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異名の終わり

オレがバー文化の代表、と言われてしまうと、それはさすがに荷が勝ちすぎる。謙遜などではなく、本心だ。

ただ――


「あくまでも私の考え、ではあるのですが。オーセンティック・バーと、ダイニングバーというのは、その役割――目指す方向性、というのは少し違うものと考えています。」


「どういう、ことだい?」


根津様が、少しだけ怪訝な顔をする。

オレも、うまく言葉にできるかは自信がない。それでも、言葉にしてみる努力はするべきだと思った。


「ダイニングバーに限らず、ダーツバーやフレアバーなど、様々な形態のバーがございます。そうした多様な業態が裾野を広げ、酒を入口とした体験の可能性を拡張してきたことも事実です。」


「ふむ……続けて?」


「これらは酒文化を多層化するための別解として、それぞれが異なる入口を提示してきました。演出性や即時的な楽しさを担う業態が酒への心理的ハードルを下げ、食や空間と結びついた業態が、日常性の中に酒を位置づける。」


西田様が、ポカン、とした表情でオレを見る。


「一方で、オーセンティックバーは静けさと精度によって、酒そのものと向き合う場を守ってきました。そのいずれが欠けても、今日の酒文化は成立しなかったでしょう。」


どうしても、説明しようとすると話が長くなってしまう……これじゃ、講義みたいだな。

そう思うと、声が詰まりそうになる。それでも、伝えたいことをちゃんと伝えるために、言葉を紡ぐ。


「若者の酒離れが指摘されるようになって久しいですが、この先もその傾向は加速すると感じています。その中で、様々な入口があることは、バー文化、酒文化を守るという意味で非常に重要な役割を果たしている、と私は考えています。」


根津様が、にこやかに笑いながら続きを促す。


「その、鈴木様が仰られることも、西田様が仰られたことも。決して、どちらが間違っているとか、そういうことではないと思います。ただ、向いている方向が違うだけではないでしょうか。」


「ふむ。チーフ個人、としての意見を聞いてもいいかい?」


「そう、ですね。鈴木様がご自身でカウンターに立ち、お客様へ向き合おうとする中で、今の答えを導いたのだとしたら……。それはきっと、今、鈴木様のお店にとって一番大切なことだと感じたのではないでしょうか。ジン・トニックはシンプルなカクテルです。地味、と言われればその通りかも知れません。」


ただ、と付け加えて続ける。


「シンプルで地味かも知れませんが、そういった誰しもが知るカクテルこそが、バーにおいての基本、土台だと思います。まずは土台を固めて、それから積み上げたい。そうお考えになったのではないかな、と。」


拍手が聞こえた。根津様だった。


「素晴らしい。良くぞ言葉にしてくれたね。」


そう言って、西田様に向き直る。


「私の言いたいことは、全部チーフが言葉にしてくれたよ。ダイニングバーとして、酒文化としてのハードルを下げ、入りやすい入口。だからこそ、基本、土台をしっかりしたものにできたなら、それだけでも他店との差別化になる。そうは思わないかな。」


西田様が、考え込む素振りで唇を噛んでいた。

握り締めたままのグラスを持ち上げる。ひと口を口に含んで、喉仏を上下させる。

グラスを置いて、ふぅ、と溜め息を吐き出してから、口を開く。


「確かに……このジン・トニックを味わった後だと、鈴木君の言いたかったことが良くわかる気はします。今は土台を整える時、なのかも知れません……。」


「そういうことだ。私も、言い過ぎてしまったな。すまなかった、西田君。君の言っていることも、決して間違いなんかじゃない、ということを、改めてチーフに教えられたよ。」


根津様がオレをチラリと見て、続ける。


「酒文化のハードルを下げる、という意味では、派手な目玉だって悪くはない。ただ、時期尚早なんだよ。しっかりとした基本、土台があってこそ、なんだ。そのことは、わかってくれるかい。」


西田様がこくり、と力強く頷く。


「はい。良く、わかりました。――鈴木君は、良く自分で辿り着いたなぁ……。」


「そうだね。彼がそれだけ、真剣にお客様と向き合おうとしたから、じゃないかな。良い部下を持って、西田君は幸せ者だね。」


照れたような笑みを浮かべて、西田様が根津様にはい、と返事を返す。


「キミに、借りができたな。チーフ。」


いきなり、そんなことを根津様が言い出す。


「いえ、私など、そんな。」


慌てて首を振る。


「何を言うんだ。このまま、わだかまりを残したまま無理矢理どちらかの意見を通したとしても、上手く行くはずがない。そうなれば、遅かれ早かれあの店は閉めなければならなくなっていただろう。」


店を閉める――その言葉を聞いた瞬間、背筋がゾッとする。


「キミは、あの店を救ってくれたんだ。何かあれば遠慮なく言いなさい。この借りは、私の名に賭けて必ず返させてくれ。」


「ありがとう、ございます……。かしこまりました、有り難くお気持ち頂戴させていただきます。」


今度こそ、満足そうな笑みを浮かべて、根津様がお二人に笑いかける。


「さあ! まだまだ夜は長い、ゆっくりチーフの酒を楽しもうじゃないか!」


チャーリー・パーカーの吹く『Confirmation』が明るく響いて、ダウンライトに浮かび上がる三人の顔にもやっと穏やかな笑みが浮かんでいた。




三杯のジン・トニックが、結果的に鈴木様のお店を救ったこの夜の話は小さな噂になったらしい。

その噂が広まった後――もう、バーテンダー潰し、と呼ばれることはなくなった。

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