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第百九回

「はい! そう伝えますわ…」

 上山は電話を切り、夫人とのり取りで気疲れしている自分に気づいた。

翌朝は日曜で、過去の研究所を訪ねるパターンだと、上山はのんびりと起きて、のんびりと出かける、との想定になるはずだった。しかし、三度目の今回は研究所ではなく、つくだ教授の自宅ということもあり気が張っていたせいか、上山はいつもより一時間ばかりも前に目覚めた。名刺はあるものの、佃教授の自宅へは訪ねたことも過去になく、その緊張感があったとも考えられる。車から出て、駅構内へ入るところまでは、いつもの通勤のリズムと同じだったが、そこからが行き当たりばったりの絵になってしまった。それもそのはずで、佃教授の家のルートがはっきり定まらないのだ。それが行き当たりばったりとなった訳で、上山は警察の刑事が聞き込みをする要領で、通行人から情報を得ながら佃教授の自宅へと近づいていった。

 上山がようやくそれと分かる一戸建ての家を探し当てたのは、もっとも近いと思われる駅に下車し、二時間ほど経ってからである。結局、それだけ右往左往したのだった。こんなこともあろうかと、首尾よく七時半頃に家を出たのが幸いして、佃教授に約束した十時にはまだ三十分ばかりあった。ただ、梅雨前の暑気が現れた日で少し体か汗ばみ、気分はよくなかった。しかしまあいずれにしろ、上山としては佃教授の病状らしき異変を確かめるまでは気が許せないのだ。その家は、やはり夫人のざ~ます言葉を彷彿ほうふつさせる豪邸であった。

「あのう…、お電話を致しました上山ですが…」

 入口のインターホンを恐る恐る押し、夫人が「はあ…」と、ひと声発したとき、上山は、か細い声で、そう云った。

「ああ、はい…。どうぞ開いておりますから、お入り下さ~ませ」

 やはり変わらない夫人のざ~ます調が返ってきた。上山は夫人に云われるまま、玄関ドアをゆっくりと開けた。待ってましたのよ…とばかりの笑顔で、夫人は上山を見下ろすように立っていた。

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