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ぼく その3

 突如として宵のなかにしずんだその街並みは、いくぶんと現実みが削がれていた。その街はトンネルをはさんで一瞬にして、いままでの趣をこわし、風情をくずし、ぼくが見慣れていた風景を葬った。窓からみえるその景色は、全体的に木造的なものを彷彿させ、どこか機械的で、そしてあらゆる物をつめこんだ箱のようなものを連想させた。ぼくをはこぶ列車はずいぶんとながい距離の鉄道橋をわたっていた。鉄道橋からみえる景色は、おおきな川をはさんで、複雑でありながら幻想的でもあるぼくの知らない街をたたずませていた。建物で埋めつくされて底をかくしてしまうその街にはあまたの明かりを抽象的な足跡のように飾られていた。列車はどうやらあの街に向かっているのだと思った。わりかしたかい鉄道橋の真下は、夜をきかざった真っ暗で寡黙な川面だった。線路はゆっくりと湾曲していき、空間をうばい争うようにして入りくんだその混沌の隙間にすいこまれていった。

 不規則にならんだ、輪郭もことなれば高さもちがう高層建築物の数々のあいまを列車はくぐりぬけ、その歩幅を繕っていった。がたがたと音をたてて足元がきしみ、なにかと思えば線路が木製のものへと変更されていた。列車はいささか速度をおとし、空を喰いやぶっていくようにならんだ様々な建物やビル、団地のあいだを慎重にわたっていった。

 ぼくはしばらくの間、まともに思考を巡回させることができなかった。ただただそのほんのわずかな既視感すらも覚えさせない景色に唖然としているだけだった。これは夢だと、ぼくは思った。そうだとしか思えなかった。願望でも便宜的な言い訳でもなく、これは夢だとしか言いようがなかった。つい先ほどまで十四時をすぎたあたりだったのに、トンネルを抜けた瞬間にこんなことになっているのだ。ありえない、この混沌とした光景はぼくの気分までもカオスなものにさせていくような気がした。列車は屋台がならんでいる商店街らしき場所の中間をわたり、きょだいな団地のつみ重ねられた空間の壁をなめるようにながれていった。列車の線路の下にはかならずべつの道が層をつくるように交わり重なってみえた。この街はほんのわずかな空間さえみつかれば何かしら建物が詰めこまれるのだ。密集した建物のトンネルをくぐっていると、やがて小さなプラットホームらしき場所がみえてきた。その駅の名前なんてものは知らないけれど、ぼくはもうそこで降りようと決意していた。ぼくはとりあえず、この列車から降りたかった。ひとまずこの絡みあう孤独な混沌をゆっくりとほどきたかった。みえてきたプラットホームは木構造をしていて、壁や足場にはずいぶんと年季をしみこませていた。そこへ近づいていくにつれて、列車は緩慢なうごきへとなっていく。もうすぐ到着することを察してぼくは隣の座席においておいたリュックを掴もうとする。リュックサックには適等にいれた衣類や生活に必要最低限のものだけが詰められている。ぼくはその重いリュックを持とうとした。けれど、リュックは無かった。「あれ」と焦りから声がもれ、ぼくは自分の付近にリュックサックがないか探してみた。けれどリュックはない。いつのまにかリュックは消滅していた。まるで乗客とおなじように、だ。気がつけば停止していた列車がまた出発しそうな空気をかもしだしはじめたので、ぼくはリュックを断念してホームへとおりた。

 降りたプラットホームから線路とのわずかにひらいた隙間をのぞいてみるとパイプ官や鉄網の階段がまじりかさなって繋がられた街並みの奥行きがみえ、ここが結構たかい位置にあるものなのだと気づいた。ここはどこだ? 未知な光景を目にしてぼくはつよい焦燥感におそわれていた。そんな焦燥感の背中をおすように冷ややかな風が吹き、ぼくを通りすぎていった。無意識に早足になりながらぼくは長方形型のホーム内をさすらい、木板の階段をみつけるやすぐにそこに足をかけた。木製の階段は宙にういており、風が突いてくるたびに飾られた軋み音がうかんだ。手すりの下をのぞくと助けを求めるようにこちらに手をのばす建物の束がおし詰められたようになって小さくみえ、視線を前にもどすとそこにもわずらわしいほどに建物にあふれかえった街の深い夜が、うつろな光を訥々とたらしながら止め処なく拡がっていた。木造的で機械的なビルや団地にはかぎりない数のパイプ官がもつれながら巡っていて、その中核にきょだいな塔がそびえていた。その塔は積乱雲のように垂直に盛りあがっていて、いろいろな空間が混ざりあってできていた。木構造の箇所もあり、煉瓦の部分もあれば、鉄工的な空間ものぞけた。その塔はまるでこの街の軸のようにもみえた。なぜなら塔からのびた階段や橋はあらゆる建物へとつながっているからだ。ぼくが歩いているこの木板の階段も、あの塔へと繋がっていた。平屋の家をひっぱって細長くのばしたような屋根のある橋はやわらかく湾曲しながら隣にあるべつの建物をつなぎ、縦じゃなく横へと横断するエレベーターはガラス張りのビルのほうへ赴いていく、塔のかたちを沿うようにある螺旋の階段はそのまま下の建物たちにおぼれた影のなかへと消えていっていた。


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