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第7話:鋼鉄の馬、荒野を駆ける

聖教国との紛争が「停戦」という形で幕を閉じてから一ヶ月。王都には再び活気が戻りつつあったが、健太の表情は依然として険しかった。


「物流が死んでいる。……魔法の転送門ゲートがマナ枯渇で閉鎖された影響が、これほどまでとはな」


管理センターの地図を指でなぞりながら、健太は呟く。かつて魔法で一瞬にして運ばれていた穀物や物資は、今や鈍足な馬車に頼らざるを得ず、各都市では物価が高騰。餓死者が出るのも時間の問題だった。


「健太様、隣国の通商連合から悲鳴のような要請が来ています。『魔法が使えない今、冬を越すための薪すら運べない』と……」


エルナが持ち込んだ報告書を、健太は受け取らずに一枚の巨大な図面を広げた。


「エルナ様。転送門ゲートが動かないなら、地面を這ってでも運ぶまでだ。……**『蒸気機関』**を導入する」



王都の中央広場に、これまでの風車とは比較にならないほど巨大で、無骨な黒い怪物が姿を現した。


「な、なんだこの鉄の塊は……。煙を吐いて、まるでおぞましい魔物のようではないか!」

通りかかる市民たちが、恐怖と好奇心が混ざった表情で遠巻きに眺める。


それは、健太が『全知の設計図』から引き出した、初期型蒸気機関車――通称『鋼鉄のアイアン・ホース』だ。


「いいか、これは魔法で動いているんじゃない。石炭を燃やし、水を沸騰させ、その**『蒸気の力(圧力)』**でピストンを回す。マナがゼロになろうが、石炭と水がある限り、こいつは数万トンの物資を昼夜問わず運び続けるんだ」


健太は、集まった技術者や元・魔導士たちに言い放った。

魔導士たちは鼻で笑う。

「バカげている。そんな鉄の箱が、優雅な転送魔法の代わりになると? そもそも、線路などという鉄の道を作る労力だけで、国が傾くぞ」


「傾きませんよ。線路レールを敷く作業自体も、この機械が手伝いますから」


健太は、石炭をくべ、バルブを開いた。

プシューッ!!

という激しい排気音とともに、巨大な動輪がゆっくりと、だが力強く回転を始める。

地面を揺らすその振動は、魔法のような浮遊感ではなく、確かな「質量」と「熱」を伴った文明の鼓動だった。



線路の敷設は順調に進むかと思われたが、王都から北へ五十キロ、大陸を分断する『天険の山脈』の麓で作業はストップした。


「これ以上は進めません! この先は、古の部族『ドラゴンスレイヤー』の聖域……。彼らは、地面に鉄の釘を打ち込む行為を『大地の龍の神経を刺す無礼』として、激しく拒絶しています!」


現場責任者が、怯えた様子で報告してくる。

山脈の入り口には、竜の鱗を鎧にした屈強な戦士たちが立ち塞がっていた。彼らにとって、魔法は畏怖の対象だったが、健太の作る「機械」は、世界を汚す不浄な異物に見えていた。


「俺が行って話してくる」


「健太様、危険です! 彼らは聖教国の騎士団よりも遥かに好戦的です!」

止めるエルナを背に、健太は一台の『蒸気トラック』に乗り込み、交渉の地へと向かった。



山脈の麓、族長のガルドが、巨大な斧を地面に突き立てて待っていた。


「異界の賢者よ。貴様が作った黒い煙を吐く怪物が、我が祖先の眠る山を汚すことは許さん。鉄の道を作るというなら、まずは俺の斧を魔法で防いでみせろ」


ガルドの周囲には、赤黒い、不気味なオーラが漂っていた。……例の『赤い結晶』の汚染が、この辺境の部族にまで及んでいる。


「魔法は使わない。俺は、あんたたちに『対価』を持ってきただけだ」


「対価だと? 金か? 宝石か?」


「いや。『暖かさ』と『薬』だ」


健太は、トラックの荷台から、蒸気機関の熱を利用した簡易的な「温室ユニット」と、大量の精製薬を取り出した。


「あんたたちの子供が、原因不明の病(魔粉病)で苦しんでいるのは知っている。魔法で治そうとすればするほど、マナを吸い取られて悪化する病気だ。でも、これは魔法じゃない。ただの『成分』だ」


健太はガルドに、現代知識で精製した抗生物質と、清潔な蒸留水を差し出した。


「あんたたちが『龍の怒り』と呼んでいるのは、地脈に溜まった魔粉の毒だ。鉄の道を敷くのは、龍を刺すためじゃない。その毒を排出し、物資を運ぶための『血管』を作るためなんだ。……この薬を飲ませてみてくれ。一晩で熱が下がらなかったら、俺の首を跳ねていい」


ガルドは沈黙した。背後の部族員たちからも動揺が広がる。

魔法という「不確実な奇跡」を信じて絶望してきた彼らにとって、健太の提示した「理論的な治療」は、あまりにも異質で、そして魅力的だった。



翌朝。ガルドは、病床で目を覚まし、初めて粥を口にした娘を抱きしめ、健太の前に現れた。


「……賢者よ。龍は、確かに病んでいた。貴様の持ってきた『知恵』は、主たちが信じてきた神の奇跡よりも、ずっと泥臭く、そして温かいものだった」


ガルドは斧を収め、自ら線路を敷くための杭を一本、力強く大地に打ち込んだ。


「通るがいい、鋼鉄の馬よ。我が一族が、この道の守り手となろう」


数週間後。

「出発進行!!」

健太の声が響き、一番列車が漆黒の煙を上げて走り出した。

背後には、山積みの穀物と、冬を越すための燃料、そして人々の「希望」を乗せた貨車が連なっている。


時速わずか四十キロ。転送魔法の足元にも及ばない速度だ。

だが、その車輪が回るたびに、断絶されていた街と街が、人と人とが、再び結ばれていく。


「健太様……。魔法がなくても、世界はこんなに力強く動けるのですね」

エルナが隣で、感動に声を震わせる。


「ああ。魔法は『奇跡』だが、鉄道は『意志』だ。……さて、エルナ様。次は、この鉄道を使って、汚染の元凶である『北の果て』へ、一気に攻め込む準備をしようか」


北の山脈を越えて突き進む鉄路。

その先で待ち受けているのは、魔法文明の「負の遺産」そのものだった。


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