞬間分かった。分かって、しまった。

このバトンは…届かないと。

遠い。驚いたように目を見開く歩友ちゃんの手が。背中が。

私は覚悟した。歩友ちゃんから憤りの言葉が発せられることを。落胆の瞳が向けられることを。

しかし、次の瞬間私の視界に映った歩友ちゃんはこの状況で笑っていた。

…その片手にしっかりとバトンを持って。

「え…?」

目の前に広がる光景が、にわかには信じられなかった。

そのまま歩友ちゃんは言葉を続ける。

「ありがとう、日陰。あとは任せて!」

瞬きする間に歩友ちゃんは私の視界から消え、凄い猛スピードでトラックを駆け抜けていった。


日陰からバトンを受け取った私は、ダダダダ!とグラウンドを今出せる全力で走っていた。力強く地を蹴るたび、どんどん前の人たちの背中が近づいてくるのがわかる。

(絶対に日陰の頑張りを無駄にはさせない!)

日陰が落としたバトンをキャッチした時にこれしかないと思い至った、逆転勝ちするための起死回生の一手。

この作戦は前にこういう状況に陥った時用に思い付いてはいたものの、だいぶグレー寄りだしそもそも成功する確率が劇的に低い為、頭の片隅に放置しておいたものだ。

次が神羅ではなかったら、正直実行に移そうとはしなかった。

しかし神羅の体育祭での動きを見て、私は行けると確信した。

「神羅!!」

私はバトンパスゾーンに入った瞬間、腕を全力で振った。

「揣摩!?」

神羅は驚いたような声を上げたものの、ピュン!と風を切って勢いよく飛んできたバトンを難なくキャッチし、走り出す。

「よし!」

私はガッツポーズをした。

これなら勝てる!!

神羅はすぐに最高速度まで加速し、先ほどの私以上の速度で他クラス三人をごぼう抜きする。

そして、見事私たちのクラスは一位に返り咲いたのだった。

「………」

嬉しい、はずだ。だって私たちは勝ったのだから。

シノの様子を見る。走り終わった神羅と日陰、そこにシノが混じって笑っていた。

けれど、どこか違和感が残る。

偶然にしては、出来すぎている気がした。

何か一つ、決定的に見落としている。

そんな気持ちの悪さが、頭から離れてくれなかった。


(めでたし、めでたし、か。やられちゃったなー)

僕はひーちゃんとレイレイに走り寄り、勝利をともに祝いあった。

まさかバトンを投げるなんて思わなかった。普通はやらない。

ルール上はグレーでも、あれは完全に“想定外”だ。

……まあ、いいか。

自分だって、褒められたものじゃないことをいくつも仕掛けていたのだから。

(あのタイミングも、あの流れも――全部)

胸の奥で、何かがぐつぐつと煮える。

怒りでもない。悔しさでもない。

思い通りにいかなかった不快感とも、少し違う。

……ああ、なるほど。

これは――

僕の予想を超えてきた存在への、純粋な興味だ。

……面白い。

(キミは僕を飽きさせないでね?)

僕は、そっと笑みを深めた。

今回で体育祭編の本筋は終わりです!

シノが自我を出してきたり、新たな先生が出てきたり、黒瀬くんも出てきたりと結構ボリューミーな回になったのではないでしょうか。

※因みに余裕で8000字を超えています。

長く続いた体育祭編も一区切りという事で私からも少しお話というか感想を。

まず、たくさんの面白くて魅力的な作品があるなかで、この「揣摩 歩友は観察者」を見つけて、読んでくれた読者のみなさんに心からの感謝を。本当にありがとうございます!皆さんのおかげで、割と飽きっぽいところのある私でもここまでお話を続けることができました!!

(こう書くと何だかお話が終わりそうですが、普通にまだまだ続きます)

次に感想なのですが、作者的に後半は書いていて結構ドキドキするシーンが多かったです。

キャラもすごい速度で増えて行ったので、まだ余り深掘りできてない子ばかりですが、それは今後のお楽しみにしていただければなと思います。

あと、これで終わりは少し味気ないのでシノ視点と日陰×玲視点を分けて出す予定です!

最後に、歩友が神羅にバトンを投げていましたが、人に当たる可能性もありますし、とっても危ないので絶対に真似しないようにしましょう。(まぁ真似する人なんていないとは思いますが…)

ていうかこれ絶対最後に持ってくる話題じゃないですね。

(計画性のなさが出てしまいました、すみません。

それではまた〜^ ^

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