負債総額1,100億円を超える巨額の破産申請を行った「全東信(ぜんとうしん)」の事件
全東信事件のような銀行の内部統制の形骸化って、ミズホみたいな銀行で起こりやすい?
タイムリーで、非常に鋭い着眼点です。まさに今年(2026年7月)、負債総額1,100億円を超える巨額の破産申請を行った「全東信」の事件 は、金融界に大きな衝撃を与えました。
読売新聞
「約20年前から粉飾決算を行っていた疑い」 があるにもかかわらず、地銀や信組など60以上の金融機関が審査をすり抜けて巨額の融資を続けていたという事実は、まさに「内部統制の形骸化」の極みです。
では、こうしたガバナンス(統治)の麻痺が、みずほ(MIZUHO)のような巨大メガバンクでも起こりやすいのか?
結論から言うと、「起こり得るし、実は過去に形を変えて何度も起こってきた。ただし、メガバンクと地銀では『麻痺する理由』の構造がまったく違う」というのが、この現実に対する解釈になります。
それぞれの融資審査や内部統制が「形骸化するメカニズム」を解剖してみます。
メガバンク(みずほ等)で起こる形骸化のメカニズム
みずほ銀行といえば、過去のシステム障害や、かつて問題になった「反社会的勢力への提携ローン問題」など、ガバナンスの機能不全が度々指摘されてきました。メガバンクのような巨大組織で統制が形骸化するときは、以下のような「大企業病」が引き金になります。
「縦割り」と「誰も責任を取らない」構造:
組織が巨大すぎるため、業務が細分化されすぎています。ある部署が違和感に気づいても、「それは審査部の仕事」「それはコンプライアンス部の管轄」とタテ割りになり、リスク情報が遮断されます。結果として「みんながチェックしているはずだから大丈夫」という集団心理が働き、誰も本当の責任を持たずにスルーしてしまうリスクがあります。
現場の「事なかれ主義」と忖度:
上層部や有力な取引先が「この案件を進めろ」と暗にプレッシャーをかけた場合、現場の人間が「おかしい」と思っても声を上げにくい空気が醸成されがちです。官僚的な組織になればなるほど、内部通報やブレーキの機能は書類上(形式的)だけのものになり、中身が形骸化します。
今回の「全東信事件」で地銀がハマった罠(違い)
一方で、今回の全東信の事件で60以上の金融機関(特に地方銀行や信用組合)が軒並み引っかかったのは、メガバンクとは少し違う「地方金融機関特有の切実な歪み」があります。
融資先(運用先)の枯渇と焦り:
人口減少や地域経済の衰退により、地方銀行や信組は「ちゃんとお金を貸せて、金利を稼げる優良な取引先」を血眼になって探しています。そこに現れた全東信は、全国の飲食店を束ねる「キャッシュレス決済インフラ」として急成長しているように見えました。金融機関側としては「喉から手が出るほど欲しい大口の貸出先」だったため、審査のハードルを自ら下げてしまった(見たいものだけを見た)フシがあります。
「他行も貸しているから」という横並び意識:
「あの有名地銀も貸している」「近畿産業信組も多額の融資をしている」 という実績が免罪符になり、各行の審査部が「横並び」で安心し、独自の深いデューデリジェンス(資産査定)を怠ってしまいました。
【結論】形骸化の「形」が違う
みずほ等のメガバンク: 「巨大すぎる組織のタテ割りと官僚主義」によって、誰もブレーキを踏めずにシステム的に形骸化する。
全東信事件の地銀・信組: 「業績を上げなければならない焦りと横並び意識」によって、チェック機能を自ら目隠しして形骸化させた。
先ほど議論した「冤罪事件」における警察・検察の暴走が【組織のメンツ】のためにブレーキが壊れるのだとすれば、銀行の内部統制の形骸化は【組織の保身や利益への焦り】のためにブレーキが壊れる現象だと言えます。
「書類上は完璧なチェック体制(内部統制)が敷かれているのに、誰も機能させていない」という意味で、人間の組織が持つこの弱さは、司法も金融も驚くほど共通していますね。




