200年前の少女
あれから少しして、すぐに私達は私達の部屋へ戻った。
全員、ミリアさんの話しに興味津々という状態だった。
私からしてみれば、私の昔話は嫌な話でしか無い。
「じゃあ、話そう」
ミリアさんがゆっくりと口を開く。
皆、固唾を呑みながらその話を聞き始めた。
「エビルニア・ヒルガーデン。200年前、私が出会った魔王の娘。
彼女は最初、勇者と行動を共にして居た。
勿論、最初は彼女が魔王の娘だなんて想像もしてなかったよ。
何せ、彼女の容姿は人間その物だったんだから」
その時は姿を完全に隠してた記憶がある。
でも、すぐに魔王の娘としての姿を見せることになるけどね。
魔物に包囲されてる状態で、仕方なかったとしか言えないけど。
「聞いた話だと、あの時は確かエビルニアと合流してすぐだったのか。
その地点から、既に勇者はエビルニアを信頼していたと言う事になる。
大した物だと思うよ。そして、なんでそんなにすぐに正体を現したのか
私にはよく分からなかったけど、雰囲気から惚れていたのは分かった」
「一目惚れ?」
「うーん、どうだろうな…流石にそこまでは分からないかな」
最初は一目惚れだったのを覚えてる。だけど、すぐに本気で惚れちゃった。
その後、私が魔王の娘だって分かったはずなのに私を倒そうとはしなかった。
仲間達は私を倒すべきだと言うけど、勇者様は守ってくれてた。
…格好良かった。種族とか関係無く、内面で私の事を見てくれてたから。
そこもやっぱり、リズちゃんに凄く似てる…正確にはリズちゃんが似てるんだけどね。
「でも、エビルニアは勇者を殺したって」
「そんな話は知ってる。そして最後…恐らく推測でしか無いんだけど
エビルニアは勇者の意思を継いで魔王を殺そうとしたんだろう」
「え? だけど、最後は勇者の力が魔王を倒したって」
「まさか、死者は意思を残すことしか出来ない。
誰かが勇者の遺志を継いで行動しないと意味が無いんだ。
そして、そんな事が出来たのはエビルニアしか居ないはずだ」
「でも変じゃないの。それじゃあ、エビルニアは何?
勇者を殺しておきながら勇者の意思を継いだわけ?
なら、なんで勇者を殺してるのよ、殺さなきゃ良いのに」
本当にそうだよ。勇者様を殺していなければ…お父様を倒せたはずなのに。
…それなのに私は……私は結局死ぬのが恐くて…
「それは私も分からないけど…死ぬ覚悟が出来て居なかったから…とか?」
「でも、その後死んでるなら」
「何か決意を決めるきっかけが何処かにあったのかも知れない。
私に出来る事は推測だけだからなんとも言えないけど」
「ふーん…」
「だがまぁ、彼女が最初から勇者を殺そうとしてた訳じゃ無い。
それはハッキリと言える」
でも、結局私は勇者様を殺してる…それは紛れもない事実。
「最初から殺すつもりなら、あの場面で本来の姿を見せる必要も無かったし
一緒に戦う必要も無かった。そもそも惚れている相手を殺そうとは思うまい」
「エビルニアの動向や心情…凄く気になるよ。どうしてそんな事をしたんだろう。
それにもしかしたら本当に魔王を倒すつもりで戦ってたのかも知れないし…
もしかして魔王に何か仕組まれてたりしてたのかも!?」
「勇者を殺した相手の考えを理解しようとしてるのですか?」
「何かあって仕方なく殺したんだったら、エビルニアだって辛いはずだもん!
そんなの可哀想じゃん…」
「……信頼してた仲間に殺された勇者様の方が辛いに決ってるよ…」
私は結局自分で選んで馬鹿な行動を取った。
勇者様は理不尽に私に殺されたんだ…私は可哀想なんかじゃ無い。
私はどうしようも無い愚か者…私は誰かに同情されて良い立場じゃ無い。
「勇者も辛いだろうけど、エビルニアも辛いはずだよ。
何か仕組まれてたんだったら、1番悪いの結局魔王だし!」
「最終的に勇者様を殺すって選択をした方が悪いの!
同情されるべきじゃ無い!」
「え、エルちゃん…? ど、どうしたのそんなに怒って…」
「あ、いや…何でも無いよ」
……悪いのは私だ。私が全部悪いんだ。
「誰が悪いにしても…その行動が1番正しかったのは事実だろう」
「…どう言うこと?」
「200年前の勇者、ガルムは…恐らく最弱の勇者だからだよ。
魔王と戦っても、結局敗北していた未来しか無いと思う」
「どう言うことです?」
「ブレイズも言ってたけど、ガルムは…優しすぎたんだ。
魔物を殺さなければ強くなれない勇者が魔物を殺そうとしない。
彼は優しすぎる。だから、最終的に魔王に手も足も出ずに敗北するだろう」
「で、でも勇者は魔王の所までたどり着いたんだよね?」
「分からない。それは全く…」
勇者様は確かにお父様の所までたどり着いてた。
お姉様達を倒して、そこまで私達は確かにたどり着いてた。
私は正直、ブレイズお姉様に勝てるとは全く思わなかった。
だって、ブレイズお姉様は姉妹の中で突出して強いから。
テイルドールお姉様やミルレールお姉様には相手を侮ると言う
確実な隙が存在してるけど、ブレイズお姉様にはそれが無い。
攻守共に完璧なブレイズお姉様…数を揃えても勝てるわけ無いと思ってた。
でも、私達は何故かブレイズお姉様に勝利することが出来た。
それはただの奇跡だったのか……いや、きっと違う。
奇跡が起きたとしても、ブレイズお姉様に勝つ事はほぼ不可能だから。
ブレイズお姉様の魔法反射と物理反射と高い魔法能力と高い接近戦闘能力。
知能、行動力、対応能力、順応能力、把握能力、行動予測能力。
全ての戦闘能力が卓越してるブレイズお姉様相手に
奇跡が起きたところで勝つ事はほぼ不可能に近い。
偶然奇跡が起きて、奇跡的にブレイズお姉様に致命傷を与えたところで
ブレイズお姉様は魔力がある限り決して死なないし倒れない。
…そんなブレイズお姉様に、どうして私達は勝てたのか…分からなかった。
「魔王の所まで行けたんなら、勇者様凄く強いじゃん。
だって、魔王の娘と戦って勝ってるんだよね?
あのミルレールみたいに強い娘達に…
仲間にエビルニアが居たらしいけど…あ、もしかしてエビルニアが凄く強かったの?」
「私が見た印象だけど、エビルニアは確かに強かった。
魔法の威力、魔法の発動速度、それに複数の魔法を同時に操る技術。
あれだけの魔法が扱えるのだし、魔力量も凄まじかったんだろうが…
でもどうだろう。魔法だけでミルレールに勝てるのかは怪しい所…かな」
ミルレールお姉様に勝つ事が出来るはずがない。
それは間違いないって断言できる。
私の魔法はミルレールお姉様に効果があるはずが無いんだから。
今回はミルレールお姉様が完全に油断してたから不意打ちが出来たけど
ミルレールお姉様が本気だったとしたら、手も足も出ずに負けてたに違いない。
それだけ、私とミルレールお姉様の実力の差は離れている。
少し先の未来を読めるミルレールお姉様に、不意打ちなんて効果が無いんだから。
そして、そんなミルレールお姉様もブレイズお姉様には手も足も出ない。
それだけブレイズお姉様の実力は突出している。
「エビルニアの魔法技術は私達エルフですら届かない程に高かった。
扱う魔法の数は意外な事にそこまで多くはなかったが
一つ一つの魔法の威力が桁外れだった。
木々を貫くマジックアローなんて見たことが無かった」
「そうなの? 私は見慣れてるけど」
「何を馬鹿な…マジックアローは連射性能には秀でているが
破壊力には秀でてない。木々を貫くなんて不可能だろう」
「…? 何で? エルちゃんのマジックアローは普通に木を貫いてたよ?」
「な!」
…あれ? これってもしかして、私は今、危険な状態なんじゃ…
こ、このまま正体バレちゃったりしないかな!?
「あ、い、いやその…」
「まぁ、それだけエルちゃんが並外れてるって事でしょう。
いや本当、今の所最も勇者に近いのはエルちゃんかも知れないわよね」
「…エビルニアに匹敵する程の魔法技術を持つ…? こんな子供が?」
「何か魔法陣を綺麗に組めば組むほど威力増すらしいよ?
エルちゃんは細かい所が気になるみたいで、魔法陣綺麗に組み続けてたら
何か凄い魔法が撃てるようになったんだって!
私もエルちゃんのアドバイス通り、
毎日綺麗な魔法陣を組めるように頑張ってるんだけど
やっぱりずっと魔法陣を綺麗にしようとしてたエルちゃんには全然敵わないよ。
でも、もっと頑張ってエルちゃんみたいな魔法を撃てるようになるの!」
「そんな秘密があったのか…魔法陣を早く組む事や色々な魔法を扱うと言う事に
視点を向け続けていたせいで気付かなかった…細かい所も大事だったんだな
ありがとう。勉強させて貰ったよ」
「あ、あはは、細かい所が気になる性格で良かったですよ」
よ、良かった…リズちゃんのお陰で何とか助かった…
あのまま追及されてたら、少し危なかったかも知れない…
私の正体がバレちゃったら、今までの努力が全部無駄になるからね。
ちゃんと正体を隠しながら生活しないと…
「しかしまぁ、エビルニアの秘密を少し知れた気分ですよ。
ずっと謎だった魔王の娘、エビルニア・ヒルガーデン。
悪名しか無かった彼女ですが、事実は少し違うと言う事も見えてきました」
「歴史というのは、意外と簡単に改変されてしまうんだよ。
誰かが描く歴史と言うのは偏見から来る一種の物語に過ぎない。
だとすれば、事実と歴史が違うのはある意味では当然なのかも知れない。
お父さんとお母さんが言ってた言葉~」
「歴史を鵜呑みにするべきじゃ無い。そう言う事かも知れませんね」
「流石考古学者よね」
あまり踏み込んだお話しをされなくて一安心だよ。
細かく解説されたら、私の正体がバレちゃう可能性だってあるもんね。
…でも、嫌な事を思い出す事になった…後悔の念に押しつぶされる。
それも私に与えられた罰の1つなのかも知れない。
だとしても、私の苦しみなんて勇者様達の苦しみに比べれば蚊に刺された程度だよ。
 




