二章 第十一回
「課長! 僕達の…、大丈夫でしょうか」
「んっ? ああ、心配ない心配ない。君達に恥は、かかせないさ、ははっ…」
実のところ、ゴーステンの一件に翻弄され、余り自信がない上山だった。まあ、覚わらなければ読みゃいいか…ぐらいに思っていた矢先で、岬に迫られ、思わず気休めを吐いたのだった。「ははは…」っと笑ったまではよかった上山だが、そのあと、うっかり首をグルッ! っと回してしまった。どうも癖になったようなところがある。この瞬間、ご存知、幽霊平林が躍り出た。恰も、この瞬間を今や遅し、とばかりに舞台の袖で待つ俳優のような出で立ちである。とはいえ、その姿は上山にだけしか見えないのだから、他人が見ている対外的な景観は少しも以前と変化がない。ただ、プカリプカリと漂っている見えない存在だった。上山は瞬間、こりゃ拙い…とばかりに幽霊平林を手首で追い払おうとした。
「課長、どうかされました?」
「いや、何でもない。虫がね、いたからさ…」
「そうですか? 見えなかったですけどねえ」
「ははっ、そんな細かいことは、どうでもいいじゃないか…」
「ええ、そりゃまあ…」
危うく取り繕って、上山はその場を凌いだ。実のところ、披露宴で読む予定の文面は一応、出来上がっていたが、まったく覚えていなかった。というか、披露宴のことすら忘れられていた上山だった。鞄に隠しいれたハンカチに包まれた舞台寺の土…、この方が今の上山にとって一番、気掛かり立ったのである。上山の心配をよそに、幽霊平林は悠々とした顔でプカリプカリと浮かんでいた。岬は一礼すると、自席へ戻っていった。
『課長、回されましたね』
「…ああ、ついうっかりな。癖になっちまったなあ。何か呼び出す合図を決めにゃいかんな、こりゃ…」
上山は顔を伏せ、小声で返した。




